NHKで放送していた『世界サブカルチャー史 欲望の系譜』シリーズの「幻想の70s」の中で、「The Seventies」の著者でボストン大学の歴史学者ブルース・シュルマン教授が、1970年代のことを「実際には1968年くらいから1983~84年くらいまでの時期として捉えるべきだ」と言っていた。
これはまさに我が意を得たりの意見で、映画を中心とする大衆文化においてはその通りだったと思う。――青春・恋愛映画というジャンルで、この時期に頭角を現してきた俳優たちの、1980年代後半以降の変身ぶりをみると、時代が変わったことがよく判るからだ。
『おもいでの夏』が描く“定番”シチュエーション
いつの時代も、思春期の男の子の頭の中というのはSEXのことでいっぱいだ。そんな普遍的な真実を、年上の美しい女性への憧れ、ほろ苦い初体験の思い出といった誰にでも思い当たる“ひと夏の経験”として描いた名作に『おもいでの夏』(1971年)がある。
1970年代の映画の大きな特徴の一つとして、少し前の時代への郷愁という要素がある。1970年代というと、フラワー・チルドレン、SEX・ドラッグ・ロックンロール、ヒッピー・コミューンといった、若者を中心とする価値観の大変革の時期というイメージがあるが、実際にはそういった変革はうまくいったわけではなく、長髪に髭で既存の社会構造に反抗していた人たちも、やがては情報産業などへ職を得て体制側へと取り込まれていった。
薬局で買う「男が使うユニークなもの」とは?
『おもいでの夏』(原題は『Summer of ’42』)は、製作された1971年から30年ほど前の第二次大戦中に思春期を過ごした脚本家ハーマン・ローチャーの自伝的物語。ゲーリー・グライムス演じる少年が、戦火を逃れてやってきたニューイングランドの島で、夫を出征させた若き人妻ドロシー(ジェニファー・オニール)に想いを寄せる。
友人とともに、同世代の女の子たちとデートし初体験をと意気込んで、薬局へ行ってコンドームを購入しようとするのだが、恥ずかしくてなかなか言い出せない。もじもじしながら、店員に伝えた言葉は「あのう……男が使うユニークなものを下さい」! 何とも奥ゆかしいが、それが一昔前の思春期の男の子の等身大の姿だった。
結局、彼は同世代の女の子とことに及ぶまでいかないのだが、憧れの人妻の許を思い切って訪ねると、そこには夫の戦死を知らせる電報が届いていた。そして哀しみを紛らわせるかのように、彼女は少年をベッドへいざなう。……甘酸っぱさ満開の、忘れられない映画だ。
『アメリカン・グラフィティ』:まだアメリカの夢を信じられた1962年
1970年代に一躍ハリウッドの主役に躍り出たのが『ゴッドファーザー』(1972年)のフランシス・フォード・コッポラと『スター・ウォーズ』(1977)のジョージ・ルーカスの二人であることは論を俟たないが、その二人がコンビ(製作コッポラ、脚本・監督ルーカス)を組んで、それぞれ飛躍の第一歩を記したのが『アメリカン・グラフィティ』(1973)だった。
物語の背景は、繁栄の1950年代の余韻の残る1962年。この設定の大事な点は、まだケネディ大統領が暗殺される前で、人々がアメリカの夢と未来を信じることができた最後の年というところ。
カリフォルニア州の小さな町でハイスクールを卒業し、翌日には東部の大学へと旅立っていく予定のリチャード・ドレイファスやロン・ハワード演じるティーンエイジャーたち、弟分的な一学年下のドジなチャールズ・マーティン・スミス、そして卒業後も街で気ままに暮らす年長の青年たち。最後の夜をどう過ごすか? 物語は、女の子とのデートや、愛車でスピードを競い合うレースに挑むなど、それぞれに青春のひと時を燃焼させる様子を紡いでいく。
大工をして食いつないでいたハリソン・フォード
リチャード・ドレイファスは4年後の『グッバイガール』(1977年)で史上最年少のアカデミー主演男優賞に輝き、ロン・ハワードは監督業に転身してヒットメイカーとなり、『ビューティフル・マインド』(2001年)ではアカデミー監督賞を受賞した。チャールズ・マーティン・スミスは『アンタッチャブル』(1987)で、ケヴィン・コスナーの下でアル・カポネを脱税で逮捕するIRS(税務署)の経理マン役で気を吐いた。そして、車のレースに敗れ横転してしまう若者には無名時代のハリソン・フォードが扮しているのだが、彼はあまりにも俳優として芽が出なかったためにアルバイトで大工をしていたのだという!
Harrison Ford (far right) when he was a carpenter building Sergio Mendes' recording studio, 1970. pic.twitter.com/XEtApncxcT
— History Photographed (@HistoryInPics) January 5, 2016
製作のコッポラ、監督のルーカスのみならず、出演した俳優たちのほとんどが、その後夢を実現させていったという点で、『アメリカン・グラフィティ』は奇跡のような作品なのだが、実際のアメリカ社会はその後混迷を深め、レーガン時代の強いアメリカを追い求めていったのだ。
日伊合作『ラストコンサート』は後追い自殺まで生んだ!?
『おもいでの夏』のラストは、大人になった少年に残るほろ苦さで幕を閉じ、『アメリカン・グラフィティ』のラストでは主要な登場人物たちがその後に歩んだ人生が紹介されて終わる。作家となった者がいる一方で、さえない保険外交員になった者、交通事故死した者、ヴェトナムで行方不明となった者がいる、という現実を提示することで、やはり観客はほろ苦い思いを感じる。
1970年代のアメリカの観客には、ほろ苦い青春の一コマを描いた作品が支持されていた一方で、日本で圧倒的に支持されていたのは“泣ける恋愛映画”だった。――『ラストコンサート』(1976年)は、イタリアと日本の合作ということになっているが、実態としては、日本でウケる“泣ける恋愛映画”をイタリアのプロデューサーに提案した日本ヘラルド映画のローマ駐在員・吉崎道代が企画し、日本の観客の為に製作された映画だ。
白血病で死を宣告されたイタリア人のティーンエイジャーの女の子と、絶望に沈む往年の名ピアニストの中年イギリス人男性との淡い恋物語で、物語の舞台も日本人には憧れだったフランスのモン・サン=ミッシェルが選ばれている。……結果、日本では大ヒットした。日本版のレコードではアン・ルイスが主題歌を歌って、これもヒットした。
今だから言える話だが、実はヒロイン役に抜擢されたパメラ・ピロレージ(この映画のキャンペーンで来日した)が本作出演の前にポルノ映画に出ていたことが判り、その情報がマスコミに漏れてしまっては純愛映画のイメージが台無しになる、ということで、ヘラルドはよその会社が気が付いてその作品の上映権を買ってしまうことを避けるだけの為にその作品の権利を購入し、封印した。
“泣ける恋愛映画”=『ラストコンサート』を上映した日本の映画館では、女学生らのすすり泣きの声が満ち溢れたのだが、なんと、映画の中で死んでいくヒロインに同情のあまり、日本の女子高校生が飛び降り自殺をする、という事件まで引き起こしてしまった。何とも罪作りな映画となってしまったのだが、そのいきさつなどは吉崎道代の自伝「嵐を呼ぶ女」(キネマ旬報社、2022年)に詳しい。
トム・クルーズがSEXで頭がいっぱいの若者だった頃!
『トップガン マーヴェリック』(2022年)で、新たな若い世代のファンも獲得している感のあるトム・クルーズ。彼の人気を決定的にしたのは前作『トップガン』(1986)で、その後の『ミッション:インポッシブル』シリーズ(1996年~)などで“スタントなしでアクション・シーンをこなす”トップ・スターとして、還暦を迎えた今もバリバリの現役として活躍しているのはご承知の通り。
だが、誰にでも若かりし頃というのはある。トム・クルーズの場合、最初に人気に火が付いたのはまだ彼が20歳のときに出演した『卒業白書』(1983年)で、ここでの彼は頭の中はSEXのことでいっぱいの高校生の男の子を演じていた。
両親が留守にしている自宅で年下好みの女性レベッカ・デモーネイを呼んでSEXし、彼女に支払うべきお金が足りないと、自宅を売春パーティの会場にして一儲けを企んだり……とハチャメチャな弾けっぷりで注目を集めた。特に、部屋で好きな音楽をかけながら、自分がロックスターであるかのように歌うシーンで、上半身は淡いピンク色のワイシャツを着ているものの、下は白いブリーフと白いソックスを身に着けているだけの姿で踊る姿が話題となり、のちに様々な映画でパロディにされた。
主人公をそそのかして入れ知恵する高校生を演じた『エンドレス・ラブ』
実は、この作品でブレイクする2年前、日本でも大ヒットした青春・恋愛映画『エンドレス・ラブ』(1981年)でも、トム・クルーズは小さいが印象に残る役を演じていた。映画は、(今の天皇陛下もファンだったという:笑)ブルック・シールズ演じる15歳の美少女と、彼女にぞっこん惚れている17歳のマーティン・ヒューイットの物語。
マーティン演じるデヴィッドは、彼女の部屋で裸でいるところを父親に発見されて激怒され、今後娘に近づいたら殺すと脅される。そこで、愛する彼女に会えなくなった彼をそそのかして、彼女の家でボヤ騒ぎを起こして彼女を救出することで、娘を救ったヒーローとして認めさせちゃえばいい、と入れ知恵する友人役がトム・クルーズだった。……ところが家は全焼してしまい、彼は放火犯として保護観察処分となり、ますます彼女からは遠ざけられてしまうのだが。
July 17, 1981: @TomCruise made his film debut when Endless Love was released in theaters. #80s Also, the film debut of Jami Gertz. pic.twitter.com/KCOMg0rU91
— Old School 80s (@OldSchool80s) July 17, 2020
1970年代、そして1980年代の初め頃までの青春・恋愛映画でブレイクのきっかけを掴んだスターたち――ハリソン・フォードやトム・クルーズ――が、1980年代後半以降のレーガン時代のアメリカで、ヒーロー役として活躍していくのは言うまでもないが、その意味でも、広義の1970年代、つまり1968年頃から1983~1984年くらいまでというのは、その後の時代を準備し、青春・恋愛映画が面白かった時期として記憶していいだろう。
文:谷川建司
『おもいでの夏』『卒業白書』『ラストコンサート』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「黄金のベスト・ムービー」で2022年11月放送、『アメリカン・グラフィティ』は同チャンネルで11月放送
https://www.youtube.com/watch?v=evTU9KukpEo&feature=emb_title