「この映画には、答えよりも問いかけの方が沢山ある」
もともと映画化されるあてもなく、心の赴くままに書いた脚本が、今や世界から脚光を浴びている現状を「夢のよう」だと言うバーチ本人は、「世間がニュースをどのように受け止め、どのようにセンセーショナルに扱われてしまうのかという過程を、この映画は描いている」と話す。
バーチが着想を得たのは、自身が育った90年代の“タブロイド文化”だった。タブロイド紙に大きく掲載された事件が、犯罪ドキュメンタリーや犯罪ドラマになり、高い視聴率を獲得しながら“実在の事件に基づくジャンル”として人気コンテンツとなっていく流れを見つめ直したのだ。
未解決であったり、裁判がまだ行われている事件であっても、真実とフィクションの境目は薄れ、ミニシリーズ化されていくような実態、そしてセレブリティが関わる事件ほど大騒動になることも冷静に振り返った。その上でバーチは、本作を作る際に人物や物語を“フィクションとして”伝えるため、事件をその通り描くのではなく、20年後という設定で少し距離を置きながら、回顧するという形をとることにしたのである。
“トゥルークライムもの”が流行化する現状には様々な感情が沸き起こるけれど、観客に「あなたたちはこう思うべき」と言うことはしたくなかった。この映画には、答えよりも問いかけの方が沢山ある。
「大きな罪を犯しているにも関わらず、問題ないふりをして生きている」
またバーチは、普段から脚本を書き始める前にキャラクターの過去を描くようにしているという。その“過去”は誰に見せるわけでもなく、もちろん本作のキャスト陣もバーチが思い描いた登場人物の過去を読むことはない。実際に生きている人間のようなキャラクターを描くための、あくまで自身のための作業なのだ。
脚本に描かれる登場人物の細やかな設定を高く評価したジュリアン・ムーアは、「事件の当事者であるグレイシーは、大きな罪を犯しているにも関わらず、問題ないというふりをして生きている。グレイシーの価値観を理解するのは容易ではないけれど、サミーの脚本から、グレイシーは自分自身を純粋無垢な子供のようにとらえ、夢のような大恋愛をした女性であると考えていることを掴んだ」と振り返っている。
本作には全米でも多くの反響があり、観客の感想として「すごく面白かったし、風刺が効いていた」という声や、 「シリアスで全く笑えなかった」という声も、バーチの耳に届いているそうだ。これらの反応に対し彼女は、「どちらも、この作品を理解している証拠。両方のトーンが混ざっているから。それが人生というものだからね」とコメントしている。
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』は2024年7月12日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開