映画化への期待と不安
日本の小説が海外で映画化されることは珍しくなくなったが、今回は期待も不安も大きかった。
韓国映画『警官の血』の原作は「このミステリーがすごい!」1位に選ばれた、佐々木譲による警察小説の傑作。親子3代にわたる警察官の年代記であり、そこに戦後史が濃厚に絡む。“長さ”も魅力の一つなわけで、本来ならドラマシリーズのほうが合うのではないか。
だが警察や犯罪を扱う映画なら、今は韓国で作るのが相応しいという感じもある。つまりは期待と不安。結果はというと「お見事」の一言だ。
チェ・ウシク×チョ・ジヌンの白/黒バディ
映画版は年代記という要素を思い切って捨てた。原作の第三部、孫の世代を中心に据え、父の存在を“謎の過去”と位置付ける。
主人公チェ・ミンジェ(チェ・ウシク)は新人刑事。祖父の代からの“警官の血”を見込まれ、警察内部での極秘捜査を命じられる。それは数々の功績をあげながらも疑惑が拭えない、パク・ガンユン刑事(チョ・ジヌン)の“正体”を探ることだった。
大長編小説を大胆にシェイプし、映画としての構成はタイトに。世知に長け、清濁併せ呑む腕利き刑事と新米パートナーという図式はクリント・イーストウッドの『ルーキー』(1990年)や役所広司の『孤狼の血』(2017年)を思わせる。
同時に潜入捜査官ものであり、警察内部の不正を描く社会派の面もあり、それらが手際よくまとめられてテンポよく観客を作品世界に導いてくれる。
“原作の心拍数”の再現に大胆なムーブが映える
チェ・ウシクは『パラサイト 半地下の家族』(2019年)同様に線の細さ、押し出しの弱さと“正義”へのこだわりを持つチェ・ミンジェを好演。この主人公の“揺らぎ”があるからこそ、裏社会との癒着や暴力を厭わない“悪徳刑事”パク・ガンユンの貫禄とカリスマ性も際立つ。イ・ギュマン監督いわく、「チョ・ジヌンには空間を支配する能力がありました。彼がそこに立っているだけで、ガンユンが支配する空間になるのです」。
チェ・ミンジェが常に持っている、ある物。白か黒か、それともグレーかと問われる警官のあり方。それに音楽など原作の要素、モチーフは映画でもうまく活かされている。と同時にオリジナルな改変も。そのことで“警官の血”というテーマはより強められた。チェ・ミンジェは亡き父だけでなくパク・ガンユンの“血”も意識することになる。
何が正しいのか、正しさとは何か。価値観は揺らぎに揺らぎ、これもオリジナル性と原作の魂を昇華させたラストへなだれ込む。
原作の魂といえば、映画の平明な語り口もそうだ。エキセントリックなキャラクターや容赦ないバイオレンス描写は韓国映画の魅力の一つだが、『警官の血』はそこで勝負しない。あくまで落ち着いて物語を進め、必要なところで必要なだけの熱を放つ。
原作の体温、原作の心拍数に近いと言えばいいか。だからこそ登場人物たちの大胆な行動が映える。それに気づいて思わず唸った。やはり韓国は犯罪映画の最前線だ。
文:橋本宗洋
『警官の血』は2022年10月28日(金)より新宿バルト9ほか全国公開
『警官の血』
ある夜、一人の警官が殺害された。裏で糸を引く人物として浮上したのは、出処不明の莫大な後援金を受け、高い検挙率を誇る広域捜査隊のエース刑事パク・ガンユン。彼を内偵調査するのは、殉職を隠蔽された警官の父を持つ原理主義者の新人刑事チェ・ミンジェ。広域捜査隊に配属されたミンジェが目の当たりにしたのは、裏社会に精通しながら違法捜査を繰り返すガンユンの姿だった。ミンジェはガンユンのやり方に戸惑いながら捜査をともにすることで、警察内部の秘密組織やその裏に隠された不正行為、そして父の死の真相にたどりついていく。ある日、情報員から高額で情報を仕入れたガンユンは、警官殺しの犯人を逮捕する。しかし、都合よく手柄をあげるガンユンの疑いは解けないままだ。そんな中、二人は新種の麻薬捜査をするも、捜査費が足りず、ガンユンは暴力団から多額の借金までして逮捕に力を入れる。そして、ガンユンは遂に警官として越えてはならない一線を越えてしまい……
監督:イ・ギュマン
原作:佐々木譲「警官の血」(新潮文庫刊)
脚本:ペ・ヨンイク
出演:チョ・ジヌン チェ・ウシク
パク・ヒスン クォン・ユル パク・ミョンフン
制作年: | 2022 |
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2022年10月28日(金)より全国公開