「役所さんの演技を見て、撮影監督がボロボロと泣き出してしまった」
―映画の終わり、カメラは長回しで平山の顔を写し続けます。3分近くあったように思いますが、役所さんの表情が圧倒的でした。あれはト書きや、監督から何か指示があったのでしょうか? それとも、役所さんが平山の気持ちを考えた上で演じきったのでしょうか?
役所:ト書きには、「平山は突然泣く」とだけ書いてあったんです。それだけ(笑)。監督は当日、「脚本には泣くと書いてあるし、泣いてほしいけど、泣かなくてもいい」とおっしゃったんです。
でも、そのシーンに流れる曲(ニーナ・シモンの「FEELING GOOD」)の歌詞を見ると、非常に前向きで、希望のある、これから生きていくのに元気が出るような内容だった。なので、僕の気持ちとしてはそこで泣くと言うのは難しかったけれど、そこは必死にやったという感じでしたね。あそこは実際に音楽をかけながら、何度かカメラ位置や照明を変えて撮りました。
―ヴェンダース監督は、あの表情を超クローズアップで3分近く長回し、しかもスタンダードサイズのほぼ真四角で撮ったのはかなりのチャレンジではないかと思うのですが、あえてそこに挑んだ理由を教えてください。
ヴェンダース:実は、最初は横位置からも撮ろうと思っていましたが、平山は運転をしていますから、他の車も映るわけで、ちょっとトリッキーだなと感じたんですね。実際、一度撮ったら、あまり横からのショットは必要ないと気づきました。この映画を終わらせるためには、平山の真正面からのショットだけで十分だとわかったんです。
そこで車を停めた状態でグリーンバックで2回撮りました。このショットが映画の最後のシーンですが、撮影の最後に撮ることに決めていました。映画の最初のショット、平山が布団から起きる場面も撮影の一番初めに撮ったんです。
―長回しは、実際には何分あったのでしょう?
ヴェンダース:曲が3分半あるので、それより若干短い程度ですね。あの超クローズアップでは、役所さんの泣きながら笑う表情の凄さ、その能力に圧倒されてしまって、撮影のフランツ・ラスティグがボロボロと涙を流し、さらに肩も震え出してしまったんです。撮影監督が撮りながら泣いているのなんて初めて見ましたから、「おいおい、ちゃんと撮れてるんだろうな」とハラハラしましたが、もちろん大丈夫でしたよ(笑)。