パク・チャヌク監督の最新作『別れる決心』が、ついに2023年2月17日(金)より全国公開となる。第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で監督賞を受賞し、アカデミー賞国際長編映画賞部門の韓国代表に選出された、今年最大の注目作の一つだ。
出世作となった『JSA』(2000年)を皮切りに『オールド・ボーイ』(2003年)で世界に韓国映画の実力を知らしめ、その後も『親切なクムジャさん』(2005年)や『渇き』(2009年)、『お嬢さん』(2016年)で性別・世代・国籍を問わず多くの映画ファンに支持されてきたパク・チャヌク監督。いまや欧米でのドラマ制作など引く手あまたとなっている名匠の最新作『別れる決心』は、直接的な性と暴力、そして“復讐”を封印したロマンチックな男女の物語だった。
本作のプロモーションで来日し、ティーチインイベントではファンの質問に一つ一つ丁寧に答える姿も印象的だったパク・チャヌク監督が、じっくりみっちり答えてくれた興味深いインタビューを、ほぼノーカットの前後編でお届けする。
「もどかしく感じる“翻訳アプリ”を、あえて使った」
―本作はロマンチックな題材を、独自の構造と着眼点で新しい映画体験に昇華されていると感じました。とてもロマンチックな物語を、どのような構造で語れば新しい映画を作ることができると思われましたか?
刑事が捜査中にある女性と出会い、愛するようになってしまうという流れ、そういった要素・題材というものは、これまでの映画の歴史上でも色々あったと思いますが、『別れる決心』はそういったものとは別のものにしたかったんです。
これまでの映画における“刑事が好きになる女性”というのは、いわゆるファム・ファタール、男を利用する悪女と言われる存在でした。本作をご覧になった皆さんも、きっと最初はソレ(タン・ウェイ)もそういう存在なんじゃないか? とお考えになるでしょう。ただ本作の場合は、大きくパート1とパート2に分かれていますが、パート1においては典型的なフィルム・ノワールと言われる作品になっていて、1が終わった時点で1本の映画になり得る構造です。しかしパート2になると、ソレはフィルム・ノワールのファム・ファタールではないということが分かってきます。彼女が徐々にその正体を表し、まさにロマンスが始まっていくわけです。
―劇中、ソレがスマホの翻訳アプリを使って会話するシーンがいくつもありますが、その行為が物語の流れを阻害することはなく、ちょっとした違和感によって観客の集中力が高まるようにも感じました。あの演出の意図とは?
翻訳アプリであっても人間の通訳であっても、普通は映画の中で使うことを避けるでしょうね。というのは、観客はその時間をとてももどかしく感じるからです。登場人物が何を話しているのか? アプリ/通訳者を介して表されるその時間を、じっと待たなくてはならない。通常はその時間を減らすために、何らかの形で避けようとするでしょう。本作では違う国の男女が出会い、相手に対して好感を抱いていきます。そのうえで一番難しかったのが、お互い違う言語を使ってコミュニケーションを取るということ。その難しい問題をしっかり表現しようと考えたので、あえて翻訳アプリを使いました。
違う言語を使う相手が、一体何を話しているのか? それが分かるまで待つもどかしさを、主人公の刑事ヘジュン(パク・ヘイル)と同じように、観客の皆さんも感じると思います。実際には相手の言葉は分からないのに、必死に耳を傾けて理解しようとし、表情から読み取ろうと頑張るでしょう。ソレが中国語で話すとき、それだけ彼女に言いたいことがあり、切迫した気持ちで、興奮している、それは表情から見て取れます。だから何としてでも、待ってでも理解したい。その気持ちを表現したかったんです。例えて言うなら、愛する人と会う約束をしているのに相手がなかなか現れない。どうしたんだろう? 何かあったのだろうか? と、もどかしく心配しながら待つときの気持ちと似ているかもしれませんね。
―“言葉”が重要な要素になることで、韓国以外の国でどう受け止められるか不安はありましたか? もしくは、あえて狙ったところもあったのでしょうか?
たしかに劇中の韓国語が分かればより楽しめるという部分は、無きにしも非ずです。韓国語で言ってこそ分かる“冗談”もありますから。とはいえ、それが分からないからといって残念がることはありません。なぜなら韓国のお客さんも、さほど笑いませんでした(笑)。
「映画はほぼストーリーボードどおりに出来ています」
―ひとつひとつのセリフはもちろん、とても細かいところまで何度も観たいと思わせる映画です。例えばソレの部屋の壁紙は海のようにも見えますが、山のようにも見えます。それらは、どこまでが脚本に書かれたものなのでしょうか? 監督は撮影前にストーリーボードをすべて作るとお聞きしましたが、どこまで先に監督が決めていたものなのでしょうか?
まず壁紙のデザインについては、脚本には書かれていませんでした。あれは美術監督/プロダクションデザイナー(リュ・ソンヒ)が考えてくれたものです。私とは『オールド・ボーイ』(2003年)のころから一緒に作業してくれていて、お互いの好みを熟知している関係です。まず私が書いた脚本を渡して、それから色々な話をして彼女が考えてくれるわけですが、実質的には脚本が書き上がる前から色んな話をします。彼女は美術監督/プロダクションデザイナーである前に私の友人でもあるので、「今度こういう作品を作りたいと思ってるんだ」といった話をよくします。その中で、どういう映画になるのかを熟知した上でデザインしてくれたんです。なので脚本に書かれていたわけではありません。
劇中、ソレが青色にも緑色にも見える服を身につけていますが、あれも「ソレは一体どういう女性なのか?」「ファム・ファタールなのか、本当にヘジュンを愛している女性なのか?」ということを、ある意味で比喩的に表現する重要な装置になっています。それも脚本には書かれていなかったんですが、衣装デザイナーが考えてくれたものを「良いですね、じゃあそういう服にしましょう」と決めてから脚本を直して、セリフもそれに合うように変えています。プリプロの段階から、撮影監督や美術監督、俳優はもちろん衣装などスタッフの皆と色んな話をしっかりします。
ストーリーボードに関しては、もちろん最終的に見直せば異なる部分は多少あると思いますが、映画はほぼストーリーボードどおりに出来ています。韓国では観客の皆さんも内容が気になるということで、本作のストーリーボードを出版しました。気になる方はそちらを観て頂いて、完成した映画とどのように変わったか見比べていただくのも楽しいと思います。
―韓国の会見ではタン・ウェイさんが、孔子の言葉を引用したセリフが印象に残っているとおっしゃっていました。あの言葉を引用することで、どんな効果を狙ったのでしょうか?
あのセリフは私が書いたものですが、本編においては中国人が主人公の一人ということで、何らかの中国の言葉を引用したいと考えていました。また、主人公の二人が同じ類(たぐい)の人間だということを表現する意味もあります。一般的に、自分と相手が“似た者同士”かどうかは分からなくても、それがこじつけであったとしても、「私たちは似ている」「こんな共通点がある」と言いたいとき、そう考えたいときがありますよね? あの言葉を引用することで、二人が似た者同士であることを表したかったんです。
『別れる決心』は2023年2月17日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
『別れる決心』
男が山頂から転落死した事件を追う刑事ヘジュンと、被害者の妻ソレは捜査中に出会った。取り調べが進む中で、お互いの視線は交差し、それぞれの胸に言葉にならない感情が湧き上がってくる。いつしかヘジュンはソレに惹かれ、彼女もまたヘジュンに特別な想いを抱き始める。やがて捜査の糸口が見つかり、事件は解決したかに思えた。しかし、それは相手への想いと疑惑が渦巻く“愛の迷路”のはじまりだった……。
監督:パク・チャヌク
脚本:パク・チャヌク チョン・ソギョン
出演:パク・ヘイル タン・ウェイ
イ・ジョンヒョン コ・ギョンピョ
制作年: | 2022 |
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2023年2月17日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー