新作を迎え入れる最高の晴れ舞台
会場に戻ろう。
まず、映画祭には大きく分けてオフィシャルとノン・オフィシャルの2つのセクションがある。
オフィシャルとは映画祭本体の主宰という意味だ。コンペティション、ある視点、アウト・オブ・コンペティションなど。
ノン・オフィシャルにはフランス映画監督協会が主宰する監督週間、フランス映画批評家協会が主催する批評家週間などの部門がある。
そのすべての中心にあるのがコンペティション部門だ。
各国を代表する名匠あるいは新進気鋭の監督の最新作が全世界から20 本程度選ばれ、豪華なゲストを招いて世界初上映される。
上映後には記者会見が開かれ、世界中から集まったプレスが情報を発信する。
誕生したばかりの映画にとって、まさに最高の晴れ舞台である。
不世出の音楽家、最後にかかわった作品
この舞台を最も有効に使った監督と言えば、クエンティン・タランティーノだろう。
1992年に『レザボア・ドッグス』を特別招待作品として上映したときは、記者会見も閑散としていた。
だが、2年後の1994年に『パルプ・フィクション』をコンペに出品したときは、上映が毎回満席になった。
記者会見の会場も、立錐の余地のないほどジャーナリストで溢れた。
そのうえで、見事にパルム・ドールを獲ってみせた。彼ほど鮮やかにスターの階段を駆け上がった監督はいない。その足がかりが、カンヌだった。
他にも、『パリ、テキサス』のヴィム・ヴェンダース、『セックスと嘘とビデオテープ』のスティーヴン・ソダーバーグ、『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノなど、カンヌでパルム・ドールを獲ってステップアップした監督は枚挙にいとまがない。
ちなみに最高賞のパルム・ドールとは「金の棕櫚」という意味だ。
これはカンヌの市章が棕櫚であることにちなんだものだ。1 枝の棕櫚の形をした金色のトロフィー(スイスの高級宝飾店ショパール製)が監督に授与される。
日本映画界では、これまで4監督5作品がこの金の棕櫚を手にしている。
衣笠禎之助『地獄門』(1953)、黒澤明『影武者』(1980)、今村昌平『楢山節考』(1983)、『うなぎ』(1997)、そして是枝裕和『万引き家族』(2018)だ。
4月13日に今年のラインアップが発表になった。
日本からはコンペティション部門に是枝裕和監督の『怪物』が選ばれた。
出演は安藤サクラ、永山瑛太ら。
そして、音楽を担当したのが、坂本龍一だった。
3月末にがんのため逝去。
映画とも縁が深かった不世出のアーティストにとって、最後にかかわった作品になった。
Ryuichi Sakamoto au Festival de #Cannes en 1983. pic.twitter.com/4AnhMz1i9D
— MUBI France (@mubifrance) May 25, 2022
『怪物』がお披露目された会場。
映画に感動した多くの観衆が総立ちになった。
「地響きのような拍手」と安藤サクラ。
是枝は「見てくれた方たちの顔が輝いていた」と手応えを感じていた。
【今年のカンヌ 見どころほかにも】
パルムドールには、ヴィム・ヴェンダース監督の『Perfect Days(原題)』もノミネートされている。
「THE TOKYO TOILET プロジェクト」で改修された東京・渋谷の公共トイレを舞台にした作品で、主演は役所広司。
また、砂漠の町を舞台にトム・ハンクス、スカーレット・ヨハンソンら豪華キャストが独特の世界を繰り広げるウェス・アンダーソン監督『アステロイド・シティ』や、ヘンリー8 世(ジュード・ロウ)と最後の王妃キャサリン(アリシア・ヴィキャンデル)の結婚を描いたイギリス映画『ファイアブランド(扇動者)』などもノミネート。パルムドール受賞を競う。
日本映画は他に、世界で絶大な人気を誇る北野武監督初の時代劇『首』がカンヌ・プレミア部門に出品。
本能寺の変を北野流に味付けした 戦国エンターテインメント で、羽柴秀吉を北野武、明智光秀を西島秀俊、織田信長を加瀬亮が演じる。
韓流ファンには、昨年韓国初の男優賞を受賞したソン・ガンホが悩める映画監督を演じた『クモの巣』や、ある視点の『ファラン』で再婚したばかりのソン・ジュンギがカンヌ初登場するのが話題になるだろう。
取材・文:齋藤敦子
撮影:若山和子
第76回カンヌ国際映画祭は2023年5月27日(現地時間)まで開催