禁忌テーマのエンタメ化今昔
アメリカのコメディ俳優、ジェリー・ルイスが監督と主演を兼務した、『The Day the Clown Cried(道化師が泣いた日)』(1972年)は未完に終わり、現在は封印されている映画だ。未完かつ封印作品となった理由は諸説あり、未だに謎が多く様々な憶測を呼んでいる。
もっともな理由としては、ナチスの強制収容所に収監されたサーカスのピエロが、やがて処刑される子供たちを元気づけるというプロットが“ヤバかった”というものだ。「ホロコースト」の議論が頻繁になされ、世界共通認識となっていなかった70年代に、ホロコーストを厭世コメディとして描くことは敷居が高かったのであろう。
https://www.youtube.com/watch?v=8Cv3-MCkX7U
※以下、物語の内容に一部触れています。
『フリークスアウト』の“容赦ない”ストーリーテリング
『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』(2015年)のカブリエーレ・マイネッティ監督の『フリークスアウト』と、『道化師が泣いた日』を一緒くたに語るのは無謀かもしれない。しかし、サーカス団員、ナチス、強制収容所が登場することから、映画豆知識として扱うにはちょうどいい。事実、ルイスの映画には『フリークスアウト』のようにX-MENよろしく特殊能力を持ったミュータントは登場しないが、マーベルコミックへの言及はいくつか見られるのだ。それに『フリークスアウト』を観れば、昔は敷居の高かったナチスやホロコーストのエンタメ化が、今世紀に入り良くも悪くも馴染んだといえる。
エーテル中毒で未来を予知する6本指のピアニスト将校という障がい+ナチ+ヤク中の強烈な悪役の存在や、形骸的なホロコースト表現は『プロデューサーズ』(1968年)内の作中作『ヒトラーの春』を思わせるいかがわしさ。加えて、ナチスに利用されようとする特殊能力を持ったサーカス団員たちも、X-MENのような格好良さはなく、発電できるメンヘラ、自慰中毒の磁石人間、性格の悪いアルビノ昆虫使い、多毛症の怪力野郎といった面々である。
こうした障がい者たちを中心人物に置き、血まみれだった戦争を舞台にあからさまな感動ポルノ(Inspiration porn)を紡ぐのは、ポリコレ的に間違っていると思われがちだ。しかし、誠実な試みでもある。なぜなら『フリークスアウト』のストーリーテリングには容赦がないのだ。
障がいを持つナチス将校フランツの存在
それは冒頭から明らかだ。ユダヤ人であるイスラエル(冗談が厳しい名前だ)団長率いるサーカス団の団員が、各々の特殊能力を用いた芸を披露する。お客は彼らの能力に夢中だ。ところが突然、爆風がすべてを吹き飛ばす。想像と現実の思いもよらぬ融合。ユダヤ人故に連れ去られるイスラエル、リーダーを失って困惑する団員たち。彼らは紆余曲折を経てイスラエルを救うべくナチと対峙することになる。
はっきり言って、このプロットは凡庸だ。「容赦がない」と前述したのは、実は主人公たち以外の描き方についてだ。特に6本指将校フランツの鬼気迫るキャラは素晴らしい。彼は未来を見通すことができる。つまり、自国が戦争に負けることを知っているのだ。故に彼の焦りは、ただならぬものがある。
戦争に勝つための容赦ない人体実験に対する姿勢、一方で未来視した素晴らしい曲(Redioheadの「Creep」やGuns N’ Rosesの「Sweet Child O’ Mine」)をピアノで演奏し悦に浸る二面性、障がい故に戦場に赴けなかった劣等感――。サーカス団員が徹底したコメディ役に徹しているからこそ際立つキャラクターだが、本作の見所はこのフランツにあると言っていいだろう。結局のところ、戦争を描くにはネガティブな感情が必須なのだ。
散りばめられた名作オマージュ
『フリークスアウト』はエンタメ性たっぷりで、緩急の付け方もうまい。観ていてすごく楽しい。でも、どこかいびつな感じがする。あちこちに現代のポップカルチャーを散りばめるところは『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』から引き継いでいる。
主人公4人たちを指して「ファンタスティック・フォー」と呼ぶし、手足が欠損したパルチザン軍団はテリー・ギリアムの映画からそのまま拝借したように見える。電気使いマチルダの三つ編みはどう見ても「オズの魔法使い」で、4人の立ち姿はまるでイエロー・ブリック・ロード(※エメラルドシティへと続く道)のようだ。
ネタバレになるので詳細は避けるが、他にもスペイン映画の傑作『気狂いピエロの決闘』(2010年)や『レザボア・ドッグス』(1991年)からのあからさまな引用もある。
それでも本作には嫌いになれない魅力がある。ホロコーストでも歴史上どこかの国の虐殺行為でも、豪華かつ過剰で下品な映画は常に映画ファンの心を掴んで離さないのだ。
文:氏家譲寿(ナマニク)
『フリークスアウト』は2023年5月12日(金)より新宿バルト9ほか全国ロードショー
『フリークスアウト』
第二次世界大戦下のイタリア。ユダヤ人の団長イスラエルが率いるたった5人の小さなサーカス団「メッツァ・ピオッタ(100リラ硬貨の半分、の意)」の仲間たち、光と電気を操る少女マティルデ、アルビノの虫使いチェンチオ、多毛症の怪力男フルヴィオ、磁石人間の道化師マリオらは、その特殊な能力のせいで普通に暮らすことができず、まるで家族のように肩を寄せ合って暮らしてきた。だがイタリア国内でもナチス・ドイツの影響が強まる中、なんとか戦火を逃がれ皆をアメリカへ脱出させようとしていたイスラエルが、突然姿を消してしまう。マティルデがどうにか団長を探し出そうと奔走する一方、フルヴィオら3人は仕事を求めてベルリン・サーカス団の門を叩く。ド派手なパフォーマンスが話題のナチス・ドイツの陽気な広告塔。しかし団長のフランツは、裏でナチスを勝利に導く異能力者を探して人体実験を繰り返す恐ろしい男だった。フランツとの危険な出会いは、メッツァ・ピオッタ・サーカスの仲間たちをナチス・ドイツ軍との壮絶な戦いへと導いてゆくのだが……。
監督:ガブリエーレ・マイネッティ
原案:ニコラ・グアリャノーネ
脚本:ニコラ・グアリャノーネ ガブリエーレ・マイネッティ
出演:クラウディオ・サンタマリア アウロラ・ジョヴィナッツォ
ピエトロ・カステリット ジャンカルロ・マルティーニ
ジョルジョ・ティラバッシ マックス・マッツォッタ フランツ・ロゴフスキ
制作年: | 2022 |
---|
2023年5月12日(金)より新宿バルト9ほか全国ロードショー