香取さんとだったら“喪失と再生”の物語を描けると思った
―『凪待ち』は昔から温められていた作品だと聞きました。この作品との出会いやいきさつを教えてください。
白石:温めていた物語というよりは、“喪失と再生”の話をどこかでやりたいというか、やらなきゃだめだなというのが頭の中にあったんです。プロデューサーから「香取慎吾さんでどうですか?」というお話をいただいて、香取さんとだったらこの物語を一緒に紡いでいくことができるんじゃないかと、これは直感ですけど。それで「このタイミングしかないな」という思いで作りました。
―その時点で脚本は?
白石:全然。テーマ以外は何も出来ていなかったので一つ一つ作り上げていく必要がありました。自分1人じゃ多分スケジュールもあって難しいから加藤さん(脚本家/小説「凪待ち」著者:加藤正人)に入ってもらって、ブレストしながら。あらかたは加藤さんにお任せしました。
―物語の中で大きなテーマになっている“3.11”に関しても、脚本を作る段階で盛り込んでいったのでしょうか?
白石:そうですね。3.11の直後にいろんな方がドキュメンタリーを撮ったり、モロに震災そのものと向き合うドラマなどを作る方もいました。僕も「どこかで描かなければ」「映画作家として描きたい」という思いもあるんだけど、なかなかすぐ気持ちがいかなくて。ただ“喪失と再生”の物語を製作するときに、しかも香取慎吾さん主演だったら、(3.11と)向き合うタイミングとしても後押ししてくれるんじゃないかという気持ちがあった。全面的に震災の話ではないんですけど、物語の根底に3.11の部分がある話を作れるいいタイミングだなというのもあり、入れた感じですね。
―プロデューサーや原作/脚本の加藤さんとお話されていく中で、監督として「こういう物語を作り上げたい」とリクエストはしましたか?
白石:ダメな男が何かのきっかけで人生を見失うけど、関係している人たちから少しだけ力をもらって立ち直っていくんだろう、っていう話かな。
―観ていて、香取慎吾さんが演じる郁男をとても応援したくなる作品でした。
白石:応援したくなりました?
―そうですね……ほっとけない、愛されキャラだと思いました。
白石:(笑)
俳優・香取慎吾は実際に経験していないことも演技で表現できる
―香取さんありきで製作が始まったとのことですが、香取さんの印象を教えてください。
白石:長らく日本のアイドルとしてトップランナーで、経験してないことがないんじゃないかな?っていうくらい、あらゆることをやってきた方で。ただ、スーパーメジャーだからできていたことと、多分できなかったこともあるだろうなと思って。どちらかというと僕自身はメジャーではなくインディーズ出身なので、今回は僕らが普段やっているフィールドに香取さんに来てもらい、その中で生きてもらいたいな、という思いがありました。この企画は本当にグループ時代の香取さんだったら、いろいろな企画の中で淘汰されていった企画かなと思います。だからこそ今回、香取さんの新しい、見たことのない一面を見れたと思いますね。
―劇中、香取さん演じる郁男が嘔吐しながら血相変えて男を追いかけたり、泣きじゃくったりする姿がものすごくハマっていました。監督から見て香取さんの演技をどう思われましたか?
白石:語弊を恐れずに言うと、香取さんを知らない人っていないじゃないですか。ただ、誰も知らない香取慎吾だったと思うし、「こういう人、田舎にいるんだろうな」っていう感じがしたよね。だってお金を借りたことないでしょう、多分(笑)。あんなに金借りるのが上手いんだ、と思ったもん。
―(お金を借りるのは)競輪のシーンですね。確かに、香取さんがお金の無心をする画は想像できないです。
白石:そう。だからお金を借りて「本当にすみません」って言う仕草の人は何回か見たことがあるけど、あれができる香取さんってどういう生き方をしてきたんだろうって。(香取さんの)生き方を見てきたつもりでいたのに、やっぱり意外と見ていなかったんだな、見えていなかったんだろうな、というのは演じていただいて改めて、僕自身も感じています。
―監督は実際にギャンブルの場や、賭事にハマってしまう方のリサーチをしたんですか?
白石:僕ね、こう見えてギャンブルは一度もしたことがないんですよ。『麻雀放浪記2020』、『凪待ち』とギャンブル映画が続いているのに(笑)。だけど、今回も取材で色んなところに行ったんですが、毎日いるんだろうなっていうおじさんだったり、そういう人を観察するのは大好きですね。愛おしくてしょうがないです。
―これまでの映画も拝見したうえで、不器用な人や、普段光が当たらない人に愛情を注げる監督だと感じました。
白石:僕もそんなに仕事ができる方じゃなかった、というのもあるんでしょうけど、“できる人”にシンパシーを感じられないんですよね。仕事ができなくてイライラするんだけど、そういう人たちにこそ、常に人としての魅力を感じちゃう。今は世の中的にも、何か一つ犯罪的なことをしちゃうと人格からなにから否定されちゃうけど、でも人間って誰しもやっちゃいけないところにいってしまうこともあるし、そういう人が「全てがダメ」ということではなくて。そういう部分もあるけど、ちゃんと受け入れて、なにか手助けできることだったりとか、そういう人たちを描いていきたいっていうのはありますね。
<香取慎吾主演『凪待ち』白石和彌監督インタビュー!震災から復興する撮影地・石巻で感じたこと(2/2)>
『凪待ち』は2019年6月28日(金)、TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー
https://www.youtube.com/watch?v=ZcCM-7VBK7A