カンヌにも「ヨーロッパはもう戦争直前」の空気
最終日はそんな受賞者会見で締めくくられた今年のカンヌだったが、開幕からしばらくは「ヨーロッパはもう戦争直前」といった感じを受ける作品が多く、ウクライナとロシアの戦争を自分ごととして受け取っているヨーロッパの気分が映画にも映画祭にも表れていた。昨年、開戦から3カ月のウクライナからゼレンスキー大統領がリモートで開会式に出演したときとは熱狂ぶりが違うが、それでもティエリー・フレモー総代表の胸元にはウクライナ連帯のバッジが留められていた。そして、今年もロシアの正式参加はなかった。
前半の気分を象徴し、ジャーナリストの支持を受けていたのが初カンヌ初コンペのジョナサン・グレイザー監督『ゾーン・オブ・インタレスト(原題)』。イギリス人監督がドイツ人女優とオーストリア人男優を起用し、アウシュビッツ強制収容所所長とその家族の日常生活を描く作品だ。
大量虐殺の行われている収容所の隣で、5人の子どもと楽しく暮らしていた所長一家や将校の家族たちの興味の範囲は自分と家族だけ、という意味のタイトルが“無関心の罪”を観客に突きつける。こちらにも所長の妻役でサンドラ・フラーが出演。結果的に彼女の出演作二本がパルムとグランプリを受賞したため、賞の重複を避ける慣習により女優賞を受賞することが出来なかったのが残念。そのかわりにパルムの監督記者会見には同席していた。
禁酒は失敗? カウリスマキが審査員賞獲得『フォールン・リーヴズ』
潮目が変わったのがアキ・カウリスマキ監督の『フォールン・リーヴズ』だったろうか。それまで、戦争を忘れさせない、暴力と欲望と不寛容と差別と無知と裏切りと死と絶望を描く作品が目立っていたところに、カウリスマキ節全開で底辺庶民のささやかな恋物語が登場したのだ。ただし、来年に設定されたこの世界ではまだウクライナ戦争は続き、ラジオからはメランコリックな歌と共に戦争のニュースが流れてくるのである。
記者会見では電子タバコをすぱすぱやりながら記者をケムに巻いていたカウリスマキだが、筆者は写真に写る二個のコップを見逃さなかった。主人公男子は仕事中でも酒を飲み続ける男なのだが、それはあなたもなのかと問われたカウリスマキは「酒は何年か前に止めた」と答えた。が、水のコップではないもう一つのコップに入った透明な液体をグビリグビリと飲めば飲むほど顔の赤らみが濃くなり、記者の答えをはぐらかすようになり……あのコップに入っていたのは水ではないだろう、という筆者の疑惑は確信に変わっていったのだった。
しかし、このささやかで不器用な恋の物語は、観客とジャーナリストと審査員の絶望気分を救い、審査員賞を獲得することになる。カウリスマキはすでに帰国していたが、俳優二人に託した受賞感謝メモの最後には「ツイスト・アンド・シャウト!」と書いてあった。