「“謙虚さ”は日本の伝統的なものに根付いている部分がある」
―役所さんが演じた“平山”は、『東京物語』(1950年)で笠智衆が演じた主人公をはじめ、小津安二郎の映画ではお馴染みの名前です。また、アオイヤマダさんが演じたアヤですが、やはり小津映画では、若く溌剌とした女性の名前としてよく使われています。実は私もアヤコと言いますが(笑)。そこかしこにヴェンダース監督の小津安二郎への愛を感じますが、小津の影をどのように感じながら、この映画を撮っていたのでしょうか?
ヴェンダース:実は今回カンヌが始まってすぐ、今まで未見だった小津の映画『宗方姉妹』(1950年)を4K修復版で観ることができたんです(カンヌ・クラシック部門で上映)。本当に美しい映画で、素晴らしいカンヌの始まりとなりました。姉妹の、特に妹が信じられないほど現代的で驚きましたし、まさに『PERFECT DAYS』の中のアヤとニコ(中野有紗)を思い出しました。もちろん、役所広司さんは私にとっての笠智衆です。
―監督が考える、日本の佳き男性象が、この平山という名前、そのキャラクターに集約されているのでしょうか?
ヴェンダース:平山さんは謙虚な男性です。全ての日本人が謙虚ではないですし、正反対な人に私も会ったことがあります。でも、謙虚さということに関しては、日本の伝統的なものに根付いている部分があるとは思いますね。謙虚さと言っても、ちょっと他の国とは違うというか。
平山さんが見せてくれる側面は、きっと世界中の人が共感できるものではないでしょうか。平山さんは今、この瞬間を生きている人物なんです。彼は出会った人々みんなに目を向け、そして物の細部に注目します。
中でも彼が好きな日々の細部、それが“木漏れ日”です。彼はとてもユニークな人なんです。平山さんのような人に、私は会ったことがありません(笑)。でも皆さんは、この映画を通して彼に会えるのです。
「“平山人”が増えると、いい世界になると思います(笑)」
―監督の今の言葉を受けて、役所さんは平山に対してどんな気持ちを抱いているか教えてください。
役所:撮影中に、監督は「ああ、平山の生活はいいなあ。羨ましいなあ」って、よく言ってましたね。彼のアパートを見てわかるように決して豊かではないけれど、最低限のもので、非常に満足して眠りにつき、その日あったことを夢に見て、目覚まし時計がなくても同じ時間に目が覚める。好きな本、好きな音楽を聴きながら、毎日満足して生きている平山という人が羨ましいなあ、と監督がおっしゃってましたけど、僕もそう思います。
僕たちは本当に物欲もあって、お金を貯めてこれを買おうなんて思うけど(笑)、彼にはそれがない。何かを手にいれるために人を傷つけることもなく、ゴミを出すことも最低限な人物だから、尊敬できますね。
―あの素敵な平山さんは、スクリーンの中にしかいない人なんでしょうか?
役所:そうですね。こういう平山さんみたいな人、“平山人”が増えるといい世界になると思いますけどね(笑)。