「金大中 VS 朴正煕」のはじまり
初当選の喜びから一転、反革命分子として拘束された金大中。やがて政界に復帰すると、姑息な手段で大統領選に出馬した朴正煕を痛烈に批判したことから、長らく続く「金大中 VS 朴正煕」の因縁の火蓋が切って落とされることとなる。しかし朴正煕が執拗に弾圧する存在として、むしろ金大中は民主化の象徴となっていく。
それにしても朴正煕は、金大中の何をそこまで恐れたのか? 彼の批判は体制の問題点を正しく突いており、しかも具体的な政策を軸に解決策を提示する、民主主義に基づいた批判だった。そして理想からもう一歩踏み込んだ若き政治家の必死の訴えに、民衆も耳や心を傾けるようになっていく。
独裁者は、国民に苦難を強いることによって”国家との同一化”が強まることをよく知っている。民主主義を生贄に近代化~経済成長を成し遂げた朴正煕と、労働者中心の経済を進めるべきと地道に主張した金大中。後者が目指したのは、地方自治によって根付く本当の民主主義・主権意識こそが独裁を排除するということだった。
独裁者が突きつけるフィジカルな恐怖
朴政権による様々な選挙妨害など、まさに「出る杭は打たれる」を体現するような金大中のキャリア。それでも1970年には新民党の大統領候補に指名され、現職の朴正煕に得票数で肉薄するまでの存在となった。しかし、そこから本格的に“政敵”として命すら狙われるようになり、大統領選直後には暗殺未遂事件が発生。後遺症が残るほどの重症を負う。
さらに1973年には、弾圧を逃れ滞在中だった日本でKCIAに拉致される。船に乗せられた金大中は“重り”をつけて溺死させられる直前だったが、事態を察知した日米の追跡によって断念。彼はまたしても命拾いすることとなる。なお一連の映像では、流暢な日本語を喋る姿も印象的だ。
Kコンテンツのファンにこそ観てほしい!現代韓国へと至る道
ここまで描いてもまだ上映時間の半分にも満たない濃密さにクラクラしてくるが、淡々としたドキュメンタリーの王道的な前半から、亡命後の金大中自身の内面を掘り下げる後半へと展開していく(ここでは流暢な英語も披露。米ニュース番組キャスターの横槍を制止して弁をぶつ)。一人の政治家を軸にしてはいるものの、なんだか「〇〇事件」とかが多すぎて混乱するな……と尻込みしがちな韓国近代史を学ぶこともできる、非常に優れたドキュメンタリーに仕上がっている。
そんな本作だけに、韓国映画が(そして移民を描いた欧米映画も)好きな人にこそ観ていただきたい。それこそ『キングメーカー 大統領を作った男』(2021年)や『KCIA 南山の部長たち』(2020年)、『ソウルの春』(2023年)など実在の政治家や事件をモデルにした近年の作品だけでなく、民主化の記憶が新しい韓国では多くの映画が史実と地続きで描かれている。当然そこには日本も関係してくるわけで、ざっくりとでも知っておけば、あらゆる物語の背景の解像度がバチバチに上がるだろう。
日本語の「市民」は韓国語でも「시민(simin)」と発音するという。あえて細かい説明は端折るが、私たちが両国の歴史を学ぶ理由としては十分ではないだろうか。それが今をときめくKコンテンツの“はじまり”とも言える人物のドキュメンタリー映画ならば、ハードルもぐんと下がるはずだ。
『オン・ザ・ロード~不屈の男、金大中~』は2024年11月1日(金)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開