「役所さんは“繋がり”の匠」
―お二人で仕事をしてみて、何か化学反応のようなものを感じましたか?
ヴェンダース:フランツは今回、手持ちカメラで全編撮っているんですが、その場でどう動いても、役所さんが把握していることに驚愕していました。「いろんな俳優と仕事をしてきたが、役所さんは背中に眼がついているんじゃないか?」って(笑)。言葉が通じなくても、我々はとても通じ合っていました。
役所さんは、“繋がり”の匠でもあります。カットとカットの間、同じ動きを繋げることを多くの俳優はうまくいくかどうか怖がるんですが、役所さんは完璧なんです。全く自然にしながら、完全に繋がっている。ミスがない。ただ一つだけ、カセットテープが剥き出しだったのに、後になると箱に入っている、というのは役所さんのせいではなく、こちらのミスなんです(笑)。
役所さんは本当に監督にとっては夢のような俳優ですし、またいつかご一緒したいです。でも、まだ先の話はやめておきましょう(笑)。
役所:ヴェンダース監督はリハーサルがなくて、全て本番なんです。監督は、東京というのは沢山のノイズがあるので、音が悪くても撮影は止めず、ずっと撮り続けていく。テストもしない。それがちょっとドキュメンタリーを撮っているかのような雰囲気になっているかもしれませんが、僕にとっても初めての経験でした。
ずーっとそこで僕が生活しているのを撮っている、という感じがありました。だから録音部さんも、カメラ・アシスタントの人も、みんな大変だったと思いますが、その現場で淀みなく時間が流れていく体験は、俳優としては初めてでしたね。
「監督の“楽しい”という姿勢が僕らを励ましてくれる」
―役所さんから見て、一番印象に残っているヴェンダース監督の言葉や姿はなんですか?
役所:とても楽しそうに撮影をしているところですね。その「楽しいんだよ」という姿勢が、僕たちキャストやスタッフを励ましてくれるんです。それがヴィム・ヴェンダースという監督の大きな演出なのではないかと思いますね。本当に自由でした。
ヴェンダース:俳優の大きな仕事の一つは、その空間をどう満たすか、空間でどう動くか、ということだと思うんです。映画の中で、平山が自分の部屋を掃除するシーンがあるのですが、私は当初、ホウキで普通に掃く程度に思っていました。そうしたら役所さんが「うちの母親がやってた掃除の仕方があるんですよ」と言ったので、「ぜひやって見せてください」と頼んだんです。
すると、役所さんが「じゃあ、本番でお見せしたいです」というので、リハーサルをせず、すぐにそれを撮ったんです。古新聞をバケツで濡らし、千切って部屋中の畳の上に撒いて、それを掃いていく。その時の、役所さんの空間の埋め方があまりに見事で、どう動くかなど一切指示を必要としない、素晴らしいシーンでした。
取材・文・撮影:石津文子