愛する妻とネコの存在、精神を侵された晩年
ルイス・ウェインという名こそ知らなくても、様々に擬人化された可愛らしいネコの絵画には見覚えがあるだろう。早すぎた”なめ猫”とでも言うべき作風だが、当時のネコは現在のような<カワイイの象徴>ではなく、たまにネズミなどの害獣を捕らえる便利な動物でしかなかった。そんなネコもルイスの絵の中では可笑しみをもって愛らしく描かれており、擬人化の流行もあって絶大な人気を誇ったという。
そして何よりもネコはルイスにとって、癌を患った愛する妻との残された時間を豊かにしてくれる、かけがえのない存在だった。メンタルヘルスについての理解がまだまだ薄かった時代、統合失調症によって精神病院に入った晩年のルイスを癒やしたのもまた猫であったという。ただ、その過程で描かれた毒々しい彩色によって抽象化されたネコの絵が見る者の不安を煽るとして、「検索してはいけない」と言われるようになったのだ。
未来の巨匠? ウィル・シャープ監督の手腕
悲劇の天才画家をカンババが演じたことが本作の最重要トピックであることに間違いはないが、ぜひ注目したいのが監督のウィル・シャープ。名前には聞き覚えがなくとも、ドラマ好きであればその姿を見たことがあるだろう。平岳大と窪塚洋介が兄弟役で出演した英BBCのドラマ『Giri / Haji』で男娼のロドニーとして抜群の存在感を披露していた、あの彼である。
本作の軸になっているのはあくまでラブストーリーであり、その意味ではとても普遍的な物語。シャープ監督について、主演のカンババは「本質を表現するのがうまい。露骨にセクシーな表現などをせずとも、様々な要素を通じて人と人の間にあるものを表現できる」と評している。本作には面食らうような突飛な演出もあるものの、それが時代性を崩すことなく、独自の世界観を築くことにつながっているのはシャープ監督の手腕だ。
イヌと違って基本的に奔放なネコと撮影をするのは相当に大変だっただろうと想像できるが、本作に登場するネコたちの悶絶ものの可愛さは、それだけで観る価値がある。人間ガチ勢であるイヌほど分かりやすくはないが、本作はネコたちのいけずな魅力もしっかりと捉えている。
『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2024年9月放送