アメリカには“Going Rambo”という俗語があるらしい。どういう意味かと調べてみれば、「敵地にたったひとりで殴り込み、滅多矢鱈に撃ちまくり、動くものを片っ端から皆殺しにすること」とある。言うまでもなく、1982年に第1作が公開された『ランボー』シリーズから生まれた言葉だ。確かに、これがシルヴェスター・スタローン演じるアクション・ヒーロー、ジョン・ランボーの一般的なイメージなのだろうとは思う。とは言いつつ、何かが決定的に見落とされているという気もしてならない。
ランボーは決して好戦的なキャラクターではない。それどころか戦いはしたくないし、何なら戦うことも含めた世のなかのあれやこれやから距離を置きたい、というかとにかく放っておいてほしいと常に願っている。西に紛争があれば行って銃をぶっ放し、東に敵がいればやはり行って銃をぶっ放すような、そんな男ではないのである。最新作を目前に控えて『ランボー』シリーズを振り返るにあたり、そのことはまず押さえておきたい。
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ニューシネマの残滓という味わい。
『ランボー』(1982年)
デヴィッド・マレルの小説「一人だけの軍隊」が原作の『ランボー』第1部をいま観てみると、これがいかにも80年代的なアクション巨篇ではないことに、あらためて気づかされる。戦地での苛烈な経験で精神を病んだベトナム帰還兵、ジョン・ランボーが米国ワシントン州の田舎町で迫害を受け、自らの身を守るために暴走する。映画のトーンは寒々しく沈鬱で、これが『ソルジャー・ボーイ』(1972年)や『ローリング・サンダー』(1977年)といった70年代帰還兵ものの流れを汲む作品であることを実感する。
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自ら脚本を書いた『ロッキー』(1976年)で、何者でもない人間でも、努力すれば大きな成功を手にすることができる……というアメリカの理想を描いたシルヴェスター・スタローン。その本人がやはり脚本に参画した『ランボー』が伝えているのは、しかしどう頑張っても世間から受け入れられることはなく、いっそ疎んじられるばかりという悲劇だ。
『ロッキー』の希望に対して、『ランボー』は挫折を描いている。仮にシリーズが第1作で終わっていたら、『ランボー』はアメリカン・ニューシネマの系譜に連なる渋い映画として、いまも語られ続けていたかもしれない。
体制との戦いは続く。
『ランボー/怒りの脱出』(1985年)
実は大規模な銃撃戦もなく、また無闇に人が死ぬわけでもなかった『ランボー』。そこから発展して、アクション・アイコンとしての主人公を世間一般に決定づけたのは、1984年の第2部『ランボー/怒りの脱出』だろう。若き日のジェームズ・キャメロンが脚本を書いた(さらにそれをスタローン本人が徹底的に修正した)物語は、かつてランボー自身が戦い、そして捕虜となって地獄を見たベトナムを舞台に展開する。
かの地で捕虜にされている米軍兵を救出するため、やむなく敵地に潜入するランボー。ゲリラ戦のエキスパートの本領をいよいよ発揮、前作を大きく超えるアクションが展開する。しかしユニークなのは、主人公がベトナム駐留のソ連軍(当時)兵士と交戦はするけれども、彼らがあくまで捕虜救出というミッションの障害物として描かれているのみ、ということだ。実際のところ、ランボーに無茶な任務を押しつけて自分はふんぞり返るCIAの役人(チャールズ・ネイピア)こそが第2部における最大の敵役だといえる。兵士を消耗品として使い捨てる体制にランボーが牙を剥く、ということにおいて『怒りの脱出』は第1部と同じ物語で、実はそこまで大きな路線変更があったわけではない。
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当時のレーガン大統領はアメリカの軍事戦略について、しばしばランボー的な価値観を披瀝している。しかし、反体制ヒーローとしてのジョン・ランボーがずいぶん都合よく利用されたものだ、といまでは思わずにいられない。
ランボー・バブル最高潮。
『ランボー3/怒りのアフガン』(1988年)
だがそういう、どこか間違ったパブリック・イメージに、ジョン・ランボー自身が近づいていったのが『ランボー3/怒りのアフガン』だ。ここに至って、我らが主人公はいよいよ旧ソ連との正面対決に臨むこととなる(当時の日本版ポスターには「15万のソ連軍最強師団の中へ!」とのコピーが躍る。これは大変なことになった)。
戦争そのものはあくまでジョン・ランボーという人物を作った背景として置かれていた、そんな前2作に比べると、今回はずいぶん積極的だ。もちろんアフガンで捕まった恩人トラウトマン大佐を救うためという目的があるにはあるし、また映画の冒頭でランボーは兵士としての人生に背を向け、ひとりタイで暮らしてもいる。だがここに至って、誰からも感謝されない消耗品としてのランボーというキャラクターは相当薄まってしまった。あるいはひとりで敵地に殴り込み、理不尽ともいえる暴力を振るいに振るって物ごとを解決する……という、冒頭に挙げた“Going Rambo”的なイメージに映画が擦り寄ってしまったといえるのかもしれない。
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またトラウトマン大佐(リチャード・クレンナ)がどれだけ立派な人物だと言われても、この人が人間を超えた戦闘マシーン・ランボーを作り上げた張本人であることは疑いようがなかったり、さまざまにモヤモヤさせられる要素にも事欠かない。物量的には大したものだがなかなか大味なアクション演出も相まって、これでいいのだろうか……ランボー……と公開当時に思ったことをいまでも憶えている(しかし『怒りのアフガン』も完全に箸にも棒にもかからない作品かといえばそうではなく、現在になって観直してみるとランボーがアフガン・ゲリラのムジャーヒディーンと共闘していたりして、これはこれで非常に味わい深い。冷戦時代、ソ連への対抗措置として米CIAはムジャーヒディーンに資金供与を行っていた。だがそのムジャーヒディーンが後にアル=カーイダへと形を変え、2001年に米国同時多発テロを実行することになるとは、『怒りのアフガン』の時点では誰も予想していなかったのである)。
無駄に生きるか、何かのために死ぬか。
狂気の傑作『ランボー 最後の戦場』(2008年)
第3部をもって完結したとばかり思っていた『ランボー』シリーズ。ところが20年の時を経て、まさかの新作にして最高傑作が生まれてしまった。『ランボー/最後の戦場』。これは2006年の『ロッキー・ザ・ファイナル』に続いて、スタローンが自らのキャリアを総括した映画のひとつだ。
俳優本人とほぼ同い年のランボーはもう60歳を超えている。にもかかわらずベトナムで、ないしその後に各地で受けた心の傷は決して癒えることがなく、いまもタイで隠遁生活を送るランボー。しかしミャンマー軍事政権の暴虐によって囚われの身となった国連使節団を救出するため、もう一度戦場に舞い戻ることになる。
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できればそっとしておいてほしい気持ちはあるが、人よりうまくできることといえば殺しぐらいのものだということをはっきりと自覚し、シリーズ最大級の超・暴力を炸裂させる。ミャンマー軍との戦闘に送り込まれたものの、思わぬ劣勢につい腰砕けになってしまった傭兵たちにかますランボーの説教。
「俺たちの誰ひとり、望んでここにいるわけじゃない。だがこれが(註:人殺しが)俺たちの仕事だ……無駄に生きるか、何かのために死ぬか。自分で決めろ」
腹の底から絞り出される言葉には異常な説得力がある。ベトナムから遠く離れて、いよいよ殺人マシーンとしての生き方を完全に受け入れたジョン・ランボーの鬼気迫る覚悟。思わず戦慄させられるのは、この映画のなかでランボーが危機らしい危機を迎えないことだ(いちいちピンチに追い込まれるのは新登場の傭兵部隊の役目)。初登場から実に26年、いよいよ人間を超えて、暴力の神にも等しい存在となったジョン・ランボー。スタローン自身が監督、表現の限界を突破する大殺戮を見せつけるクライマックスは圧巻のひとことに尽きる。
『最後の戦場』との邦題どおり、これでシリーズが終わるのならまったく文句はない。と思ったら、ランボーのさらにその後を描く最新作『ラスト・ブラッド』が大公開されるというではないか。当年とって72歳、『最後の戦場』を経て、もはや神にも等しい存在となったランボーに戦いを挑むバカがいるのだろうか……と思ったら、これがいるのである。ようやく帰還した祖国アメリカに、もう一度地獄を蘇らせるランボー。その地獄がどんなものか震えて待ちつつ、いまのうちにシリーズ前4作を復習しておいていただきたい。
文:てらさわホーク
『ランボー3/怒りのアフガン』はテレビ東京「午後のロードショー」で2020年5月29日(金)放送
『ランボー 最後の戦場』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年6月放送
『ランボー ラスト・ブラッド』は2020年6月26日(金)公開
『ランボー ラスト・ブラッド』
孤独な戦いは終わりを告げ、ようやく訪れた“家族”と過ごす幸せな時間。その平穏が破られた時、男の怒りは頂点へ――。 いまだベトナム戦争の悪夢にさいなまれる元グリーンベレー、ジョン・ランボー。孤独な戦いを経て、祖国アメリカへと戻ったランボーは故郷アリゾナの牧場で、古い友人のマリアとその孫娘ガブリエラと共に“家族”として穏やかな生活を送っていた。しかし、ガブリエラがメキシコの人身売買カルテルに拉致され、事態は急転する。愛する“娘”を救出するため、ランボーは元グリーンベレーのスキルを総動員し、想像を絶する戦闘準備を始めるのだった――。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
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2020年6月26日(金)公開
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