ハリウッドに君臨した早逝の大スター
もしかしたら、レネー・ゼルウィガーがアカデミー主演女優賞を受賞した『ジュディ 虹の彼方に』(2019年)でジュディ・ガーランドの名を知った人も多いかもしれない。1930年代後半から50年代のハリウッド黄金期にミュージカル映画で大活躍した伝説の大スターだが、1969年に47歳で亡くなってしまった。
彼女の人生で最も有名で、最も幸福な映画といえば『オズの魔法使』(1939年)ではないだろうか。ジュディはまだ17歳。恋、結婚、破局、離婚を繰り返し、過労、無理なダイエット、ダイエット薬として処方された覚醒剤の悪影響に呑み込まれていく嵐のような人生の幕開けは、まだ少し先のこと。生涯唯一のアカデミー賞(特別賞Juvenile Award)を受賞した作品だからだ。
ジュディ・ガーランド(1922年6月10日-1969年6月22日)の本名はフランシス・エセル・ガム。ボードビリアン(喜劇俳優)だった両親の下、三姉妹の末っ子としてミネソタで生まれた。母親は典型的なステージ・ママで、幼いフランシスは2歳のときから姉たちとガム・シスターズとして舞台に立つようになる。
末娘の才能を見抜いた母親は、ハリウッドに出て売り込みを開始。1935年9月、MGMとの契約に成功し、フランシスはジュディ・ガーランドに変身する(この辺の事情は、ジュディが主演した『スタア誕生』の冒頭部分を彷彿とさせる)。
原作は1900年代初頭から舞台化された大ベストセラー
『オズの魔法使』の原作はライマン・フランク・ボーム作、ウィリアム・W・デンスロウ挿絵で1900年に出版された「素晴らしきオズの魔法使い(The Wonderful Wizard of Oz)」。たちまちベストセラーになり、1902年には早くも舞台でミュージカル化され、そのときから「The Wizard of Oz」と簡略化されるようになる。
Fred Stone as the Scarecrow and David C. Montgomery as the Tin Woodman in a 1902 performance of The Wizard of Oz pic.twitter.com/sOkAjOJAUD
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映画化は、1936年に急逝したMGMの名プロデューサー、アーヴィング・G・タルバーグの後を継いだマーヴィン・ルロイの製作で、監督はヴィクター・フレミングが務めた。フレミングは『オズ~』と同時期に製作中の『風と共に去りぬ』(1939年)でも監督を務め(といっても両方とも前任からの引き継ぎだが)、『風と共に~』の方でアカデミー賞監督賞を受賞している。
Clark Gable, Vivien Leigh e o diretor Victor Fleming no set de "Gone with the Wind", clássico de 1939.🔥🎥#clarkgable #vivienleigh #victorfleming #gonewiththewind pic.twitter.com/FjDSuubJmz
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今ではスタンダードナンバーとなった「虹の彼方に」は、作曲が「ストーミー・ウェザー」で知られるハロルド・アーレン、作詞が当時彼とコンビを組んでいたエドガー・イップ・ハーバーグで、1939年のアカデミー賞歌曲賞を受賞。ジュディ・ガーランドを代表する名曲だが、14歳のドロシーが歌うには大人びていると編集でカットされたところ、曲を気に入っていたアーサー・フリード(MGMミュージカルを代表する名プロデューサー)の猛反対で元に戻されたという逸話がある。
Arthur Freed with Judy Garland pic.twitter.com/HbE5J28nOu
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では、簡単にあらすじを。――ドロシー(ジュディ・ガーランド)は、カンザスの農場でヘンリーおじさん、エムおばさん、農場を手伝うハンク(レイ・ボルジャー)、ヒッコリー(ジャック・ヘイリー)、ジーク(バート・ラー)と愛犬トトと暮らす14歳の少女。夢は、いつか田舎を出て、虹の向こうに行くこと。
ある日、意地悪な地主ガルチさん(マーガレット・ハミルトン)が足を噛んだと言ってトトを連れ去ろうとするので、トトを連れて家出を決意。だが、途中で出会ったインチキ占い師のマーヴェル教授(フランク・モーガン)から、「愛する人が泣いている、ベッドに倒れている」と告げられ、心配になって慌てて家へ戻るところに竜巻が襲来、家ごと吹き飛ばされてしまう。
着いたところは、こびとたちの国マンチキンランド。マンチキンたちは、悪い東の魔女が家の下敷きになって死んだと喜び、ドロシーを大歓迎。そこに優しい北の魔女グリンダ(ビリー・バーク)が現れ、ルビーの靴を与え、家に帰るにはエメラルド・シティの偉大な魔法使いオズ(フランク・モーガン)に会って頼めばいいと教える。
ドロシーがエメラルド・シティへの黄色いレンガの道をたどる途中、脳みそが欲しい案山子(レイ・ボルジャー)、ハートが欲しいブリキの木こり(ジャック・ヘイリー)、勇気が欲しいライオン(バート・ラー)と道連れになる。そんなドロシーたちを、東の悪い魔女を殺された妹の西の悪い魔女(マーガレット・ハミルトン)が復讐しようと付け狙い……。
すべてが奇跡のように成り立っていた映画
案山子、ブリキの木こり、ライオンを演じた3人は、いずれもボードビリアン出身の芸達者たちだ。ブリキの木こり役は当初バディ・イブセン(TVシリーズ<じゃじゃ馬億万長者>のジェス役で知られる)が演じていたが、メイクに使ったアルミニウム粉のアレルギーで降板し、ジャック・ヘイリーに交替した。ただし、歌の部分にイブセンの声が残っている(当時は歌を先に録音し、撮影は口パクで行ったため)。
ジャック・ヘイリーの息子でプロデューサーのジャック・ヘイリー・ジュニアが、ジュディの娘ライザ・ミネリの二番目の夫となったのも不思議な縁だ。バート・ラーが1967年に亡くなったとき、ちょうどラスベガス公演中だったジュディ・ガーランドは、“臆病ライオン”のために「虹の彼方に」を歌って彼を偲んだという。
Liza Minnelli and Halston celebrating her first wedding anniversary to Jack Haley, Jr., at Halston’s New York home, 1975. pic.twitter.com/cAqH8WK8tz
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グリンダ役のビリー・バークは舞台女優だったが、ジークフェルド・フォリーズで有名な興行師フローレンツ・ジークフェルドと結婚、引退していたところを、世界大恐慌でジークフェルドが破産し、女優にカムバックした。
Are you a good witch or a bad witch? -Billie Burke as Glinda, the Good Witch of the North in The Wizard of Oz pic.twitter.com/PawXHeVYUZ
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『巨星ジークフェルド』(1936年)ではジークフェルドをウィリアム・パウウェル、ビリー役をマーナ・ロイが演じ、レイ・ボルジャーが映画初出演している。最後に、愛犬トト役のケアーン・テリアのテリーについて。テリーという男の名前ながら、出演作20本以上という映画史上最も有名な雌犬である。
Terry the Cairn Terrier, who was Toto in 'The Wizard of Oz,' got paid $125 a week—which was $25 more than the Munchkins earned per week. #NationalDogDay pic.twitter.com/NQOv7sIOxS
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さて、改めて『オズの魔法使』を見てみると、すべてが奇跡のように成り立っていることが分かる。1935年に最初のテクニカラー作品『虚栄の市』が登場してから間もなくの製作で、カンザスをモノクローム、オズの国をカラーで撮るというフィルム節約のための苦肉の策も、演出上効果的だし、テクニカラー独特の発色のよさ、レンガの道の黄色、ルビーの靴、エメラルドの都などの色使いもファンタジックで美しい。
そして何と言ってもジュディ・ガーランドの「虹の彼方に」の名唱に尽きる。映画ファンならずとも、この曲が映画に残ったことをアーサー・フリードに感謝せねばならない。何度見ても素晴らしい、楽しい名作である。
文:齋藤敦子
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『オズの魔法使』
カンザスの農場に住む少女ドロシーは、家ごと竜巻に襲われ愛犬のトトと共に魔法の国オズへ運ばれてしまう。故郷へ帰るためオズの魔法使いが住むエメラルド・シティを目指す途中、脳を欲しがるカカシ、心を持たないブリキ人形、臆病なライオンが仲間に加わり、不思議な冒険を繰り広げる。
監督:ヴィクター・フレミング
原作:ライマン・フランク・ボーム
脚本:ノエル・ラングレー フローレンス・ライアソン エドガー・アラン・ウールフ
出演:ジュディ・ガーランド
バート・ラー ジャック・ヘイリー レイ・ボルジャー
ビリー・バーク マーガレット・ハミルトン チャーリー・グレープウィン
制作年: | 1939 |
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