マリヤム・トゥザニ監督最新作
大ヒットを記録した『モロッコ、彼女たちの朝』(19)のマリヤム・トゥザニ監督が最新作で描いたのは、伝統衣装カフタンの仕立屋を営むある夫婦。母から娘へと受け継がれる大切なドレスをミシンを使わず、すべてを手仕事で仕上げる職人の夫ハリムは、伝統を守る仕事を愛しながら、自分自身は伝統からはじかれた存在と苦悩する。夫を誰よりも理解し支えてきた妻ミナは、病に侵され余命わずか。そこに若い職人のユーセフが現れ、3人は青いカフタン作りを通じて絆を深めていく。そして刻一刻とミナの最期の時が迫るなか、夫婦は“ある決断”をする—。
愛したい人を愛し自分らしく生きる。この美しい愛の物語は、世界中を涙で包み込み、2022年「カンヌ国際映画祭」国際映画批評家連盟賞を受賞したほか、米アカデミー賞モロッコ代表として国際長編映画賞のショートリストにも選出され、高い評価を受けた。主演は『灼熱の魂』『モロッコ、彼女たちの朝』のルブナ・アザバルが務める。
ため息をつくほどに滑らかで繊細な手仕事を映す
“カフタン”とは、結婚式や宗教行事などフォーマルな席に欠かせない伝統衣装で、コードや飾りボタンなどで華やかに刺繍されたオーダーメイドの高級品。母から娘へと受け継がれる着物のような存在だが、安価で手早く仕上がるミシン刺繍が普及した現在、手間暇かかる手刺繍をほどこすカフタン職人は貴重な存在となっている。
映像は、仕立て屋ハリムが、滑らかなペールブルーのシルク地に刺繍を施す繊細な手仕事のシーン。ため息が出るほどに艶やかな、カフタンドレスを紡ぐシーンだが、トゥザニ監督は、伝統を守る仕立て職人の指先にレンズを向け、撮影監督と入念に官能的な映像を作り上げた。
監督は本作で、消えゆく伝統工芸の美しさを伝える一方で、本作では男性の生きづらさを生むタブーに踏み込み、前作以上に挑発的なラストとした。戒律と法律が異性愛しか許さないモロッコ社会には、真の自分を隠して生きる人々がいる。伝統を守る仕事を愛しながら、自分自身は伝統からはじかれた存在と苦悩する1人の男、ハリムとその妻のミナ、そして若い職人のユーセフ。一針、一針、想いを込めながらドレスを紡いでいくモロッコ伝統工芸の美しさが3人の濃厚な時間を彩り、特別な映画体験を作り出している。
『青いカフタンの仕立て屋』は6月16日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開