サイコスリラーの金字塔
リドリー・スコット監督作『ブレードランナー』(1982年)で映画史に残る名演を見せたオランダ出身の個性派俳優、ルトガー・ハウアー。その後ニコラス・ローグ、サム・ペキンパー、リチャード・ドナーといった巨匠たちや、同郷の盟友ポール・バーホーベンの作品に出演した彼は、新人監督の低予算映画で一度観たら忘れられない怪演を披露して観客を震え上がらせた。それがムービープラスで2023年1月にHDニューマスター版が放送される『ヒッチャー』(1986年)である。映画公開当時の興行成績こそ振るわなかったものの、のちに再評価の動きが高まり、現在はサイコスリラーの金字塔的作品として多くの映画ファンから支持されている。
脚本家のエリック・レッドがドアーズの「Riders on the Storm」の歌詞から着想を得て執筆した物語は、「車両陸送中の青年が正体不明の殺人ヒッチハイカーに狙われ続ける」という極めてシンプルかつインパクトのある内容だった。そこに短編映画『China Lake』(1983年)で注目された新鋭ロバート・ハーモン監督、のちに『イングリッシュ・ペイシェント』(1996年)でアカデミー撮影賞を受賞するジョン・シール、『ロボコップ』(1987年)、『ダイ・ハード』(1988年)、『氷の微笑』(1992年)でアカデミー編集賞にノミネートされるフランク・J・ユリオステら才能豊かなスタッフが集結。説明的な描写や台詞を省き、真相は観客の想像に委ねるスマートな演出と、砂漠地帯の白昼夢のような映像で、ある種の神話性すら感じる作品へと発展させた。そしてマーク・アイシャムによる深遠な音楽もまた、『ヒッチャー』の独特な雰囲気作りに大きく貢献している。
シンセサイザーの名機とサンプラーを駆使したエレクトロニック・ミュージック
『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992年)でアカデミー作曲賞にノミネートされたアイシャムは、近年『メカニック』シリーズ(2011年/2016年)や『ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!』(2020年)、『マッシブ・タレント』(2022年)など多彩なジャンルの映画音楽を担当している。1980年代前半の彼は主にジャズ・トランペッター/シンセサイザー奏者として活動しており、1983年にファースト・ソロアルバム「Vapor Drawings」をリリース。『ネバー・クライ・ウルフ』(1983年)、『ハーヴェイ・ミルク』(1984年)、『燃えつきるまで』(1984年)の音楽を作曲したことをきっかけに、本格的に映画音楽家としてのキャリアを踏み出そうとしていた。ハーモンは『燃えつきるまで』のアイシャムの音楽に感銘を受け、『ヒッチャー』の音楽制作を依頼したという。よき友人となった両者は、本作の後も『ボディ・ターゲット』(1993年)、『ゴッチ・ザ・マフィア/武闘派暴力組織』(1996年)、『ハイウェイマン』(2004年)でタッグを組んでいる。
1980年代といえば電子音楽の過渡期であり、ジョルジオ・モロダー、ヴァンゲリス、ブライアン・イーノといったアーティストたちがシンセサイザーを使った斬新な音楽を次々と世に送り出していた。イーノの音楽から強い影響を受けたアイシャムは、本作で自らフリューゲルホルンを演奏する一方、Prophet-5やOberheim 4 Voice、ARP 2600などシンセサイザーの名機とサンプラーを駆使して、実験的なエレクトロニック・ミュージックを作り上げた。
「『ジョーズ』のようなテーマ曲」を却下!“概念”に合わせて作曲
アイシャムはプロデューサーの一人から、ハウアーが演じるジョン・ライダーのために『ジョーズ』(1975年)のようなテーマ曲を提案されたという。しかし彼はそれを却下し、登場人物に個別のテーマ曲を書くのではなく、“恐怖”や“英雄”といった概念に合わせて曲を書くという手法で劇伴を構築していった。
もしライダーのために不気味なテーマ曲が作られ、彼の登場シーンで毎回それが流れていたらどうなっただろうか? おそらくライダーのキャラクターが誇張され、あの得体の知れなさや神出鬼没の恐ろしさ、身の毛がよだつ悪魔のような存在感は表現出来なかったと思われる。生楽器ではない、電子楽器による不思議なサウンドの劇伴だからこそ、映画全体を貫くシュールな雰囲気が生まれたとも言えるだろう。概念に合わせた曲作りという点では、劇中ジム(C・トーマス・ハウエル)が銃を手にするシーンで流れる「銃」が印象に残る。このテーマはライダーとの死闘を終えた後、“英雄”のニュアンスも込めてエンディングで再び演奏されるが、勇壮さとは真逆の寂寥たる旋律が虚無的な余韻を残す。
また、本作の音楽では打楽器奏者がパーカッションやゴミ箱を叩いた音をサンプリングしたものがリズム音に用いられている。スタントマンと撮影スタッフの職人芸で見せるカーチェイスシーンや、ライダーが凶行に及ぶシーンなどで、電子音の反復フレーズと共に激しいリズムが打ち鳴らされるので、過渡期の電子音楽の妙味を堪能して頂きたいと思う。アイシャムが『ヒッチャー』で使った作曲テクニックが、よりアップデートされた形で『ワイルド・バレット』(2006年)や『ミスト』(2007年)、『クレイジーズ』(2010年)などでも活用されていることがお分かり頂けるはずだ。
『ヒッチャー[HDニューマスター版]』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年1月放送
「◆副音声でムービー・トーク!◆ヒッチャー[HDニューマスター版]」はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年1月16日(月)21時より放送
『ヒッチャー[HDニューマスター版]』
シカゴからサンディエゴへ続く砂漠地帯。車両陸送の仕事をするジムは、ハイウェイで1人のヒッチハイカーを乗せた。しかしジョンと名乗るその男は、突然「何人ものドライバーを殺した」と言い、ジムにもナイフを突きつける。恐怖に震えるジムは、一瞬の隙を見て彼を車から突き落とすが……。
監督:ロバート・ハーモン
脚本:エリック・レッド
音楽:マーク・アイシャム
出演 C・トーマス・ハウエル
ルトガー・ハウアー
ジェニファー・ジェイソン・リー
制作年: | 1986 |
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CS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年1月放送