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ボンド、イーサン・ハントに次ぐアクションスパイ『ボーン・アイデンティティー』の真髄とは

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ライター:#椎名基樹
ボンド、イーサン・ハントに次ぐアクションスパイ『ボーン・アイデンティティー』の真髄とは
『ボーン・アイデンティティー』© 2002 Kalima Productions GmbH & Co.KG. All Rights Reserved.
“花の都パリ”でミニ・クーパーが爆走するカーアクション!しかし構成作家の椎名が最も心を奪われたシーンは他にあった、それは・・・。

15年経って、改めてかっこいい。シビれた。

『ボーン・アイデンティティー』© 2002 Kalima Productions GmbH & Co.KG. All Rights Reserved.

かっこいい。今回改めて『ボーン・アイデンティティー』を見返してみて、あまりのかっこよさに唸ってしまった。公開当時に鑑賞した時も、いっぺんにファンになったが、今回の二度目の鑑賞の方がより感動した。シビれた。

本公開が2003 年とあるから、初めて観た時から15 年以上(!)も経過しているらしい。なんだか怖くなっちまったが、私の老いはさておき、作品は今観ても、少しも古さなど感じさせない。初鑑賞の当時も、とても斬新に感じた作品だった。

まず『ボーン・アイデンティティー』というタイトルに、今までの映画にない新鮮な響きを感じた。しかし、最初はなんのことかわからず、「ボーン」は骨のことで、白骨死体からその人の身元を割り出す、『科捜研の女』みたいな内容で、沢口靖子みたいな女優が主役かと思ったら、もちろん違った。

記憶を失った諜報機関に所属する殺し屋のジェイソン・ボーンが、自分が誰なのか知るために、自らの痕跡をたどっていく、文字通りの「自分探しの旅」がストーリーの骨格だ。わずかな手がかりをスパイらしい機転と行動力でたぐりよせ、マルセイユ→チューリッヒ→パリと旅を続ける。美しいヨーロッパの街並が舞台装置となって映画に魅力を与えている。

”記憶喪失の男が自分の能力に驚く”はテッパン

『ボーン・アイデンティティー』© 2002 Kalima Productions GmbH & Co.KG. All Rights Reserved.

現代のエンターテインメント作品の脚本は、よりスピード感溢れるストーリーが求められている。なるべく早い段階でエキサイティングなシーンに突入しなければならない。その点において「記憶喪失」は便利な設定だ。いきなり殺し屋が現れ逃走劇が始まっても、観客は違和感なく「組織の追っ手だな」と理解できる。

ジェイソン・ボーンは、追っ手と格闘になり、自分に卓越した戦闘技術が備わっていることに驚く。このシーンを観て、『トータル・リコール』の原作となったフィリップ・K・ディックの『追憶売ります』を思い浮かべないわけにはいかない。制作側がこの作品を知らないわけがない。

蛇足になるが、寺沢武一の漫画『コブラ』(カズレーザーがコスプレしている)の第1話もこの『追憶売ります』のストーリーを借用している。ディックの「記憶を失った者が、自分の身体に染み込んだ能力に驚く」という物語導入のアイディアは、エンターテインメント作品において、偉大な発明と言えるのかもしれない。

しかし、この作話法は、登場人物に感情移入させる下準備を後回しにしているわけで、ともすれば観客は置いてきぼりにされ、夢の話を聞かされているような取り留めのなさを感じることになりかねない。それを防ぐためには、何より見る目を引きつける迫力あるシーンを連発する必要がある。そして、登場人物の内面も描いていかなければならない。『ボーン・アイデンティティー』はすぐれたエンターテインメント性とクールな映像で、観客の目を釘付けにする。

男臭く重厚感のある特撮映画としての存在感

『ボーン・アイデンティティー』
Blu-ray:1,886円+税/DVD:1,429円+税 
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
※2019年4月の情報です。

特撮映画は二つに分類される。一つは「SF&ファンタジー映画」だ。宇宙人、怪獣、ロボットが異世界を作り出す。もう一つは「戦争&アクション映画」だ。現実世界を描きながら、現実離れした戦闘や超人的な運動能力を映像化する。

アクション映画の代表が「スパイもの」だろう。「スパイ」という設定は映画にピッタリだ。警官では無闇に殺人を犯すこともできない。スパイはいわば現代の忍者であり、超人的な能力を有する幻想が持てる。さらに、世間の裏側で行われている暗闘が、観客の好奇心を満足させる。

スパイ映画には「007」シリーズと「ミッション:インポッシブル(スパイ大作戦)」シリーズという、巨大な先輩がいる。「ジェイソン・ボーン」シリーズには両先輩に比べ華やかさに欠ける。その分、男臭く重厚感がある。それは、特撮だけでなく、リアリティを追求したという撮影法によるところも大きな理由なのかもしれない。

花の都パリの路地を駆る!小さなレーシングカー・ミニ

私がその「リアリティを追求した」という迫力を感じるシーンは、カーアクションだ。CS映画専門チャンネル ムービープラスで「カーアクション特集」が組まれていたとき、私が真っ先に思い浮かべたカーアクションが『ボーン・アイデンティティー』だった。カーアクションでまず重要なのが「車種」と「街」であると私は思っている。『ボーン・アイデンティティー』は「ミニ・クーパー」と「パリ」だ。

『ボーン・アイデンティティー』© 2002 Kalima Productions GmbH & Co.KG. All Rights Reserved.

ミニ・クーパーは、現在のBMW 社のミニではなく、昔のイギリス製BMC社のミニだ(Mr.ビーンが乗っているやつ)。ミニの走りは最高だ。ミッドシップエンジンで、コマのように回転してよく曲がる。街乗りのレーシングカートだ。そして極小のボディサイズ。小さなサイズだからこそパリの細い路地を疾走するシーンが可能になった。

この車はひょんなことから旅を共にすることになるヒロインのマリーが所有するボロ車である。しかし、中身は撮影用に相当チューンナップされた、スパルタンなミニのはずだ。今までにないカーアクションを撮りたい。大排気量のスーパーカーではない。ならばミニだ。ミニは小さなレーシングカーだ。ミニなら狭い道も走れるし、階段もバイクのように降りて行ける。ヒロインが所有するボロ車として自然に物語に登場できる。そんな風に脚本が出来上がっていったのではないかと思うのだ。もちろん、「花の都パリ」は、カーアクションの最高の舞台装置になっている。

『ボーン・アイデンティティー』© 2002 Kalima Productions GmbH & Co.KG. All Rights Reserved.

もう一つ、リアリティを感じるシーンを挙げるとすると、最後の最大の敵との戦いだ。ジェイソンは敵を追って湿原に入っていく。敵の姿は高い枯れ草に隠れている。お互い音を立てると居場所がバレる。やおらジェイソンは空に向かって散弾銃を撃つ。すると、枯れ草の中から数百羽の野鳥が飛び立つ。空中で鳴き喚く鳥の大群。敵の聴覚を奪い、見事、射撃を成功させる。

私は「え〜、ロケハンで鳥の潜む湿原を見つけて、鳥がいる時間を見計らって、銃をぶっ放して撮影したんだ〜!」と、その努力とアイディアに敬服した。そして、その戦闘シーンは、短いが何だか知らぬがめちゃくちゃかっこいい。

ラストへの伏線となる情愛シーンが素晴らしい

しかし、この映画で私が最も心を奪われたシーンは、核となるアクションシーンではなかった。それは情愛のシーンだ。ジェイソンは逃亡中、変装するために、マリーの髪の毛を切る。実際に女優さんの髪にザクザクとハサミを入れる。髪を束に掴んで乱暴に切るとミシミシと音がする。切り終わると、二人は欲情し激しいキスシーンになる。おいおい、なんだよそれ、文学か!「潮騒」か!「その火を飛び越して来い」か!

『ボーン・アイデンティティー』© 2002 Kalima Productions GmbH & Co.KG. All Rights Reserved.

このシーンがその後の、潜伏先のマリーの知人宅で、マリーが夜中目覚めるとジェイソンがいない、ジェイソンはこの家の住人の二人の子供の寝顔を見つめていた、マリーが声をかけると、「もう戦いたくない。いっしょに逃げてくれるか?」と初めて弱い部分をさらけ出す場面に繋がっていく。

この一連の流れがなかったら、ジェイソンが任務に失敗した理由が(そしてそれがそのまま組織に追われる理由になる)安っぽく感じられただろう。そうした心の機微の描き方も絶妙な『ボーン・アイデンティティー』なのだ。

まず『ボーン・アイデンティティー』を観れば「ボーン」シリーズを観ないわけにはいかないはず。ぜひぜひ、「ボーン」シリーズ4作品一挙放送を観て、劇画チックな気分に浸って欲しい。

文:椎名基樹

CS映画専門チャンネル ムービープラスにて2020年12月29日(火)12:00から『ボーン・アイデンティティー』放送

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『ボーン・アイデンティティー』

マット・デイモン主演のサスペンス・アクション第1弾。記憶を失った男が、襲撃を受けながらアイデンティティーを取り戻してゆく。

制作年: 2002
監督:
出演: