みんなの仮想通貨がドロン
みなさんは、暗号資産、仮想通貨、ビットコインという言葉をご存知だろうか。いや、もう実際に取引している、利益をあげているという人も多いかもしれない。正直、私は知識として多少知っているだけで、実際に取引したことがない旧世代の人間である。通貨とはいえ、ネット上でやりとりする数字だけの存在なんて、何かの拍子にパソコン画面の数字が消えてしまったら、どうなるのか。専門家なら笑い飛ばすような、こんな初歩的な疑問に答えてもらったとしても、私のような素人にはどこかに不安が残るだろう。
Netflix映画『トラスト・ノー・ワン:消えた巨額仮想通貨を追え!』は、そんな不安が現実になった事件を追ったドキュメンタリーである。監督はイギリスのテレビでドキュメンタリーを製作してきたルーク・シーウェル。
発端は、2019年1月14日、約11万人が利用するカナダ最大の仮想通貨取引所<クアドリガCX>の創設者でCEOのジェラルド・コッテンが旅先のインドで急死したというニュースが流れたことだった。その後、クアドリガCXのすべてのパスワードを知るのはコッテン一人で、彼の死と共に2億5千万ドルとも言われる資金がどこかに消えてしまったことが判明する。
損害を被ったクアドリガの利用者たちは、チャットツール“テレグラム”にグループを作り、ネット上で情報を交換し、安楽椅子探偵さながら、事件の真相を探り始める……。
仮想通貨を通して社会の“今”をあぶり出す
題名の「トラスト・ノー・ワン/Trust No One」とは、直訳では“誰も信じるな”、つまりは“誰でも疑え”という意味になる。疑心暗鬼になった被害者たちは、事件が起きるまでは知ろうともしなかったコッテンという創設者が実際にはどんな人物だったのか、クアドリガCXという取引所はどれほど信用に足るものなのかを必死に探る。すると意外な事実が次々に明らかになり、“成功した経営者”の化けの皮がどんどん剥がれていく。
コッテンの死は偽装ではないのか、共同創設者はマネーロンダリングの共犯か、全財産を相続したコッテンの結婚相手は何者なのか。次々に現れる事実で状況が二転三転していくところは、当事者にとっては胃がキリキリと痛むような状況だろうが、第三者にはスリリングでとても面白い。いや、ただ面白いだけではない。実は、このドキュメンタリーの目的は、巨額仮想通貨消失事件の真相を暴くことというより、むしろエスカレートしていく被害者たちの“暴走”、人間の貪欲さ、確実性が失われた今の社会を浮かび上がらせることなのだ。そして、それは素晴らしく成功している。
監督のシーウェルは、被害者たちのネットコミュニティーと並行して、取引所の前段階の<ビットコイン・コープ>の頃から彼を知る友人たちの証言や、2018年のビットコイン暴落の際にクアドリガCXが取引停止になったときからコッテンを追うジャーナリストを登場させて、事件の流れを立体的に構成しつつ、実証で裏付けていく。
これから見る方のために結末は書かないが、なかでも特に、元ソフトウェアエンジニアの中国系カナダ人トン・ズーが、銀行の送金手数料2%を浮かせようとクアドリガCXを利用して全財産を失ってしまうエピソードが心に染みた。逆に、初期の頃にビットコインを買い、その後の値上がりで大儲けしてランボルギーニを買った青年の話にも頷けた。こんな成功話があるからこそ、彼のような幸運にあずかりたい、乗り遅れたくないとビットコインを始める人が後を絶たないのだ。
ビットコインを始めようとする人には最適のドキュメンタリー
実は、この稿を書くために、日本銀行のHPで暗号資産についての説明や注意書を読んでみた。また、ビットコインで検索してヒットしたページに書かれていた取引の注意点、特に暴落に関する項も読んだ(もちろん取引所関係ではとてもソフトに書いてある)。
すると、『トラスト・ノー・ワン』を見た後だからか、すべてがとても腑に落ちた。クアドリガで火傷した人たちは、それらの注意点を読まなかったか、読んでも無視したか、あるいはそんな不幸が自分の身に起こるとは夢にも思わなかった人たちだろう。悲観主義者は金儲けには向かないし、手を出さない。
『トラスト・ノー・ワン』は、これからビットコインを始めようとする人には最適のドキュメンタリーだ。始めるなら危険性を知ったうえのほうがいいし、同時にビットコインの長所である利便性も分かってくる。実は、意外に簡単にできそうなので、私もやってみようかなという気持ちに(ちょっとだけ)なったことを告白しておく。
文:齋藤敦子
『トラスト・ノー・ワン:消えた巨額仮想通貨を追え!』
傾きかけた仮想通貨取引所の若き創設者が急死。資金を引き出せず、激怒した投資家たちからは、その死の裏に隠された真実があるのではないかと疑う声が上がる。
監督:ルーカス・シーウェル
制作年: | 2022 |
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