「21世紀の最重要バンド」アニマル・コレクティヴ
海兵隊に在職中だった20代で初めてカメラを手にし、そこから映像記録担当としてキャリアを始めたエレガンス・ブラットン監督の長編デビューにして、彼の体験に基づく実話である本作。主人公であるエリス・フレンチを演じるジェレミー・ポープは本作の演技で、第80回ゴールデングローブ賞主演男優賞(映画・ドラマ部門)にノミネートされた。
そして音楽を手掛けたのは、「21世紀の最重要バンド」と評されるアニマル・コレクティヴ。エレガンス・ブラットン監督の半生を描いた実話である本作の印象的なシーンで彼らによる劇伴が使用され、逆境に屈せず前を向く主人公フレンチの姿をエモーショナルに彩っている。
「楽曲をお願いできないか連絡してみる?」
「21世紀の最重要バンド」とも評されるアニマル・コレクティヴ。1990年代半ばに友人同士で自然発生的に結成されると、アルバム毎にメンバーが違う独自の音楽性で、アンダーグラウンドシーンを中心に注目を集めた。後にイギリスのレーベルと世界契約を結ぶと、数々の年間ベストに選出される作品を数多く生み出し、さらに映画では本作と同じA24制作の『WAVES/ウェイブス』にも楽曲提供。8月25日(金)には限定12インチの発売も控えるなど、世界中で絶大な人気を誇る。
そんな彼らの音楽がいかにして本作に落とし込まれることとなったのか? 鍵となったのは、本作のプロデューサーであり、ブラットン監督のパートナーでもあるチェスター氏のようだ。コロナ禍に、そのチェスター氏と共にニューヨークからアニマル・コレクティヴメンバーの出身地でもあるバルチモアに引っ越したという監督が、制作当時を振り返る。
その頃、アニマル・コレクティヴのアルバム『Merriweather Post Pavilion』を週に2回は聴いていて、チェスターが「楽曲をお願いできないか連絡してみる?」と提案してきた。彼の言う通り、ダメ元でコンタクトしてみたら、イエスと言ってくれたのさ。何が起こるか分からないものだね。
監督は当時の喜びを「アニマル・コレクティヴの5人目のメンバーになれた気分だった」と表現しているが、一方でアニマル・コレクティヴの〈ジオロジスト〉ことブライアン・ワイツは、今回のオファーを「まったく予想していなかった」と振り返る。
僕たちの音楽はホラーやSFが向いていると思っていた。だからエレガンスから連絡があり、僕たちが経験したことのないような彼の人生について描くと知らされた時は、「君のストーリーを伝えるのに僕たちは本当に適している?」と思わず聞いてしまったよ。
オファーに対する驚きはありつつも、最終的に映画の世界観を更に魅力的にする仕上がりとなった今回の楽曲について、メンバーのエイヴィ・テアは「強さを保ちながらも繊細さも垣間見える曲にしたかった。社会や愛する人々に認めてもらいたい願望、それがいつか実現するという希望を抱かせるような曲に仕上がった」と自信を覗かせている。
さらにブラットン監督は楽曲について、主人公・フレンチが新しい“居場所”を探し求めるというコンセプトに基づいていると語る。
僕はゴスペルやR&Bを聴いて育ってきた。ソウルフルでコール&レスポンス系の音楽だね。本作にはスピリチュアルな楽曲が多く用いられている。ボンゴやイスラム教の祈りやキリスト教のコーラスなども取り入れているんだ。
これまで自分の居場所を見出すことが出来ていなかった主人公が、“自分自身を貫いていく”。そんな様子を表現できるサウンドを目指したんだ。楽曲の各要素は、スクリーン上の多様性にインスパイアされていて、変化をもたらす器となっている。
ブートキャンプの単調さや気が変になりそうな感覚と、フレンチが体験する変化を並べて配置することが狙いだったようだ。ただ美しいだけではない、感情の震えを増幅させるようなチャレンジングな劇伴に、ぜひ耳を傾けてみよう。
『インスペクション ここで生きる』は2023年8月4日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国公開