「人を外見で判断してはいけない。それはとても罪深いこと」
―もうひとつ映像的にチャレンジだと思ったことは、ふだん映画ではなかなか語られることのない、肥満症の人間が主人公だということです。観客は映画のなかで、ずっと彼を観続けることになります。あなたはとくにクローズアップを多用していますが、彼の痛みを観客に凝視させたいという狙いがありましたか。
そうとも言える。思うに、観る人によってはそれをグロテスクだとか、心が乱されると感じるかもしれないが、彼らもまた僕らと変わらない人間だ。僕は心の底から、人を見かけで判断してはいけないと思っている。ほとんどの人が外見というものに左右されるのは、とても罪深いことだと思う。彼らはその人がどんな人間であるかではなく、どんな風貌かでジャッジする。僕がサムの戯曲に心打たれる点は、主人公がそうした痛みを経験してもなお、心の善良さを持っているところだ。
―ブレンダンの変貌ぶりが見事ですが、実際メイクアップにはどれくらい時間が掛かったのでしょうか。
準備段階ではとても長い時間をかけて、いろいろと試行錯誤を繰り返した。ようやく固まって、撮影時にはメイクに3時間、そして撮影後にメイクを取るのに1時間かかった。つまり1日4時間はかかって、さらにテイクが終わるごとに、汗を拭き取ったり化粧直しをしなければならなかったから、1日に割いた時間はかなりのものだったと思う。
「ブレンダンは、あの素晴らしい瞳で多くのストーリーを語ることができる」
―彼の演技の素晴らしさは誰もが認めるところですが、正直ここ数年は大きな役に恵まれていませんでした。どの時点で、彼こそチャーリーだと思われたのでしょうか。
じつは、これまでブレンダンの映画はほとんど観ていなかったんだ。『ジャングル・ジョージ』(1997年)も『ゴッド・アンド・モンスター』(1998年)も観たことがなかった。『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(1999年)をちょっと観たくらいで。でもたまたま、彼が出ているメキシコのローバジェット映画『ブレンダン・フレイザー 復讐街』(2006年/共演:スコット・グレン、モス・デフ、アリシー・ブラガほか)のトレイラーを目にしてね。そのときパッと閃いたんだ。
正直、チャーリー役のキャスティングにはとても時間がかかった。僕は地球上のすべてのスターを考えたと言ってもいいが、誰もピンと来る人がいなかったんだ。そんなときこのトレイラーを目にして、彼と会ってみようと思った。実際に会ってみると、僕のなかの閃きはもっと確かなものになった。
でも脚本家のサムに相談すると、彼は「う〜ん……」と、ピンと来ていないみたいだった。それで読み合わせをすることにした。そのときはセイディー・シンクも一緒だったんだけど、サムに見学してもらった。読み合わせ中、サムはずっと彼らを凝視していて、これはいいサインだなと思ったのを覚えているよ(笑)。
―ブレンダンの中に眠っていた才能をここまで引き出すことができた鍵とはなんでしょう? 彼とチャーリーは、どこか似ているところがあると思いますか。
彼は個人的にチャーリーと多くのコネクションを持っていたと思う。ただ、それは僕が語れることじゃない。でも彼はとてもユニークな人間で、世界を彼なりのやり方で見ている。素晴らしい俳優においてつねにエキサイティングなことは、自分なりの視点を持っていて、とても誠実な方法で表現できること。そして、とても多くのことを伝達できることだ。僕はただ、そんな彼がなるべく快適に仕事ができるような環境を作っただけ。ブレンダンの、あの目。あの素晴らしい瞳で、彼は多くのストーリーを語ることができるんだ。
取材・文:佐藤久理子
『ザ・ホエール』は2023年4月7日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
『ザ・ホエール』
恋人アランを亡くしたショックから、現実逃避するように過食を繰り返してきたチャーリー(ブレンダン・フレイザー)は、大学のオンライン講座で生計を立てている40代の教師。歩行器なしでは移動もままならないチャーリーは頑なに入院を拒み、アランの妹で唯一の親友でもある看護師リズ(ホン・チャウ)に頼っている。そんなある日、病状の悪化で自らの余命が幾ばくもないことを悟ったチャーリーは、離婚して以来長らく音信不通だった17歳の娘エリー(セイディー・シンク)との関係を修復しようと決意する。ところが家にやってきたエリーは、学校生活と家庭で多くのトラブルを抱え、心が荒みきっていた……。
監督・製作:ダーレン・アロノフスキー
出演:ブレンダン・フレイザー
セイディー・シンク ホン・チャウ
タイ・シンプキンス サマンサ・モートン
制作年: | 2022 |
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2023年4月7日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー