寄生エイリアン「シング」メイキング秘話
ここからは『遊星からの物体X』に登場する順番で、エイリアン“シング”たちのメイキングを紹介したい。
クリーチャー①:スプリット・フェイス
トップバッターは、焼け崩れて廃墟と化したノルウェー基地で発見される、2つの顔が融合しかかって、手足が昆虫の脚のように醜く変形した変態途中の焼死体、通称“スプリット・フェイス”。
犬の飼育係クラークを演じたリチャード・メイサーが、額の弾痕のメイクをしてもらうために特殊メイク班の工房に行った時、特殊効果担当のロブ・ボッティンがスプリット・フェイスを制作していた。その造形を目の当たりにしたリチャードは、「すごい! グロテスクだが、素晴らしい芸術作品だ!」と言ったそうだが、個人的にも是非フィギュア化して欲しい逸品だ。
主人公マクレディ(カート・ラッセル)たちが南極基地に持ち帰ったスプリット・フェイスは、生物学者ブレア(A・ウィルフォード・ブリムリー)によって解剖される。
カート・ラッセルが「観客が動揺したのはモンスターよりも、モンスターや焼死体を解剖するシーンだ」と賞賛するショッキングな解剖シーンでは、摘出される臓器に本物の鹿の皮や肝臓が使われた。解剖しなければならない役者的には実にヘビーな作業だが、ブレア役のブリムリーはカウボーイ出身の俳優。動物の解体には慣れており、本物の臓器を使った撮影を「洗濯物を扱うのと変わらんよ」と1ミリも動じずにやり遂げた。
映画のためにボッティンたちが制作したシングは、どれも見事な造形だった。撮影のディーン・カンディは、シングの作り込まれたディティールを見せたいと思い、明るいライティングで撮影しようとした。しかし、ボッティンはこれに反対。照明が当たりすぎて作り物と思われてしまうことを常に心配していた。
ロブ・ボッティンは自分のクリーチャーの撮影に非常に神経質で、照明の当て過ぎを嫌っていた。そのことで、いつも彼をからかっていたんだ。彼のクリーチャーは非常に独創的で素晴らしいのに、ライトを当てて姿を見せることを嫌がり、いつも“もっと照明を弱く”と言っていた。ごく微量の光で撮影することを考案して、作り物とはわからない映像になった。(ディーン・カンデイ)
他にもボッティンは、クリーチャーがリアルに見えるように毎回、撮影で使うシングのダミーに大量のジェルを塗って、ヌメヌメした質感が出るようにしていた。
#BehindTheScenes: Creating the "ultimate in alien terror" on the set of 1982's 'The Thing' with John Carpenter and effects guru Rob Bottin. pic.twitter.com/WoKJ8hBtCp
— FilmPhonic (@FilmPhonic) October 29, 2022
クリーチャー②-1:ドッグ・シングA
ノルウェー基地から逃げてきたアラスカン・マラミュート犬が犬舎で変態し、ドッグ・シングとなる。劇中、初めて描かれる変態シーンだ。
Jed, the dog that first introduced "THE THING" to Outpost 31 in John Carpenter's classic, was uncredited on the film. This tweet's for Jed! Without you, we wouldn't have the film we have today. You were an awesome pup that deserves a legacy. #TheThing pic.twitter.com/4Czlonlnp4
— CAVITYCOLORS 🎃 (@CAVITYCOLORS) June 25, 2019
このクリーチャー・エフェクトは、スケジュール的に作業できなくなったボッティンがスタン・ウィンストンに依頼し、彼のスタジオが制作した。それにも関わらずウィンストンは、「この映画の特殊メイクはボッティンが賞賛されるべきだ」と、クレジットに名前が載ることを拒否した(最終的にはスペシャル・サンクスとしてクレジットされている)。
https://twitter.com/SWinstonSchool/status/1540708715225128960
しかし厳密には、すべての犬の変態シーンの特殊効果をスタン・ウィンストンのスタジオが担当したわけではない。変態の第1段階では、犬の頭部の毛皮がバナナの皮のように4つに裂け、剥き出しになった頭蓋骨がボトリと落ちる。この特殊効果はボッティンによるものである。
もともとボッティンがマイケル・プルーグと制作したストーリーボードの変態プロセス第1段階は、犬の頭の毛皮が口からめくれ上がると、中から無数の牙が生えたモンスターが出てくる予定だった。しかし「犬の頭が裂けたほう方がインパクトがある」というカーペンターのアイデアで変更された。
John Carpenter's The Thing (1982)
— Matthew Alan Mullins (@MatthewAMullins) November 18, 2022
Behind the scenes
Left: animatronic dog
Right: John Carpenter and special effects master Rob Bottom checking the dog out#TheThing #JohnCarpentersTheThing pic.twitter.com/VxINO973j8
変態の第2段階では、肉でできた花びらのようになった頭部の中心から長い舌が伸び、背中から生えた無数の細長い触手が激しくうねる。これはウレタン製の触手を、掃除機のコードが収納する時のように、クリーチャーのボディの内側から勢いよく引っ張って撮影した。
そして、ドッグ・シングの背中から蜘蛛の脚のようなものが6本生えてくる。ここでボッティンは、「最初に変態するドッグ・シングのシーンでは、シングは不定形生物であること。そして変態する時に、これまで訪れた惑星で同化した生物の部位を必要に応じて再現することができる生物であること」が、観客に伝わるようにした。この第2形態には、ワイヤーやケーブルによって各部が動くアニマトロニクスが使われ、17人のスタッフで操作した。
https://twitter.com/SWinstonSchool/status/1143721965380874241
ドッグ・シングの第2形態では口から粘液を、他の犬に向かって凄まじい勢いで吐き出す。この粘液には食品添加物の増粘剤を使っていて、見た目はグロいが無害である。
犬舎の異変に気づき、駆けつけた飼育係クラーク(リチャード・メイサー)の侵入を防ぐように暴れまわる触手は、ボッティンがウレタン製の触手をムチのように振り回した映像を逆再生した。『遊星からの物体X』のシングたちに命を吹き込んだのは、ボッティンたち特殊メイク班だけではないのだ。
撮影のディーン・カンディは、「『遊星からの物体X』のSFXは初めての試みだったので、あらゆる撮影方法を試した。速度を変えてカメラを回したり、逆回しをしたり、カメラを逆さにしたりして撮った」と語っている。
ちなみに、この形態のドッグ・シングは今年、アメリカのフィギュア・メーカー<ネカ>から初めてフィギュア化される。
TOY FAIR FIRST LOOK! 👀 Straight from the NECA Studio, here's a work-in-progress look at their "dog creature" from The Thing in two of its forms.#collectxdestroy #film #80s #tmnt #motu #horror #starwars #neca #aew #wwe #gijoe #nytf #newyorktoyfair #johncarpenter #thething pic.twitter.com/vZLry5Q5qF
— Collect & Destroy (@collectxdestroy) February 20, 2022
クリーチャー②-2:ドッグ・シングB(スタン・ウィンストン担当)
変態の第3段階で、ドッグ・シングは全身の毛が抜け、背中から左右非対称の歪んだ犬のような頭部が生える。このデザイン、制作、そして特殊効果はスタン・ウィンストンのスタジオが担当した。
ピンチヒッターとして参加したウィンストンは、限られた時間の中でドッグ・シングの第3形態を作らなければならなかった。だから、なるべく簡単な技術で動くようにしなければならない。そのため、彼はボッティンのクリーチャー・デザインとは逆のアプローチ――実現可能な技術で動かす事ができる姿にデザインしなければならなかった。さらに、ボッティンが制作した他のシングたちと同じテイストのクリーチャーにもしなければならない。
私が苦労したのは、それが間違いなく犬から変態したことがわかるデザインにすると同時に、間違いなく犬とは別の種類のクリーチャーでもあるデザインにしなければならなかったことだ。(スタン・ウィンストン)
完成したドッグ・シングは頭部をアニマトロニクス、胴体は床下からクルーが入ってパペット操作をして撮影した。
https://twitter.com/SWinstonSchool/status/1276150831621050371
ドッグ・シングはマクレディのショットガンで撃たれると、背中から巨大な2本の腕を生やして、天井を掴んで逃げ出そうとする。この第4形態からは再びボッティンが担当。2本の腕はボッティン自身がフォームラテックス製の腕を装着して操作している。
天井からぶら下がったドッグ・シングは、隊員たちに攻撃を仕掛けようとする。人間の眼のようなものがいくつもついた胴体が裂けると、キャベツのような肉塊がめりめりとせり出してきて、次の瞬間、肉塊が花びらのように開くと、無数の牙が生えた口になり、火炎放射器を構えるチャイルズ(キース・デヴィッド)目がけて飛びかかってくる。
Original storyboard from John Carpenter's The Thing (1982) titled, "The Dog Thing is Cornered." pic.twitter.com/N3hytxe0oo
— Art Tavana (@arttavana) February 25, 2020
ボッティン自身も、この肉塊を「怒ったキャベツ」と呼んでいる。このシーン、俳優たちの芝居は撮影済みで、ボッティンはチャイルズに襲いかかるシングの主観映像にふさわしいクリーチャーの部位をデザインすることになった。
The Thing (1982) Dir John Carpenter.
— BJA Samuel (@bja_samuel) November 29, 2019
Rob Bottin's effects are spectacular. Stan Winston did uncredited work on the kennel scene to help out. I love the detail of the flower of 12 dog tongues lined with teeth..#filmtwitter #film #JohnCarpenter #TheThing pic.twitter.com/8OLPE3uqQd
彼は当初、肉塊が開いた時の状態をヤツメウナギの口のようなデザインにするつもりだった。しかし、クリーチャー造形のコーディネーター、ケン・ディアスが『ブラッド・ビーチ/謎の巨大生物!ギャルまるかじり(別題:血に飢えた白い砂浜)』(1981年)のモンスターから着想を得て、12本の犬の舌で形成されたキャベツのような肉塊が花びらのように開くと、牙のびっしり生えた口になるというデザインにした。このデザインは『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(2016年~)のデモゴルゴンの頭部に影響を与えた。
ちなみに、肉塊がチャイルズに飛びかかる時に伸びる首のような部分は、その後に変態するノリス・シングの第2形態用に制作された首の型を流用した。本作では他のシングにも、すでに完成していたシングのパーツを流用して、作業時間と予算を節約するようにしている。
クリーチャー③:ベニングス・シング
ボッティンはシングをデザインする際、原作にとらわれない自由な発想でデザインしているが、原作にオマージュを捧げたクリーチャーもいる。3体目のシングとなる、両腕だけが変態を遂げた気象学者のベニングス(ピーター・マローニー)だ。
原作ではキンナーという隊員が寄生されて、「キンナーの両腕には、妙な鱗状のものが生え、肉はよじれていた。指は短くなっており、暗赤色の爪が三インチほど伸びており、剃刀のように鋭くとがっていた(「影が行く」より)」という状態となる。
このシーンでもボッティンは節約魂をスパークさせている。その後に登場する、シング化したパーマー(デヴィッド・クレノン)用に制作した、歪な形をした細長い指が何本もついたフォームラテックス製の手袋をベニングスに装着して、原作以上にグロいシーンに仕上げた。
激キモ「クモ頭クリーチャー」誕生秘話!『遊星からの物体X』ボッティンの悪ノリにカーペンターが感動【4/5】に続く
文:ギンティ小林
『遊星からの物体X』はBlu-ray/DVD発売中、U-NEXTほか配信中
CS映画専門チャンネル ムービープラス「特集:24時間 モンスターバトル!」は2023年8月放送
『遊星からの物体X』
その恐怖は一匹の犬から始まった。見渡す限り氷に囲まれた白銀の大雪原をヘリコプターに追われて逃げる犬は、アメリカの南極観測基地へと辿りつく。ヘリコプターを操縦するノルウェー隊員が銃を乱射したため、アメリカ隊員はやむをえず彼を撃ち殺すが、やがて、ノルウェー隊員が異状に錯乱していた理由が明らかになる。なんと犬の正体は10万年前に地球に飛来したエイリアンだったのだ!接触するものを体内に取り込むエイリアンは、巧みに人間の姿に変身、吹雪に閉ざされた基地内で、隊員たちは互いに疑心暗鬼になっていく。そんな中、彼らは挙動不審なマクレディ(カート・ラッセル)をエイリアンではないかと疑うが……。
監督:ジョン・カーペンター
製作:デヴィッド・フォスター ローレンス・ターマン ラリー・フランコ
原作:ジョン・W・キャンベル・Jr
脚本:ビル・ランカスター
撮影:ディーン・カンディ
特撮:アルバート・ホイットロック
特殊効果:ロブ・ボッティン
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:カート・ラッセル
A・ウィルフォード・ブリムリー リチャード・ダイサート
ドナルド・モファット T・K・カーター デヴィッド・クレノン
キース・デヴィッド チャールズ・ハラハン ピーター・マローニー
リチャード・メイサー ジョエル・ポリス トーマス・G・ウェイツ
ノーバート・ウェイサー ラリー・フランコ
制作年: | 1982 |
---|