「都市伝説的な逸話が基になっています」
“今年いちばんのカルト作”とも評される本作が生まれたきっかけについて、「この物語の主人公は実在する人物で、名前もそのままラファエルという人なんです」と、いきなり信じがたい事実を明かしたサルネット監督は、本作のインスパイア源についてこう語る。
ちょっとクレイジーな映画で信じられないかもしれないですが、80%は実在の彼と、実際にあったエピソードを盛り込んでいます。主人公の基になったラファエルという人物は、旧エストニアで今はロシアの一部になっている、とある町の修道院にいた人なんです。
僕が入院していた友人にプレゼントした「Not of This World」というタイトルの本もベースとなっていて、この本は二人のロシア人の僧侶の話で、一人がラファエル、もう一人が90年代に活躍した方だったんです。そのちょっと変わった物語にとても心惹かれました。
また映画の冒頭、謎の武装集団からラファエルが生き残るシーンは、実際にソ連軍の兵士としてラファエルがシベリアに行ったときに、中国の盗賊に襲われたが部隊の中で一人だけ生き残った、という都市伝説的な逸話が基になっています。
まさか、主人公ラファエルが実在の人物をベースにしていたとは……! 本作を鑑賞済みの方にとっては衝撃、いや爆笑? の驚くべき事実だが、実在のラファエルの逸話はこんなものではなかった。
実際に彼が過ごしたロシアのとある町の修道院に行って長老たちから話を聞いたら、「彼はフーリガンだ」と言われました。ラファエル本人は映画の中で出てくるようなチープな車を乗り回すスピード狂だったようで、赤い車を黒色に塗って“モンク・カー(僧侶カー)”と呼んでいたそうです。
彼は30歳の時に車の事故で亡くなってしまったんですが、それでもラファエルはとてもカリスマ性のあった人で、神についての説法などは何もせず車を修理していただけだったのに、若者にはすごく影響力のあった人だったようで、彼をきっかけに入信する人物も現れたほどだったと聞きました。
実在の人物を元にしていますが、もちろん映画のキャラクターはオリジナルで作りました。ストーリーはファンタジーに思えるかもしれないけれど、実際に起こったことを描いているんです。
フーリガン! モンク・カー! 何もしないのにカリスマ! ……まるでジャンル映画の主人公のような人物像にクラクラしてくるが、期待を裏切らないぶっ飛びぶりで、もはや慈しみの感情すら湧いてくる秀逸なエピソードばかり。劇中のラファエルの傍若無人ぶりににイラッとした人は、ぜひこれらのエピソードを踏まえてもう一度鑑賞してみてほしい。
「大丈夫だよ、オジー・オズボーンは敬虔な信者だったからね」
本作の重要なファクターとして、「修道士とカンフーとブラック・サバス」という“異色”としか言いようがない組み合わせがある。これについてサルネット監督は、「ラファエルが過ごした修道院に10日間、4回くらい行っていて、近くにあるカタコンベを訪れたら、劇中に出てくるような髑髏や蝋燭などがあったりして。また僧侶たちが長髪だし、黒衣に身を包んでいて、それを見たときに“ロックンロールじゃないか!”と思いました」と、これまた実体験がベースになっていることを明かす。
この作品の英題が『The Invisible Fight』なんですが、これは何世紀か前に書かれた修道士たちの規則を記した本のタイトルと一緒で、その内容というのが〈内なる葛藤〉〈自分のエゴ〉との戦いで、その内なる戦いをどう映画で表現しようかと考えた時に、カンフーだ! と閃いたんです。少林寺なども宗教と非常に近い場所にあるので、スピリチュアルな繋がりを感じました。
またブラック・サバスについては、地獄、魂、死など人間であることのダークサイドを歌っていますが、よく考えると宗教をテーマの一つとして歌っているなと思いました。ただ実際に彼らの音楽を使用する前に、自分の師父にブラック・サバスの音楽を映画で使っても大丈夫だろうか? と確認したんです。そしたら「もちろん大丈夫だよ、だってオジー・オズボーンは敬虔な信者だったからね」と言われました。
本作が奇抜な組み合わせに至った経緯はよく分かったが、気になったのはそこじゃない。「内なる戦い=カンフーだ!」と閃く監督も監督だが、かつてステージ上でコウモリにかじりついた過去を持つオジーが、じつは経験なクリスチャンであることを知っている師父も師父である。
Ozzy Osbourne marks 37th Anniversary of biting off a bat’s head with plush toy https://t.co/OQBwHMsQYG pic.twitter.com/sIuZKmL3hM
— Famous Campaigns (@famouscampaigns) January 23, 2019
監督の心に芽生えた「反逆心」と、偉大なる先人タルコフスキーの存在
このように史実にインスパイアされているという本作だが、もちろん監督自身の経験をベースに、彼の心に芽生えた感情も重要なメッセージとして盛り込まれている。
自分の人生を必ずしも作品に反映したというわけではありません。自分が子どものころは(エストニアは)まだソ連だったんですが、大学生になり映画学校に通う頃には、もうソ連ではなくなりました。それでも何をやっていても社会には検閲的なものがありました。こんな環境だから、やはり常に反逆心に火をつけるような何かが存在していて、自分にもそういう心があったと思います。
そんな監督自身が影響を受けた人物について聞くと、かつて表現の自由を求めてソ連を出た大先輩の名が挙がった。
子どもの頃、アンドレイ・タルコフスキー監督の作品を観ました。タルコフスキー作品はほぼ全部がSF的なところがあるので、アクション映画的なものなのかなと思って観たら、モノクロで展開もスローで、その時は好きじゃなかったんです。でも詩的なストーリーテリングやアートハウス系シネマとの初めての出会いが、もしかしたらタルコフスキー監督だったかもしれません。そのため、その後も自分の中で大きな存在感を持っていて、大ファンです。
劇中曲のポイントは歌舞伎?「日野さんの音楽はブラック・サバス的」
また監督は、本作の音楽を担当した日野浩志郎について「日野さんの音楽は、リズムがあるんですよね。サックス、ギター、ドラム、楽器を使ってはいても、全ての楽器がリズムを刻んでいる。それがベースとなっている」と、世界で活躍する彼の音楽を評する。そんな劇中曲には、歌舞伎から得たインスピレーションも落とし込まれているようだ。
記憶が正しければ、日野さんと歌舞伎について話しました。すべてのセリフがある種、リズムのビートであって、そのビートがまた新たなリズムを刻んでいて、全体的に一つのダンスのようなものになる。動きに合わせてドラムの音や違うリズムのパターンを提案してくれて、どれがセリフと合うかというのを決めさせてもらいました。
これは歌舞伎の演出と同じだと思うんです。動きに合わせて音が鳴ることによって緊張感がありつつも、観客は少し物語からは距離をおいて客観視できるようになる。日野さんの音楽のおかげで、そういう視点を持つこともできるなと思いました。
あとは、日野さんの感性が大好きです。ギターもドラムみたいに扱われていて、ブラック・サバス的ですよね。ブラック・サバスのギタリスト(※ランディ・ローズやザック・ワイルドなど?)も、リズムを刻むような音楽を奏でていますからね。だからブラック・サバスと日野さんには、なにかすごく共通点を感じます。
――フィクションよりも奇妙な実話と、その根底にある揺るぎないクリエイティブ。何から何まで奇抜ながら、現代の日本にも通底する普遍的テーマを描いた比類なき青春フュージョンコメディ『エストニアの聖なるカンフーマスター』は、10月4日(金)より全国順次公開中。
『エストニアの聖なるカンフーマスター』
国境警備の任に就く青年ラファエルの前に、3人のカンフーの達人が現れる。皮ジャンに身を包み、ラジカセでメタルを鳴らしながら宙を舞う彼らの前に警備隊は壊滅状態に。奇跡的生還を果たしたラファエルは、その日以降禁じられたカルチャーであるブラック・サバスの音楽やカンフーに熱狂するようになる。しかし見様見真似のカンフーでは気になった女性一人も射止めることができない。空回りの冴えない日々を送るラファエルは、ある時偶然通りかかった山奥の修道院で衝撃の出逢いを果たす。それは、見たことのないカンフーを扱う僧侶たち・・・即座に弟子入りを志願するラファエルなのだった!
制作年: | 2023 |
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2024年10月4日(金)より全国順次公開中