自営業に疲れた中年女性、マルチバースに飛ぶ
経営するコインランドリーの税金問題、父親の介護に反抗期の娘、優しいだけで頼りにならない夫と、盛りだくさんのトラブルを抱えたエヴリン。そんな中、夫に乗り移った“別の宇宙の夫”から、「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と世界の命運を託される。
「まさか?」と驚くエヴリンだが、悪の手先に襲わたとき、突如マルチバースにジャンプ! そこでカンフーの達人である<別の宇宙のエヴリン>などの力を得て闘いに挑むのだが、なんと巨悪の正体は愛する娘、ジョイだった……。
アクションからコメディ、感動ドラマまで「なんでもできる」ミシェル・ヨーの底力
特殊な力を持つヒーローではなく、そのへんにいそうな疲れ顔の女性/母親が“マルチバース”に放り込まれたら? という、思いついたとしても本気で映像化はしないであろうブッ飛んだアイデアを、まんまSFアクション映画にしてしまったのが『エブエブ』だ。主演は言わずもがなのミシェル・ヨー。80年代からジャッキー・チェンらと共に本格アクション映画に出演し、90年代にハリウッド進出を果たしてからは『グリーン・デスティニー』(2000年)でアカデミー賞を席巻し、00年代以降はアクションだけでなくヒューマンドラマでも重厚な存在感を示してきた。
1962年うまれのミシェルは現在62歳。主演のジャッキー・チェンを完全に喰ってしまった『ポリス・ストーリー3』(1992年)は、ジャッキーに「僕より危険なスタントをしないで」と言わしめた、いまだミシェルの最高傑作に挙げるファンも多い名作。そして女スパイのウェイ・リンを演じた『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年)では、ボンドに扮したピアース・ブロスナンが「もはや女性版ボンドだ」と称賛し、彼女を主人公にしたスピンオフも企画されたという。
どんな作品でも登場するだけでその場をギラリとリッチにさせるミシェルだけに、『エブエブ』のファーストルックは少し衝撃的だった。コインランドリーを経営する中国系アメリカ移民家族の、心身ともに疲れ果てた女性――。実際のミシェルとは正反対のキャラクターだが、男性優位の芸能界で地道にキャリアを築いてきた彼女だからこそ、その佇まいには不思議な説得力もあった。
まさに『エブエブ』は、ミシェル・ヨーという俳優の、そして一人のアジア系女性俳優の集大成とも言える作品だ。育ちの良いミシェルは金銭面での苦労とは無縁だったかもしれないが、生き馬の目を抜く業界で女性が主導権を握ること、とくにアジア系女性の活躍に対するハードルの高さを文字通り肌で感じてきただろう。だからこそ母に感謝を捧げ、同世代の女性や若い世代にエールを投げかけたアカデミー賞のスピーチは感動的であり、何重もの意味があった。
大傑作『エブエブ』や『グリーン・デスティニー』をテレビ鑑賞!
ムービープラスの<『エブエブ』放送記念! ミシェル・ヨー特集>では、現在の彼女のポジションを確立したと言える『グリーン・デスティニー』や、近代中国を舞台にした濃厚な家族伝記ドラマ『宋家の三姉妹』(1997年)、シンガポールのレベチな富豪ファミリーのドタバタ婚活コメディ『クレイジー・リッチ!』(2018年)と、バラエティ豊かな放送ラインナップとなっている。
撮影現場であまりにも無謀なスタントに挑むミシェルの姿を見た保険会社が補償を拒否したという、笑っていいのか戸惑うレベルの武勇伝を持つ彼女の華麗なキャリアを、この特集放送で堪能しよう。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
第95回アカデミー賞作品賞ほか最多7部門に輝き、主演のミシェル・ヨーがアジア人初・主演女優賞を受賞した異色のアクション・エンターテインメント。
『グリーン・デスティニー』
アカデミー賞4部門に輝いた武侠アクション。チョウ・ユンファ、チャン・ツィイーら豪華キャストの共演で、秘剣を巡る4人の男女の運命を描く。
『クレイジー・リッチ!』
オール・アジアン・キャストながら、全米で社会現象を巻き起こしたラブ・コメディ。ゴージャスな社交界で繰り広げられる女のバトルを描く。
『宋家の三姉妹』
一人は金を愛し、一人は権力を愛し、一人は国を愛した――メイベル・チャン監督が、中国近代史の渦中で波乱の人生を送った三姉妹を描く大河ドラマ。
「『エブエブ』放送記念! ミシェル・ヨー特集」はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2024年10月放送