「原作と比較してほしい」
M・ナイト・シャマランにとって15本目となる長編監督作『ノック 終末の訪問者』。シャマランといえば、初期の『シックス・センス』(1999年)や『アンブレイカブル』(2000年)、『サイン』(2002年)などが、いわゆる“代表作”とされているが、11作目の『ヴィジット』(2015年)あたりから再び観逃せない奇作を次々と乱打するようになった。
全作で脚本も手がけることで知られているシャマラン。大胆なシチュエーションや、有名なドンデン返しも、その多くは彼の頭の中から生まれたもの。ただし、「原作」が存在する監督作もあり、前作『オールド』(2021年)は、シャマランが娘から勧められたフランス語のグラフィックノベルが原案になっていた。そして、この新作もポール・トレンブレイのベストセラー小説が原作。“脚色”が続いたことをシャマランに聞いたところ、たまたまだったと彼は落ち着いた表情で答えた。
原作モノが続いたせいで、オリジナルの企画が渋滞中です(笑)。でも『オールド』も『ノック』も、原作にはあくまでインスパイアされただけで、かなり僕なりに変更していますよ。今回も原作者のトレンブレイに変える部分を確認してもらったところ、「それは私が最初に試そうとしたこと」と逆に褒めてもらえました。僕がどう変えたのか、ぜひ皆さんには原作と比較してほしいですね。
人里離れた森の中のキャビン(小屋)で、静かな時間を過ごす3人家族。そこに現れたのは、明らかに謎めいたムードを漂わせる4人。彼らは世界の終末を予告し、その危機を阻むには、3人家族の誰かが命を失わなければいけない……と、究極の選択を迫ってくる。挑発的なストーリー、終末へのカウントダウン、キャビンという密室空間の緊迫劇と、シャマラン作品にふさわしい要素で固められ、当然のごとく目を疑う描写も用意される。
「これは僕の家族のストーリーでもある」
シャマランは、つねに思い描いたイメージをそのまま映像化することにこだわる。今回の『ノック』でもシャマランは例として次のように説明する。
僕は撮影に入る前に、すべてのショットやカメラワーク、カット割りなどをデザインします。セットもそのヴィジョンに合わせて作ってもらうわけです。たとえば今回なら「ここからキッチンまでは、この距離で」と指定する感じですね。このスタイルは『シックス・センス』の頃から変わっていません。『パラサイト 半地下の家族』(2019年)でも同じ方法をとっていたと聞いて、なんだかうれしかったです(笑)。
もちろん俳優に対しても細かい演出が行われる。その厳しさについて、標的となる家族の一人を演じたジョナサン・グロフは振り返る。
撮影に入る前に2週間、みっちりリハーサルが行われます。とりわけセリフの言い回しに対する監督のこだわりは半端ではなく、一語一句、脚本どおりに話すのはもちろん、誰かのセリフを受けて話し始めるまでのタイミングに至るまで、こと細かく指導されるんです。もちろん撮影本番も同じで、立ち位置から動きまで「とりあえずやってみて」なんてことは一切ありません。
そのグロフが演じるエリックはゲイのキャラクター。つまり3人家族は男性同士のカップルと養子の娘という構成だ。こうした設定は独創的だが、シャマランも原作のこの点に惹かれたという。
血の繋がらない3人家族に世界の終末が託されるというのが、なんだか美しく、詩的に感じられました。その美しさを達成するため、僕はゲイだと公言している俳優を探したんです。幸いにもジョナサンとベン(・オルドリッジ)という最適な2人を見つけることができました。養子という点も僕には重要で、じつは僕のいちばん下の娘は養子なんです。僕と妻が彼女と初めて会った場所やその状況を『ノック』で再現しました。つまりこれは僕の家族のストーリーでもあるんです。
ゲイの俳優がゲイ役を演じる。何かと「当事者が演じるべき」という風潮があるなか、最高のキャスティングが実現したわけだが、本人はどう感じているのか。アンドリュー役のベン・オルドリッジはこう告白する。
ゲイだろうとストレート(ヘテロセクシュアル)だろうと、つねにベストを尽くすわけですし、役へのアプローチは変わりません。ただ、やはりゲイの役の場合、深いレベルまで感情移入できるのは事実でしょう。僕は数年前にカムアウトしたばかりなので、今回のような役は新鮮で刺激的です。相手役のジョナサンとも初対面で意気投合できました。でも劇中で僕らが見つめ合ったりとか、その関係性を表現するシーンはごくわずか。椅子に縛られて横に並んでも正面のカメラに向かって演じていましたし。まぁ恋愛映画じゃないですから(笑)。
「デイヴに一発で殴り倒されるんじゃないかと不安でした」
ちなみにブロードウェイのミュージカルで注目されたジョナサン・グロフは、15年前にゲイであることをカミングアウト。その後、『アナと雪の女王』(2013年)でのクリストフの声や、デヴィッド・フィンチャー監督のNetflixドラマ『マインドハンター』(2017〜2019年)の主役など、めざましい活躍を続ける。
今日は#ジョナサン・グロフ の誕生日🎂
— ユニバーサル・ピクチャーズ公式 (@universal_eiga) March 26, 2023
『ノック #終末の訪問者』では、
選択を迫られる家族のひとり、
【エリック】を演じています。
温和な性格で、
家族を優しく見守る彼の選択は─?
🎬𝟰.𝟳(𝗙𝗥𝗜)#映画ノック #終末の訪問者 pic.twitter.com/RxhH2EMJeF
そしてキャスティングという点で注目なのが、訪問者のリーダー格レナードを演じたデイヴ・バウティスタだ。終末の予言を3人家族に納得させるうえで、その言動がキーポイントとなる役どころ。バウティスタといえばWWEの元プロレスラーで、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014年)などでアクションスターとして知られる。しかし、シャマランは彼の演技の才能を信じてこの難役を任せたという。
『ブレードランナー 2049』(2017年)を観た時、「この俳優は、いったい誰なんだ?」と目がクギづけになったのが、デイヴでした。セリフがほとんどないシーンで、肉体のみでキャラクターの純粋な思考やそのプロセスを表現していたんです。ちょっとした悟りの境地すら感じました。周囲に尋ねたら、プロレスラーだと聞いて、さらにびっくり(笑)。あの感動は『ブギーナイツ』(1997年)でフィリップ・シーモア・ホフマンの演技を観た時の印象に近いものでした。
そのデイヴ・バウティスタに反撃するシーンも演じたベン・オルドリッジは、元プロレスラーとのアクションの思い出をうれしそうに振り返る。
デイヴは近くで見ると、とにかくデカい(笑)。僕とジョナサンは一発で殴り倒されるんじゃないかと不安でした。でもデイヴはさすがにプロ。格闘シーンでは自分自身も含め、周囲のみんながケガをしないように慎重に気配りをしながら動いてくれたんです。僕らも安心してスタントに臨むことができ、アクションの勉強になりましたね。
「娘イシャナの初監督作も楽しみにしている」
シャマラン作品といえば、ダークでシリアスな物語に、スリラーの面が濃厚なのが基本だが、妙に楽観的だったり、思わず笑いを誘うシーンもあったりするのが特徴。監督のカメオ出演もその一部だが、本人はどんな気分なのだろう。
それは僕の性格から来るものかもしれません。基本的に楽観主義なんです。おそらく今、この地球で起こっていることを放置していたら、100年後には人類は滅亡するでしょう。一方で、それを防ぐための変革もスピードアップすると信じています。とくに僕らの子供たちの世代では……。そんな風に僕は、世界を本質的にポジティヴに捉えています。
そしてカメオ出演ですが、今回はキャビンという限定空間なので諦めていました。でも瞬間的にアイデアが浮かび、それを撮影初日に撮影して、使うかどうかは編集者に任せました。そうしたら幸運にも使われた、というだけ。出演に固執しているわけじゃありません(笑)。
このところコンスタントに新作を送り出しているM・ナイト・シャマラン。次回作も、すでに2024年4月の公開がアナウンスされている。どうやら新境地の作品になりそうだ。
ようやくオリジナル脚本の作品に着手できます。監督は別の人に任せようと思ったのですが、だんだんテンションが上がり、「僕でもこのストーリーはアリかな」と自分でやることに決めました。公開日に間に合うかどうか、スケジュールだけが問題です(笑)。その前に娘(次女)のイシャナの初監督作が完成するので、そちらも楽しみ。彼女は『オールド』に続き『ノック』でもセカンドユニットの監督を務めてくれました。とにかくパワフルな性格ですし、子供の頃から父親の仕事ぶりを見てきたので、表現の限界に挑んでくれると信じていますよ。
I had the incredible joy as a father to direct for the last time on #Servant a script my daughter wrote. Going live on IG with Ishana tomorrow at 3pm ET to talk about last week’s episode, the upcoming series finale, her latest project, and more. Tune in and ask us some q’s! pic.twitter.com/l9AwkDAgI3
— M. Night Shyamalan (@MNightShyamalan) March 15, 2023
『ノック 終末の訪問者』の興奮も冷めやらないまま、シャマランのファンにとってはさらなる楽しみな作品が続きそうだ。
取材・文:斉藤博昭
『ノック 終末の訪問者』は2023年4月7日(金)より全国ロードショー
『ノック 終末の訪問者』
人里離れた山小屋で休暇を過ごしている3人の家族の前に突如現れた、謎の4人組。彼らは家族を拘束し、こう告げた。
「私たちは、“終末”を防ぎに来た。君たちの“選択”に懸かっている」
「家族3人のうち、犠牲になる1人を選べ」
「しくじれば…世界は滅びる」
果たして、4人の訪問者は何者なのか? なぜ、世界は終末を迎えることになるのか? そして、正気とは思えない究極の“選択”の結末とは?
監督:M・ナイト・シャマラン
原作:ポール・トレンブレイ
脚本:M・ナイト・シャマラン スティーヴ・デズモンド マイケル・シャーマン
出演:デイヴ・バウティスタ
ジョナサン・グロフ ベン・オルドリッジ
ニキ・アムカ=バード クリステン・ツイ
アビー・クイン ルパート・グリント
制作年: | 2023 |
---|
2023年4月7日(金)より全国ロードショー