• BANGER!!! トップ
  • >
  • 映画
  • >
  • レア兵器&戦史を解説 Netflix『西部戦線異状なし』世界初のハイブリッド戦車も登場 アカデミー賞有力作

レア兵器&戦史を解説 Netflix『西部戦線異状なし』世界初のハイブリッド戦車も登場 アカデミー賞有力作

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook
ライター:#大久保義信
レア兵器&戦史を解説 Netflix『西部戦線異状なし』世界初のハイブリッド戦車も登場 アカデミー賞有力作
Netflix映画『西部戦線異状なし』独占配信中 ©Reiner Bajo

第一次世界大戦:独軍vs英仏連合軍「西部戦線」

1914年8月に勃発した第一次世界大戦は物量と人間を磨り潰し合う、凄まじい消耗戦となりました。とくに「西部戦線」では、スイス西部国境からフランス北部を抜けて英仏海峡までの1000kmにもおよぶ塹壕陣地をはさんで、ドイツ軍と英仏連合軍が凄惨な戦いを繰り広げたのです(ちなみにドイツとロシア帝国の戦線が「東部戦線」)。

Netflix映画『西部戦線異状なし』でも描写されているように、重機関銃で防御された塹壕を生身の人間が突破するのは、集団自殺に等しい行為でした。しかも塹壕はひとつだけではありません。ひとつの塹壕を突破しても、その先には第二、第三の塹壕が待ち構えているのです。これが、数百メートルごとに3~5線の塹壕陣地を築く「数線陣地」戦術です。

Netflix映画『西部戦線異状なし』独占配信中 ©Reiner Bajo

数線陣地を「陣地帯」とも呼びますが、この陣地帯も数kmごとに構築された「複数陣地帯」を構成しており、こうした複数陣地帯の完全制圧は砲爆撃を加えても戦車を投入しても不可能で、歩兵にとっては焼けた鉄板に裸で体当たりするようなものでした。

Netflix映画『西部戦線異状なし』独占配信中 ©Reiner Bajo

この西部戦線に18歳で従軍し負傷したドイツ人作家、エーリヒ・マリア・レマルクが1929年に発表した小説が「西部戦線異状なし」です。

小説「西部戦線異状なし」には安直な政治批判や反戦の訴えは、ありません。ですが、巨大戦争の時代に巻き込まれた若者の姿が静かに、けれども力強く描かれていて、だからこそいまなお読み継がれる不朽の名作になったのだと思います。

西部戦線異状なし (新潮文庫)

名作となった映画化作品ふたつ

さっそく翌1930年には、アメリカはルイス・マイルストン監督によって映画化されます。そしてこの映画も、戦争映画の傑作です。

愛国熱に浮かされ志願して知る戦争の現実、戦友たちとの友愛や対立、銃後の人々との断絶などを経て陥る虚無的な心理――などなど、戦争映画のフォーマットがすべて詰まっています。原作のエッセンスを映画的に表現したラストシーンは歴史的な名シーンとも言えましょう。それだけでなく、攻撃準備砲撃・移動弾幕砲撃・突撃破砕砲撃や数線陣地といった戦術描写も見事に描写されているのが、ミソ。

1979年には、より原作に沿いつつ悲劇性を高めたアメリカ・イギリス合作のTV映画が作られています。演出的にはやや平板ながら、原作通りに一人称で物語が進行、そして「西部戦線異状なし。報告すべき件なし」との報告文が示されるラストが重い余韻を残します。

Netflix映画『西部戦線異状なし』

そして2022年に配信されたNetflix版の『西部戦線異状なし』は、第95回アカデミー賞(※授賞式は2023年3月12日開催)で作品賞や国際長編映画賞など9部門にノミネートされています。

Netflix映画『西部戦線異状なし』独占配信中 ©Reiner Bajo

演出・描写的には、観客の感性や想像力に働きかけてくる前2作に比し、本作はブルータルかつ冷酷な描写のメッタ打ちです。「消耗戦」との言葉通りに、装備品を使い回すように人命をも使い回す有り様は、肌に粟立つものがあります。

原作の肝のひとつである休暇帰省シーンの省略、あるいは休戦会談の追加などの是非は、どうか諸兄姉自身で判断してみてください。筆者的には、ラストのパウルの表情は、原作の最後の1行に見事につながりました。

Netflix映画『西部戦線異状なし』独占配信中 ©Reiner Bajo

ハイブリッド戦車「サン・シャモン」

前2作も武器や軍装の考証はかなりのレベルでしたが、本作も凝っています。それもマニアックなレベルで。なにしろM16柄付き手榴弾が、延期薬(導火線)の煙をちゃんと噴くという……。

ルガーP08やルビーといった拳銃、マウザー98歩兵銃、マキシムMG08水冷式重機関銃は当然として、フランス軍のサン・シャモン戦車(1917年)が登場するのには仰天しました。世界初の戦車であるイギリスのMkⅠ(1916年)といい、サン・シャモンといい、なんとも奇妙な形をしているのは、戦車が塹壕突破機として発案された一面があるからです。

イギリス軍:MkⅠ戦車

このサン・シャモン戦車は、ガソリンエンジンで発電機を回してその電力でモーターを駆動する、現在でいうハイブリッド機関を搭載していました。ちなみに「戦車」が「タンク」という名詞なのは、イギリス軍が新兵器MkⅠを「水槽(タンク)」という秘匿名称で呼んでいたからです。

フランス軍:サン・シャモン戦車

第二次世界大戦への途

1918年11月11日、軍民合わせて1460万人あまりもの死者を出して大戦は終結します。でも、それは恒久平和ではありませんでした。

戦後も餓死者や病死者続出の敗戦国ドイツはもちろん、戦勝国であるイギリスもフランスも疲弊しつくしていました。やはり戦勝国であるイタリアでも経済が困窮し政治不信が蔓延、これがファシスト党を生むことになるのです。

Netflix映画『西部戦線異状なし』独占配信中 ©Reiner Bajo

さらに、いくつもの帝国が滅んだ余波によって暴力の嵐が吹き荒れ、東欧・中欧・中東エリアだけでも400万人とも言われる人々が死に追いやられました。

この「こんなハズではなかった」という感情が、20年後の第二次世界大戦を引き起こすのです。そんな史実を思うと、Netflix版『西部戦線異状なし』全編を覆う閉塞感と欝感覚には、いささかの不安を感じずにはいられません。

Netflix映画『西部戦線異状なし』独占配信中 ©Reiner Bajo

文:大久保義信

Netflix映画『西部戦線異状なし』独占配信中

Share On
  • Twitter
  • LINE
  • Facebook

『西部戦線異状なし』

第一次世界大戦の西部戦線を舞台とした、若きドイツ兵パウルの物語を描く。自分と仲間たちの生き残りをかけ塹壕の中で戦ううちに、戦争の興奮が絶望と恐怖に変わっていく。

監督:エドワード・ベルガー
原作:エリッヒ・マリア・レマルク
脚本:エドワード・ベルガー レスリー・パターソン イアン・ストーケル

出演:フェリックス・カマラー アルブレヒト・シュッフ アーロン・ヒルマー
   モーリツ・クラウス エディン・ハサノヴィッチ チボー・ドゥ・モンタランベール
   デーヴィト・シュトリーゾフ アンドレアス・ドゥーラー ミヒャエル・ヴィッテンボルン
   ダニエル・ブリュール

制作年: 2022