とにかく人が“平等に”死ぬ
全ての命が平等に大切であるならば、全ての命は平等に扱われるべきだろう。つまり逆説的に考えれば全ての命が平等に蹂躙されたとしても、文句はないだろう。……子供っぽい考えだろうか? だが、そんな考えでホラー映画を作っている国がある。―――インドネシアだ。
インドネシアン・ホラーの残虐性は好事家の間で有名だ。男だろうが女だろうが、子供だろうが老人だろうが、見た目が美しかろうが醜かろうが、生い立ちが不幸でも、金持ちでも、病人でも、妊婦でも、とにかく人が“平等に”死ぬ。そして“死”は、安寧なものではない。これがインドネシアン・ホラーの特徴なのだ。
心を破壊する残酷描写✕破綻しないストーリー
『呪餐 悪魔の奴隷』は、そんなインドネシアン・ホラーの獰猛な刃で観客を恐怖のどん底……いや、もはや地獄に落とし、精神/視覚に強烈な責め苦を味わわせる。
圧殺される幼女、串刺しにされる青年、転落死する多くの人々、無残に体を折りたたまれる女性といった残酷描写。残酷一辺倒ではなく、アジアホラー特有の“見え隠れする人影”や“一瞬だけ見える怪異”といったジャンプスケア要素。さらに『死霊館』シリーズ(2013年~)のヴァラク様も驚くような悪魔キャラも登場させる、まさに阿鼻叫喚の作品なのだ!
「いやいや、そんなものハチャメチャなだけの映画では?」と思う方もいるだろう。実際、心を破壊するかのような映画だが、しかしストーリーは全く破壊的ではない。それどころか、かなりしっかりとした物語になっている。
『悪魔の奴隷』の惨劇を引き継ぐ『呪餐』
『呪餐 悪魔の奴隷』は、『悪魔の奴隷』(2017年)の続編。前作の“ある惨劇”で母と祖母を亡くし、末っ子のイアンが行方不明になったスワノ家。彼らは禍々しい出来事があった一軒家を手放し、高層マンションに引っ越していた。
スワノ家は、長女リニが母親代わりとなり弟のトニとボンディの面倒を見、金銭面を父バーリが工面していた。平穏に見えたマンション生活であったが、世間は殺人鬼のニュースで持ちきりだ。そんな折、マンションで大事故が発生し、バーリ含む多くの住民を乗せたままエレベータが転落。なんとか一命をとりとめたバーリを除く同乗者が全員死亡した。
「なぜ助かったのか自分でもわからない」
動揺を隠せぬまま、バーリは他の住民とともに大量の死体の処理を始める。そこに運悪く巨大台風が到来。欠陥のある土地に建てられたマンションは冠水の影響で孤立し、停電してしまう。
世間を騒がせる殺人鬼とは? 父はなぜ大事故を生き延びたのか? 多くの死体に囲まれたまま、長い夜を過ごすリニたちに怪異が襲い掛かろうとしていた……。
ジョコ、キモ、ギャレス「インドネシアン・ホラーギャング」
本作の監督ジョコ・アンワルは、幼いころ映画館の通風孔に忍び込み、映画を延々と見ていたという映画狂。とりわけホラー映画を好んで観ていた彼は、今となって立派なインドネシア映画界きってのホラー映画マニアとなった。
彼は過去の自国ホラー映画を現代風にアレンジし、リメイクする仕事をコンスタントに行っている。『悪魔の奴隷』が『夜霧のジョギジョギ』(1987年)のリメイクなのはご存じの通り。また2019年には、往年の血しぶきホラー『The Queen of Black Magic』(英題:1981年)の同名リメイク作の脚本にも携わっている。
余談になるが、『The Queen of Black Magic』のリメイクは、彼の友人のキモ・スタンボエルが務めている。スタンボエルは、魔女がチェーンソーを持って暴れまわる傑作『マカブル 永遠の血族』(2009年)を送り出した鬼才だ。ついでに言うと『ザ・レイド』(2011年)ギャレス・エヴァンス監督も彼らの仲間であり、もはやインドネシアン・ホラーギャングといったところ。
これでもか! これでもか! と叩き込まれる残酷描写
『呪餐 悪魔の奴隷』では、アンワルの真骨頂たる“全ての命に対する、分け隔てのない残虐性”が堪能できる。彼曰く「東南アジアは怪談のネタに事欠かない」そうで、あらゆる怪談話や都市伝説を“過大解釈”。より大げさに、より残酷にをモットーに続編に取り掛かったそうだ。それゆえ物語が始まるや否や、エレベーターの事故で大量の人々を死亡させ、大量の死体とともに嵐の夜を過ごさせるのだ。
前半から全身全霊で、これでもか! これでもか! と残酷描写とジャンプスケアを叩き込んでくるので、最後は観ているほうの息も絶え絶え。そこに『女神の継承』(2021年)を彷彿とさせる、どんでん返しと陰鬱な展開を叩き込み、
「続編だからって、やっていいことと悪いことがあるんだぞ!」
と叫びたくなる大団円が待ち受けるという仕組みだ。
アンワル曰く「『悪魔の奴隷』の制作時点で、続編『呪餐』のアイデアがあったんだ。まだ物語全体の10分の1も語ってないから、もっと、もーーーーっと怖くて、恐ろしい物語になっていく計画だよ!」だそうだ。
ただ本作には一つ弱点があって、前作『悪魔の奴隷』を観ていないと、ちょっとわかり難い。だから前作を観てから、阿鼻叫喚の墓石マンションに挑んでほしい!
未公開の傑作が多いインドネシアン・ホラー映画。アンワル作品では、先に触れた『The Queen of Black Magic』はもとより、インドネシア版『ヘレディタリー/継承』とも言える『Impetigore』(2019年)、記憶喪失の男が森の中でひたすら殺人鬼に追われる『Ritual』(2012年)などはホラー映画として高い完成度を持っているにもかかわらず、未だ日本で見ることができない。
彼の傑作を日本に持ってくるために、『悪魔の奴隷』と『呪餐 悪魔の奴隷』の2作品を応援しよう!
文:氏家譲寿(ナマニク)
『呪餐 悪魔の奴隷』は2023年2月17日(金)より全国ロードショー
『悪魔の奴隷』はU-NEXTほか配信中
『呪餐 悪魔の奴隷』
母と祖母を立て続けに亡くし、末弟のイアンも行方不明になったリニ。それまで住んでいた一軒家を後にし、父親とふたりの弟と共にジャカルタ北部の高層アパートに4年前に越して来た。一方、数年に渡り2,000人が犠牲となっている前代未聞の連続殺人事件が世間を賑わせていた。そして、慎ましく暮らしていたリニたちの周囲を、度重なる不幸が襲い始める。アパートのエレベーターが落下し、多くの住人が命を落とし、父親も重傷を負う。さらに、死者の埋葬もままならないまま、局地的な大嵐が襲い下層階が浸水。停電も併発し完全に孤立してしまう。リニたち住人は、暗闇を纏った寒々しいアパートで、多数の遺体と一夜を過ごさなければならなかった―。
監督・脚本:ジョコ・アンワル
出演:タラ・バスロ エンディ・アルフィアン
ネイサー・アヌズ ブロント・パララエ
制作年: | 2022 |
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2023年2月17日(金)より全国ロードショー