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精神破壊!? 悪夢みたいなA24映画『MEN 同じ顔の男たち』 理論整然としたカオス世界

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精神破壊!? 悪夢みたいなA24映画『MEN 同じ顔の男たち』 理論整然としたカオス世界
『MEN 同じ顔の男たち』©️2022 MEN FILM RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『MEN 同じ顔の男たち』は本当に困った映画だ。息を呑むような描写や、ショックで心臓が口から飛び出しそうな瞬間がある一方、「いったい、お前ら何なんだ!?」と頭を抱え、笑いを醸す場面も存在する混沌とした映画だからだ。

『MEN 同じ顔の男たち』©️2022 MEN FILM RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

街の住人、みんな全裸男と同じ顔

『エクス・マキナ』(2015年)や『アナイアレイション -全滅領域-』(2018年)で混沌の物語の職人として我々の心をわしづかみにし、非凡さを披露してきた監督兼脚本家のアレックス・ガーランド。今作も“独自の混乱映像”と“不条理なストーリーテリング”で、タップリと恐怖感を煽るやり口は健在だ。

理路整然としたテンポ、不気味さを煽る撮影とキャラクター設定、環境音と同調するかのような実験的なサントラ、色彩豊かな色彩感覚……これら全てが相乗効果を発揮。無慈悲なまで緊張感を生み出している。そして、唐突に訪れる肉感的なクライマックスに、我々は思考が崩壊し、精神が破壊されるのだ。

夫を失ったハーパー(ジェシー・バックリー)は、イギリスの田舎町を訪れる。彼女は夫の死を目撃してしまい、そのショックから立ち直れずにいた。田舎にしては瀟洒な作りの貸別荘を借りた彼女だったが、そこの管理人であるジェフリー(ロリー・キニア)は一風変わっている……というか、どこか落ち着きなくぎこちない。

『MEN 同じ顔の男たち』©️2022 MEN FILM RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

気持ち悪いなあ……と思うや否や異変が彼女を襲う。全裸の男が家の周りうろつき回っているのだ! 急いで警官を呼ぶが、男は姿を消してしまい、相手にされない。

「折角、気晴らしに来たのに……」

暗澹たる気持ちになりつつ街を訪れると、少年も牧師も警察官も、片っ端からジェフリーと同じ顔ではないか!

「これは一体どうなっているの?」

まだハーパーは知らなかった。この旅行は、夫の死を乗り越えるために用意された試練だったことを。

混沌の中で正気を保とうとする主人公ジェシー・バックリー

傷ついた人間が旅先で災難に遭う作品の多くは、“トラウマ克服”がテーマである。『MEN 同じ顔の男たち』もその類いだ。しかし、本作が他の作品と一線を画すのは、単に困難を乗り越えることで克服するのではなく“悲しみ”や“苦しみ”を探究することで、癒やしが如何に困難であるのか? を描いている点だ。

『MEN 同じ顔の男たち』©️2022 MEN FILM RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

目の前で夫が自死を遂げる喪失感を味わったハーパーがたどり着いた田舎町は、平和で心地よく見える。貸別荘も必要以上に広く、緑豊かな森は静かで美しい。しかし、これまでのガーランド作品がそうであったように、“それは、そうでなくなるまで”である。

一連の奇妙な出来事によりハーパーを取り巻く環境が豹変してからは、緑豊かな森は不気味なモノに、広い家は隠れ場所がない不安な環境へと変化していく。

物語の展開は意味不明で、予想外のことばかり起こる。正直、混乱しかないのだが、ジェシー・バックリー演じるハーパーの、何があろうと正気を保とうとする姿に観客は引っ張られていく。彼女のストレートな演技は、本作が支離滅裂で焦点の定まらない形相となっても、しっかりと観客を惹きつけるだろう。

『MEN 同じ顔の男たち』©️2022 MEN FILM RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

住人は全員ロリー・キニア(の顔)!? 主人公を失望させる謎の存在

『MEN 同じ顔の男たち』の秀逸である理由は、彼女の演技だけでない。本作の男性役のほとんどを演じたロリー・キニアの存在も大きい。油断すると、ひょっこりとロリー・キニアが出てくる。貸別荘の管理人であり、牧師であり、バーテンダーであり、裸の男であり、そして子供でもある(子供の顔は特殊効果で作られているが、あえて不自然なものにし、笑いを誘うものになっている)。彼がどのようなキャラクターであろうが、ハーパーを幾度も失望させる存在なのだ。

「マイクロアグレッション」という言葉をご存じだろうか? 何気ない言葉や行動で人を傷つける行為のことだが、このマイクロアグレッションをハーパーにたたみかけるように行うのがロリー・キニアなのである。

『MEN 同じ顔の男たち』©️2022 MEN FILM RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

この些細な攻撃によりハーパーのフラッシュバックから、彼女が“夫の自死の目撃”というトラウマ以外にも、心の傷を抱えていることが明かされていく。これが全くテンポを変えずに、なんの緩急もなく、淡々と嫌がらせのようにハーパーを、そして観客を追い詰めるかのように語られていく。非常にシンドイ作品なのだ。

悪夢のように不可解、だが議論を誘発する映画

この映画の技術的な素晴らしさは疑う余地はないのだが、少し世界観が曖昧になってしまうのが残念な部分でもある。彼女が抱えているトラウマが典型的な家父長制の女性蔑視である点について、特にメッセージ性もない。さらに、庭先のリンゴ(本作のイメージにもなっている)を彼女が口にすることは、男から女を創るという聖書のイメージの示唆なのか? さらにハーパーが街の教会で見かけるシーラ・ナ・ギーク(女性器を強調したイギリス/アイルランド独特の彫刻)には、オールドスクールなフォーク・ホラーの意味があるのか?

『MEN 同じ顔の男たち』©️2022 MEN FILM RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

そして、衝撃的に生々しく、肉感的で奇っ怪なクライマックスは思わず笑いがこみ上げるほど延々と続く。果たして、この場面の意図するところは何なのか?『アナイアレイション』もそうだったが、アレックス・ガーランドは物語の結末を曖昧にすることで我々を煙に巻こうとしているのだろうか?

彼の中のアイディアをもっと鮮明に出来れば、さらに力強い作品にできたのではないだろうか。結局のところ、彼の脚本は風呂敷をタップリ広げて興味をそそるが、たたみきれず、我々の手の届かないところにあるように思える。

『MEN 同じ顔の男たち』©️2022 MEN FILM RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

しかし、『MEN 同じ顔の男たち』は悪夢のようなものだ。そういう意味では、これまでに観たことがないような映像を見せてくれている。本作について鑑賞後、お茶でも飲みながら思考を巡らせるのもいいだろう。もしかしたら、映画館のロビーは呆然とした観客がゾンビのようにウロウロしているかもしれない。必死に本作を理解しようと願いながら……。

『MEN 同じ顔の男たち』は、議論するための映画であり、我々を語りあわせることで救ってくれる映画かもしれない。

文:氏家譲寿(ナマニク)

『MEN 同じ顔の男たち』は2022年12月9日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

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『MEN 同じ顔の男たち』

ハーパー(ジェシー・バックリー)は夫ジェームズ(パーパ・エッシードゥ)の死を目の前で目撃してしまう。彼女は心の傷を癒すため、イギリスの田舎街を訪れる。そこで待っていたのは豪華なカントリーハウスの管理人ジェフリー(ロリー・キニア)。ハーパーが街へ出かけると少年、牧師、そして警察官など出会う男たちが管理人のジェフリーと全く同じ顔であることに気づく。街に住む同じ顔の男たち、廃トンネルからついてくる謎の影、木から大量に落ちるりんご、そしてフラッシュバックする夫の死。不穏な出来事が連鎖し、“得体の知れない恐怖”が徐々に正体を現し始めるー。

監督・脚本:アレックス・ガーランド

出演:ジェシー・バックリー ロリー・キニア
   パーパ・エッシードゥ ゲイル・ランキン

制作年: 2022