映画史に残る名邦題
『ゴリラ』。場合によっては『アーノルド・シュワルツェネッガー / ゴリラ』と表記されることもある、1986年の名作である。何と言ってもタイトルがいい。原題は『Raw Deal』、「ひどい仕打ち」とでも訳せようか。
当時シルヴェスター・スタローンの『コブラ』が公開されたばかりだったので、じゃあこっちのシュワルツェネッガー最新作は『ゴリラ』だと、配給の松竹富士映画が思い切った。それが功を奏したと思う。
ゴリラ……と口に出すほどに思わず顔がほころんでしまうし、思わず『ゴリラ』観に行こうぜ! と誰彼かまわず誘いたくなる。何しろそれほどに素晴らしい邦題で、これからもことあるごとに口に出していきたい。『ゴリラ』……。
今日の午後のロードショーは、
— 今日の午後のロードショー (@gogonohitotoki7) May 7, 2020
「ゴリラ RAW DEAL」
【監督】ジョン・アービン
【主演】アーノルド・シュワルツェネッガー キャスリン・ハロルド
1986 pic.twitter.com/uNUseD5arc
このまま映画史に残る名邦題『ゴリラ』について話し続けてもよいのだが、そういうわけにもいかないので本編に関する話題に移ろう。1982年の『コナン・ザ・グレート』で超大作での主演デビューを飾り、以降『ターミネーター』(1984年)に『コマンドー』(1985年)と快進撃を続けてきたシュワルツェネッガー。規格外の肉体を誇る、未曾有のアクション・ヒーローとして驀進していた頃合いに放ったのが本作だった。
主人公は保安官のマーク・カミンスキー(シュワルツェネッガー)。かつてはFBI捜査官として鳴らしたが、ひと一倍強い正義感が仇となって職を追われ、いまは田舎町で閑職に追いやられていた。そんな暮らしに我慢がならない女房は昼間から酒を煽ってさんざん罵倒してくるし、どうにもいいことがない。と、そこへかつての上司からとある相談を持ちかけられる。
シカゴ・マフィアの大物、パトロヴィータの手によって息子を殺された。腐敗しきった地元警察にはまともな捜査もできなかろう、ここはひとつマフィアに潜入して息子の敵をとってはくれまいかと。一も二もなくこれを引き受けたカミンスキーは自らの死を偽装、ヒットマンのジョセフ・ブレナーを名乗ってパトロヴィータ一家へ潜り込むことに成功する。
なり損ねたノワールか、緊張感を捨てた潜入捜査ものか
『ゴリラ』はいわゆる潜入捜査ものといえる。刑事が自らの身分を偽って組織犯罪に身を投じた、そのなかで生じるさまざまなドラマを描くジャンル。たとえば『フェイク』(1997年)では捜査官のジョニー・デップがやくざのアル・パチーノと友情を育み、それがためにいつ裏切りが露見するかというサスペンスがあった。スコセッシの『ディパーテッド』(2006年)、そのオリジナル『インファナル・アフェア』(2002年)にしても同じことだ。ところが『ゴリラ』にそうした緊張はあまり見られない。あまりというか殆どというか、全然ないと言っていい。
七三分けをオールバックに切り替えたシュワルツェネッガーの正体がいつバレるかという問題は概ね置き去りにされる。『ダイ・ハード』(1988年)で「ベトナムを思い出すなあ!」と吠えていたロバート・ダヴィが、ここではマフィアの若頭を演じて、囮捜査中のシュワルツェネッガーと組まされてみたりする。ふたりの間にはいつしか友情めいたものが育まれる……ことは一切なく、最初から最後まで関係はギスギスしている。また、ブレナーことカミンスキーはマフィアの情婦と若干いい仲になりかけもするが、結局は特に進展することもない。
ふと暗黒街に片足を突っ込んだ主人公が、いずれ肉欲や人情といった面倒なものに足を取られて破滅していく……という展開。それがフィルム・ノワールの常道であるとすれば、本作は主人公シュワルツェネッガーがそうした破滅を一歩、いや数歩手前で、持ち前の可愛げや暴力でもって回避していく物語である。ノワールになりそうで決してノワールにならない映画。あるいは緊張感を捨てた潜入捜査もの。『ゴリラ』はそんな映画だ。
決まりごとを覆して力技で爆走する実験的かつ野心的な異常作
では、この映画が箸にも棒にもかからない凡作かといえばそうではない。絶対にそんなことはないと声を大にして言いたい。たしかに本作のシュワルツェネッガーは巨大犯罪組織への潜入を敢行しながらピンチらしいピンチも迎えず、また人間的な葛藤もほぼ抱えないけれども、だからといってそのことが『ゴリラ』の価値を減じているかといえば答えは全く否、なのである。
この映画の見どころは、そうした「潜入捜査もの」のクリシェをシュワルツェネッガーがひとつひとつ覆していくところにこそある。たとえば身分を偽ってしばらく暮らすうちにいろいろバレそうになってきた主人公がひとっ風呂浴びてスッキリして、ありとあらゆる武器を用意して敵地に殴り込まんとするくだり。しまい込んだ無数の銃器に弾丸をフル装填、安全装置もかけずに出かけていく。マーク・エアーズによる名曲「カミンスキー・ストンプ」とともに繰り広げられるこの完全武装の描写は、『コマンドー』におけるそれと並んで人類に記憶されるべき場面だと思う。
そして、やくざがたむろする街外れの採石場にオープンカーで乗りつけ、ハンドル片手にとりあえず目に入る人間を片っ端から射殺するシュワルツェネッガー。後部座席では銃弾を満載したサブマシンガンやショットガンがガタガタと揺られている。しかしここまで1時間とちょっと、有無を言わさぬバイオレンスが炸裂して悪党どもが片っ端から殺られる瞬間を心待ちにしてきたのだ。このさい細かいことはいっさい抜きにしたい。
それからいよいよ敵の本拠地に殴り込み、やはりいっさいの危なげなくマフィアを殲滅するシュワルツェネッガーという大クライマックスに続く。囮捜査などと迂遠なことを言わずに、最初から突入して皆殺しでよかったのではないかと思わなくもない。だが逆に考えれば、これは全盛期一歩手前のアーノルド・シュワルツェネッガーが、潜入捜査ものというジャンルの決まりごとをすべて覆して力技で爆走する、極めて実験的かつ野心的な異常作品であったといえるのである。
若きシュワの全力投球『ゴリラ』を副音声で徹底解説
『コマンドー』のヒットを受けて次の一手を考えていた、1985年のシュワルツェネッガー。『コナン~』で世話になったイタリアの大プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスとの契約がまだ残っており、次は何をするかという頃だった。当時ラウレンティスが権利を持っていた『トータル・リコール』(1990年)にシュワルツェネッガーは並々ならぬ興味を示した。しかし、哲学的要素を孕んだSF大作だぞこれは、と一笑に付され、君はこれでもやりたまえと差し出されたのが『ゴリラ』の脚本だった。
という経緯の詳細に関しては、CS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年10月放送「副音声でムービー・トーク!」をぜひご覧頂きたいが、ともあれまだ若いスターとしてみれば『ゴリラ』は不本意な企画だったのだ。そうしたあれこれがありつつ、しかしシュワルツェネッガーが全力投球し、その魅力を余すことなく叩きつけた映画を観ていただきたい。そして1986年当時でなければ実現し得なかった、何か異常なエネルギーのようなものを感じ取っていただきたいのである。
文:てらさわホーク
『◆副音声でムービー・トーク!◆アーノルド・シュワルツェネッガー/ゴリラ』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年10月放送
『ゴリラ』
今は片田舎の警官に甘んじている元FBIの捜査官マーク・カミンスキーの元を、かつての上司シャノンが訪ねて来た。シカゴ最大の犯罪組織を壊滅させたら再びFBIに戻れるという条件でシャノンに雇われたカミンスキーは、ジョーイ・P・ブレナーと名乗り、暗黒街へ潜入する。
監督:ジョン・アーヴィン
出演:アーノルド・シュワルツェネッガー
キャスリン・ハロルド
ダーレン・マクギャヴィン
制作年: | 1986 |
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CS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年10月放送