怒れる神と人間の戦い
各々の振るまいにイライラさせられる脚本だが、悔しいことに導入部からしっかりと作り込まれている。善人と悪人を一挙に設定することで、観客に不要な雑念を省かせ「キャラクターが織りなすサスペンス」に集中させてくれるのだ。
さらにアステカ神話も散りばめ、多くのサメ映画が陥る「サメ VS 人間」の安直なプロットから解放。怒れる神と人間の戦いに昇華させている。
しかし「人が食われる」描写を観るための「サメ映画」としては今一歩かもしれない。海から引き上げたとき、下半身がズタズタに引き裂かれるキャラクターや、バラバラになった手足が海を漂う場面もあるが、直接的な表現は避けられているためだ。
あくまで中心に据えられるのは、油田から脱出しようとすればサメに喰われる、とどまってもサメの体当たりで油田は崩壊間近、さらに海底には時限爆弾と八方塞がり……といったスリリングなシチュエーションだ。エイドリアン・グランバーグが見せたいのは、あくまでドラマティックなサスペンスなのである。
ラテンの風が吹く熱々な演出
そんな窮地で、油田会社の悪事が暴かれていき、ポールが現地民に徹底的に嫌われている理由が露わになる。本作のあまりの善人の少なさに、「みんな食べられればいいのに!」と叫びたくなるが、“唯一の良心”といえるキャラクターもいて、観ていて気持ちが揺れ動いてしまう。これはキャストの多くがオーバーアクト気味の芝居を披露していることもあるだろう。
ディレクションを非難してるわけではない。エイドリアン・グランバーグ監督はドミニカ共和国の出身。つまりラテンの血が流れる熱々な監督である。『ランボー ラスト・ブラッド』もそうだったが、彼のディレクションはどこか大仰な感触があり、なんとも味わい深いのだ。
といっても、大雑把だというわけでもなく、緊張感のある海中シーンでは、ヴィンテージレンズを使い油田のオイル漏れによる視界の悪さを表現。低予算といえども、小さなテクニックで最大限の効果を生むよう努めている。
この絶妙な社会批判とサスペンスフルな演出は、70年代に“クマ映画”が大流行した時の『プロフェシー/恐怖の予言』(1979年)に類似している。『プロフェシー~』を監督したジョン・フランケンハイマーも、『ランボー』まではいかないがしっかりとした軍人映画を制作しており、エイドリアン・グランバーグとの共通点は多い。
それはともかく『ブラック・デーモン 絶体絶命』は、ちょっぴりチープながら威勢のいい作品に上がっている。その味わいは、まさに“B”級だ。
文:氏家譲寿(ナマニク)
『ブラック・デーモン 絶体絶命』は2023年6月2日(金)より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー、池袋シネマ・ロサほか全国公開
『ブラック・デーモン 絶体絶命』
崩壊寸前の海底油田に
取り残された男とその家族
旋回するのは伝説の超巨大ザメ
通信手段はゼロ
海底には仕掛けられた爆弾
爆発まであと59分
待受けるのは死か、それともー!?
監督:エイドリアン・グランバーグ
出演:ジョシュ・ルーカス
フェルナンダ・ウレホラ
フリオ・セサール・セディージョ
制作年: | 2023 |
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2023年6月2日(金)より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー、池袋シネマ・ロサほか全国公開