「大学教授」という職業にどんなイメージを持っているだろうか? 昔と違って優雅な職業ではなくなり、研究と教育だけでなく入試業務や学内行政に時間を取られ疲弊しているという現実はさておき、どんな分野の研究者であれ、他人にとってはどうでもいいようなことに異様に執着心を持ち、自分に関心のある対象を突き詰めるためにはどんな犠牲もいとわないオタクのプロフェッショナル――そんなイメージが、おそらくは世界中で共通して持たれているイメージなのではないだろうか?
筆者もまた、この3月までは早稲田大学の客員教授を19年間勤めていたのだが、まあ正直言って世間一般的な意味での常識を持ち合わせていない専門バカのようなタイプが多いのは、周囲を見渡しての偽らざる感想だった。
さて、そんな大学教授を主人公とした映画というのは数あるが、そうした世間ずれしたキャラクター性というのは、巻き込まれ型の主人公がピンチに陥るタイプのアクション映画においては意外と相性が良い。今回は、そんな“大学教授が危機に遭遇するアクション映画”を紹介したい。
名門大学の考古学者インディアナ・ジョーンズ教授 42年の軌跡
ジョージ・ルーカス原案&製作総指揮、ローレンス・カスダン脚本、スティーヴン・スピルバーグ監督による『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』が公開されたのは、今から42年前の1981年。世界的に高名な考古学者にして、トレジャー・ハンターとして世界を飛び回るジョーンズ博士のキャラクターは、演じるハリソン・フォードの真面目なのにどこかとぼけた味わいのキャラクター性ともマッチして、世界的に大ヒット。大学教授が活躍するアクション映画の代名詞となった。
――その後も『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(1984年)、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(1989年)、『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(2008年)とシリーズ化され、ファンを魅了し続けてきた。
だが、『最後の聖戦』から19年振りに製作された第4作『クリスタル・スカルの王国』の時点でフォードは66歳。相棒からは爺さん呼ばわりされ、身体的な衰えは隠しようもない……。そんな、昔なら簡単にできた身のこなしができないインディをハラハラしながら楽しめた第4作から15年も経った今、もう一度ハリソン・フォードのインディを見られるとは夢にも思っていなかったが、2023年6月30日(金)には第5作目『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』が公開されることになっている。
『運命のダイヤル』の時代設定は、前作から12年後の1969年とされているが、主役のフォードの実年齢は撮影時で80歳。そのため、マーティン・スコセッシ監督が『アイリッシュマン』(2019年)でロバート・デ・ニーロやジョー・ペシに対してILMの特殊効果で行ったのと同様、ハリソン・フォードの顔の皺をCGで目立たなくさせたとも伝えられている。予告編を見た限りにおいては大いに期待が持てるが、さてどんな映画に仕上がっているか、楽しみに待ちたい。
大学教授が思いもかけず大冒険をする羽目に陥るパターン
インディ・ジョーンズは、考古学は本ばかり読むよりも発掘現場に行くことが何よりも大事、と自ら行動するタイプの教授で、本業が大学教授なのかトレジャー・ハンターなのかよくわからない感じだった。しかし、もっと典型的な世間知らずの大学教授が、図らずも危険と隣り合わせの大冒険をする羽目に陥る、というタイプの映画も昔からあった。
古くは『外套と短剣』(1946年)が、ゲイリー・クーパー演じるミッドウェスタン大学の物理学の教授が、ナチスに脅されて原子力研究をしている博士やその令嬢を救い出すべく、イタリアの山奥でナチスと戦うという物語だった。
同じころに製作された『都会の牙』(1949年)は毒を盛られて数日後には死ぬ運命にある主人公が犯人を追い詰めるという話で、オリジナル版の主人公は公認会計士だったが、そのリメイクで1988年に製作された『D.O.A.』では、毒を盛られた主人公デニス・クエイドの職業は文学の大学教授へと変更されていた。
ずっと時代が下り、2010年の『スリーデイズ』では、ラッセル・クロウ演じるやはり文学の大学教授が、えん罪で殺人容疑者として逮捕されてしまった妻を救うために奮闘し、刑務所から妻を脱獄させることに成功するまでを描いていた。この『スリーデイズ』も、フランス映画『すべて彼女のために』(2008年)のリメイクなのだが、元のフランス版では主人公の職業は大学教授ではなく、平凡な国語教師だった。
ジョン・ル・カレによるスパイ小説の映画化作品『われらが背きし者』(2016年)でユアン・マクレガーが演じた主人公もまた、ロンドン大学で詩を教える文学の大学教授。妻との旅行先のモロッコでロシアン・マフィアの大物が英国への亡命を画策している計画に巻き込まれてしまう、という典型的な巻き込まれ型の“大学教授が危機に遭遇するアクション映画”だった。
クリント・イーストウッドが“絵の先生”を演じたアクション映画
『D.O.A.』、『スリーデイズ』、『われらが背きし者』の主人公である大学教授が、すべて文学の教授だというのは単なる偶然だとは思えない。もしかしたら、文学を専攻しているような研究者というのが、最も浮世離れしているタイプというイメージが、少なくともアメリカにはあるのかもしれない。
文学ではなく、美術の大学教授という役を演じたのはクリント・イーストウッドだ。作品は『アイガー・サンクション』(1975年)で、筆者の知る限りにおいて、これは1955年の『半魚人の逆襲』での映画デビューからこの方、70年のキャリアで60本にも及ぶ出演作がある中でイーストウッドが大学教授を演じた唯一の作品だ。
……もっとも、『ダーティハリー』(1971年)のような刑事アクションや『許されざる者』(1992年)のような西部劇のタフなヒーローのイメージが強いイーストウッドが自らの監督主演作として手掛けた作品だけに、この美術教授、かつては諜報機関で数多く暗殺を手掛けた元凄腕の殺し屋という、ちょっと無理のある設定だった。
まあ、昔のつてで闇ルートから手に入れた美術品のコレクションのことを税務署に通告されてもいいのか、と脅迫されて昔取った杵柄で暗殺を引き受けざるを得なくなるという設定と、クライマックスの舞台となるスイスの名峰アイガー北壁での登山シーンをこなせるだけの運動神経と体力が必要な役という条件からすると、このケースは単なる巻き込まれ型の浮世離れした大学教授とは端から一線を画しているといえそうだ。
ついでながら、元凄腕の殺し屋で今は大学教授というのはどう考えても嘘っぽいが、実際に元大学講師であり、俳優デビュー作で“残忍な殺し屋”を演じた人がいる。――それはリチャード・ウィドマークで、後に主演スターとして大成する以前、デビュー作『死の接吻』(1947年)で演じた殺し屋トミー・ユードーは、ニタニタ笑いながら車椅子の老婆を階段から突き落とすという前代未聞の冷酷な殺し屋で、当時の観客に衝撃を与えた。ちょっと前まで彼に大学で教わっていた教え子たちは、さぞやビックリしたことだろう。
" Kiss of Death" Richard Widmark, 1947. pic.twitter.com/r2e0Vz0ovj
— TCMFanatics (@Zsavooz) February 11, 2022
リストラ理系大学教授たちの痛快なリベンジ・シリーズ
考古学、文学、美術と文系に偏りがちなアクション映画の主人公たる大学教授だが、理系の教授を主人公にした傑作もある。
イタリア映画『いつだってやめられる 7人の危ない教授たち』(2014年)はいわば犯罪コメディなのだが、主人公ピエトロ(エドアルド・レオ)は神経生物学者。勤務先の大学を突如クビになった彼は、同じくクビになるなど不遇をかこっていた計算化学者、解釈論的記号学者、マクロ経済学者などとチームを組み、安価で製造できるのに高額取引されている合成薬物を製造・販売することで巨額の利益を上げる。もちろん、イタリアのドラッグ市場を牛耳るマフィアが彼らを放っておくわけもなく、チームは窮地に陥る……といった内容で、スマッシュ・ヒットとなった。
昔と違って成果が出なければクビにされ、身分が保証されているわけでもない昨今の大学教授という職業の実態を皮肉った社会派コメディという側面もあり、3年後には続編『いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち』(2017年)、さらに『いつだってやめられる 闘う名誉教授たち』(2017年)が製作された。
本シリーズのツボは、理系の元教授たちがそれぞれの専門知識を生かして合成ドラッグでの大儲けを目論むというシチュエーションそのものにあるのだが、今の時代、大学教授も楽じゃない! という見立ては結構なリアリティなのだ。
文:谷川建司
『アイガー・サンクション』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「特集:クリント・イーストウッド誕生祭」で2023年5月放送
『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』は2023年6月30日(金)より全国公開
https://www.youtube.com/watch?v=qJtLzFoP9Sw