開催目前! 第95回アカデミー賞
今年もアカデミー賞の季節がやってきた。1月24日にノミネートが発表され、授賞式は3月12日。3月2日に最終投票が始まり、3月7日に投票が締め切られる(※すべてLA時間)。なかなかの長丁場である。
ノミネートの発表から最終投票までの間、アカデミー会員は見逃しているノミネート作品を見て、最終投票する作品を決める。ノミネートを選ぶまでに(少なくとも所属する部門の)多くの作品は見終わっているだろうが、それでもこぼれているものは出てくるし、普段見ないような、ドキュメンタリーや短編、アニメなどについてもノミネートされたモノを取りこぼしないよう見なくてはいけない。部門賞に関しても、例えば作品賞には入っていないけれど部門賞にはノミネートされた作品も何本もあるわけで、それも見なくてはいけないのである。
筆者は今年ゴールデングローブ賞の在外投票者になり、投票を体験した。その経験からしても、この見逃し作品の追っかけ鑑賞はなかなか大変だろうと想像するわけだ。正直なところ、全会員がまじめにノミネート作品全部を見ようとするかといえば、見ないだろうなぁ、と思う。だからなおさら、ノミネートされた作品は何とかして見させるべく、メールなどで「ぜひ!」「オンライン試写を送りますから、お忘れなく」などと最後の一押しに必死になるわけだ。
さて、そんな中でドキュメンタリー賞、短・長篇のノミネーション作品についてご紹介したい。昨年も書いたが、ドキュメンタリー部門に関しては劇映画部門とは違ういくつかの規定があるので、まず簡単におさらいしておこう。
アカデミー賞ドキュメンタリー部門の選考規定とは?
ノミネートの対象になれるのは、既定の期間に既定の地域(ロサンジェルス、ニューヨーク、カリフォルニアのベイエリア、シカゴ、マイアミ、アトランタ)の劇場で商業的に1週間公開された作品であるか、もしくは既定された映画祭(日本では山形国際ドキュメンタリー映画祭が入っている)で賞を獲得している作品である。
短編の場合は、これにアカデミー主催の学生映画祭で3位以内に入っている作品も加わる。さらに、国際長編作品部門の候補として出品国の代表として推薦されている作品がドキュメンタリーであった場合も、国際長編部門と共に長編ドキュメンタリー部門の応募作として扱われる。
この応募作を、まずアカデミー委員会のドキュメンタリー部門の委員が見て投票を行い、ショートリスト15本に絞り込む。さらに二回目の投票で5本の本選ノミネーション作品を決定し、それを全アカデミー会員が見て、受賞作を決める。このとき、ルールとしては“5本のノミネート作品を全部見て投票する”ことになっている。つまり、5本に絞られるまではドキュメンタリーを作るプロによって選ばれるわけだ。
そして今年、第95回アカデミー賞の最終ノミネートに残った作品が、次の10本である。
▼長編ドキュメンタリー賞
『オール・ザット・ブレス/ALL THAT BREATHES』
『オール・ザ・ビューティ・アンド・ザ・ブラッドシェッド/ALL THE BEAUTY AND THE BLOODSHED』
『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦/FIRE OF LOVE』
『ア・ハウス・メイド・オブ・スプリンターズ/A HOUSE MADE OF SPLINTERS』
『ナワリヌイ/NAVALNY』
▼短編ドキュメンタリー賞
『エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆/THE ELEPHANT WHISPERERS』
『ホールアウト/HAULOUT』
『ハウ・ドゥ・ユー・メジャー・ア・イヤー?/HOW DO YOU MEASURE A YEAR?』
『マーサ・ミッチェル -誰も信じなかった告発/THE MARTHA MITCHELL EFFECT』
『ストレンジャー・アット・ザ・ゲート/STRANGER AT THE GATE』
True story - your Documentary Feature nominees are... #Oscars #Oscars95 pic.twitter.com/NHf86Hskqw
— The Academy (@TheAcademy) January 24, 2023
――サンダンス映画祭の受賞作が多いのは、アカデミー規定の映画祭の中でも対象とされる賞の数が多いことにも由来する。ドキュメンタリー部門はUSとワールドに分けられ、そのそれぞれにグランプリと審査員賞と観客賞がある。それだけサンダンス映画祭がドキュメンタリーに力を入れていることの証である。これはアメリカ在住の日本人映画ジャーナリストも力説していた。サンダンス映画祭は、社会問題にも積極的にコミットするロバート・レッドフォードが始めた当初の心意気を今でも守っている、ということだろう。ドキュメンタリーは時代の鏡であり、世界の時代を覗く窓なのである。
ということで、まずは「長編ドキュメンタリー賞」のノミネート作品から紹介しよう。
『オール・ザット・ブレス』
監督:Shaunak Sen インド・イギリス・アメリカ
サンダンス映画祭のドキュメンタリー部門、ワールドドキュメンタリー部門で審査員グランプリを、カンヌ映画祭でドキュメンタリー映画賞(ゴールデン・アイ賞)を獲得。監督はデリーで映画を学び、サンダンス映画祭やトライベッカ映画祭からの奨学金をもらったこともある。
ニューデリーで仮設の鳥類病院を運営する兄弟。二人はトビ(鳶)に魅せられ、街のあちこちからケガをしたトビを回収しては治療をしている。ある時、二人の治療所が取材されて一躍街の人々に知られるようになり、スポンサーが現れ、兄弟の治療所は地下室の間借り暮らしから屋上の鳥小屋付き治療所に改築されることになる。
この町にはトビだけでなく、様々な種類の鳥、そして牛・ネズミ・サル・カエル・豚などが人と共存している。しかし、人は宗教が違うだけで共存することは難しい。ある日、ヒンドゥ教徒とイスラム教徒の対立から暴動が起こり、せっかく建築が始まった治療所も破壊される。けれど、イスラム教徒である兄弟は危険を感じつつも、今日もトビの治療を続けている。
スモッグに覆われ、ごみのあふれるニューデリー。環境汚染の中でもたくましく生きるトビの姿に、分断の中でもこつこつと仕事と治療を続ける兄弟の姿を重ねた作品。ナレーションやテロップを使わない、映像の力を信じたドキュメンタリーになっている。
『オール・ザ・ビューティ・アンド・ザ・ブラッドシェッド』
監督:Laura Poitras アメリカ
ヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞。監督は2015年の第87回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を『シチズンフォー スノーデンの暴露』で受賞している。日本公開予定。HBOが出資している。
薬物やセクシュアリティなど、アンダーグラウンドのカルチャーや人々をテーマにしてきた写真家ナン・ゴールディン。手術を受けたときに処方されたオピオイド系鎮痛剤の中毒となり、生死の境をさまよう。オピオイドの被害が拡大していく中、ゴールディンは2017年、支援団体「P.A.I.N.」を創設し、オピオイド系鎮痛剤オキシコンチンを広めた製薬会社パーデュー・ファーマ社とオーナーの富豪サックラー家の責任を追及していく。
サックラー家はアート界のパトロンとしても活躍していたが、ゴールディンの運動によって、そのつながりは断たれていく。ゴールディンの写真家としての活動から、アクティビストとしての活動までを追った人物ドキュメンタリーであり、告発系ドキュメンタリーでもある。
『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦』
監督:Sara Dosa アメリカ
ディズニープラスで独占配信中。サンダンス映画祭のドキュメンタリー部門、USドキュメンタリー部門で編集賞を受賞。
70年代から火山学者として活動してきたカティアとモーリスのクラフト夫婦。二人の出生から出会い、火山学者としての活動、記録映画作家としての活動などを、二人が残した写真や映像、出演した番組などのフッテージを使い綴る人物ドキュメンタリー。
自然の驚異を記録し研究するには動く映像が必要だというモーリスの考えから、二人は火山に上り、噴火のすぐそばでカメラを回し、BBCやナショナルジオグラフィックにその映像を提供。モーリス自身の監督作品もある。
監督は、1991年に雲仙普賢岳の火砕流に巻き込まれて命を落とすまで現場を訪れ続けた二人を追い、ミランダ・ジュライのナレーションで“火山を愛した夫婦”の物語として語りなおした。
『ア・ハウス・メイド・オブ・スプリンターズ』
監督:Simon Lereng Wilmont ウクライナ・デンマーク・スウェーデン
サンダンス映画祭ドキュメンタリー部門のワールドドキュメンタリー部門監督賞を受賞。
虐待や貧困、ドラッグなどの問題で親が養育できないと判断され、裁判所の保護決定を待っている子どもたちを預かるための施設を描く。
どちらかの親に引き取られるのか、それとも養子に出されるのか、または別の施設に移されることになるのか……。不安な気持ちで待ち続ける子どもたちが安全で充実した時間を過ごせるように、スタッフたちは彼らの最善を尽くしている。
ウクライナの公的機関の援助を受けて作られた作品で、製作されたのは2022年2月のロシア侵攻前。今、この施設はどうなっているのか、子どもたちの今は……と胸が痛む。
『ナワリヌイ』
監督:Daniel Roher アメリカ
2022年6月に日本でも公開された作品。サンダンス映画祭のドキュメンタリー部門のUSドキュメンタリー部門で観客賞を受賞した他、フェスティバル・フェイバリット・ムービーにも選ばれた。HBO MaxとCNNが出資して製作され、日本ではAmazon Prime VideoやU-NEXTなどで配信中。
弁護士でありプーチン大統領に反対する活動家、野党指導者のナワリヌイについて描く人物ドキュメンタリー。撮影されたのはナワリヌイが2020年8月にロシアのトムスクからモスクワに戻る機内で中毒症状を起こし、オムスクに緊急着陸、病院に搬送された事件のあとから。健康を取り戻したナリワヌイへのインタビューから帰国、空港での逮捕、裁判まで密着して撮影し、大統領選への立候補から中毒事件、ドイツの病院への移送交渉などはフッテージを使って構成されている。
インタビュー部分のナワリヌイのざっくばらんさが、たいへん非ロシア的で、フッテージの中のプーチンと面白い対比を形作っている。
文:まつかわゆま
Truth-seeking on a shorter timeline. Presenting the nominees for Documentary Short Subject… #Oscars #Oscars95 pic.twitter.com/kM3sDkoC5R
— The Academy (@TheAcademy) January 24, 2023