“マシマシ”戦争スペクタクル
名作『男たちの挽歌』(1986年/製作総指揮)などで香港映画を牽引し、近年では『セブンソード』(2005年)を監督したツイ・ハーク、『ビースト・ストーカー/証人』(2008年)などでガンアクション演出が評価されているダンテ・ラム、『北京ヴァイオリン』(2002年)などの叙情的な映像表現が国際的にも高く評価されているチェン・カイコー。
『1950 鋼の第7中隊』は、この3人がタッグを組んで監督した上映時間175分という、ラーメンで喩えれば“マシマシ系”の超大作戦争映画です。
そしてアクションシーンの合間に挿入される、アメリカ映画はもちろん日本映画とも異なるエモーシャナル表現は、この映画の大きな見所です。
朝鮮戦争と中国人民軍
物語は、中国人民軍第7中隊中隊長の伍千里と弟の百里を軸に、朝鮮戦争に介入した中国軍とアメリカ軍(海兵隊)の最初の本格的激突となった長津湖(朝鮮半島北東部)の戦いを描いていきます。
1950年6月25日、北朝鮮最高指導者の金日成は、ソ連のスターリンと中国の毛沢東の軍事支援を後ろ盾に韓国侵攻を開始します。朝鮮戦争の勃発です。
奇襲効果で韓国を亡国一歩手前まで追い込んだ北朝鮮軍ですが、アメリカ軍を中核とした国連軍が結成され、9月15日にマッカーサー元帥の発案によるインチョン上陸作戦が成功すると形勢は逆転、北朝鮮軍は崩壊状態になります。韓国軍とアメリカ軍が38度線を越えて北進、中朝国境地帯に迫ると、今度は中国軍が介入してきます。米中直接対決を避ける方便として「義勇軍(ボランティア)」と呼称していましたが、実態は紛れもなく「中国軍」です。
ここから、この戦争は「北朝鮮」対「アメリカ(国連)」から「中華人民共和国」対「アメリカ」へとシフトしました。事実、現地入りした中国派遣軍司令官・彭徳懐は「この戦争は自分とマッカーサーの戦争だ。アナタは引っ込んでいるように」と金日成に言い放ったと伝えられています。
ロシアの現状から想起される最悪のシナリオ
『1950 鋼の第7中隊』はインチョン上陸作戦から開幕しますが、そこでマッカーサー元帥の姿がクローズアップされるのは、中国側視点では当然のことと言えましょう。では、なぜ中国は軍事介入したのでしょうか?
当時のアメリカにとって「中国(チャイナ)」とは国共内戦に敗北し台湾に脱出していた中華民国であり、また国連安全保障理事会の常任理事国5か国も米英ソ仏と中華民国でした(※注1)。圧倒的に劣勢だった当時の中国にとって、北朝鮮という緩衝地帯の維持のための軍事介入は、国家安全保障政策として至極真っ当なものだったと言えるでしょう。
でも政治力学的には正論とはいえ、参戦各国軍の合計死傷者240万人以上(うち中国軍の死傷者100万人)、民間人死傷者800万人以上という犠牲を出した軍事介入を、この映画のように「毛沢東主席の苦渋の決断」「中国人民は頑張った」でまとめられてしまうと、ちょっと鼻白んでしまう感はあります。
筆者はこの映画を観ていて、『1941 モスクワ攻防戦80年目の真実』(2020年)をはじめとする、あたかもナチスドイツとの戦争はロシアだけが戦ったかのように描かれた近年のロシア映画を連想しました。
そんなロシア映画の潮流のなかで(※注2)ウクライナ侵攻戦争が始まったことと、アメリカとの政治的・軍事的対立が構造として固定化するなかで「台湾“解放”」をスローガンとする習近平体制の現状を思い合わせて、「中国もロシアのように開戦?」という不安も感じてしまいました。
(※注1):1971年に中華人民共和国に取って代られ、代表権も失った。
(※注2):『戦争と女の顔』(2019年)、『親愛なる同志たちへ』(2020年)といった別の潮流も、またある。
日本兵器で戦う中国兵
読者諸兄姉には、中国兵が日本陸軍の三八式歩兵銃を手にしているのに注目して欲しいと思います。実際に国民党軍も共産党軍も、敗戦によって日本陸軍が大陸に残していった火器・弾薬(戦車も!)で武装していたのです。映画中盤以降になると、今度はアメリカ軍から鹵獲したM1ガーランド自動小銃やM1/M2カービンを使うようになってくるのも、史実を押さえた心憎い演出です。
その中国兵たちが、あたかも山津波のような人海戦術でアメリカ軍陣地突破を図るシーンはド迫力の一言。資料によると7万人ものエキストラを動員したとのこと。
けれどもCGで登場する艦艇や航空機の描写は、正直、残念なレベル。例えばF4Uコルセア戦闘機。その機数というか編隊の密度が現実離れした、悪い意味での漫画チックなものなのです。しかも、その動きが画面に奥行の感じられない紙芝居的なものなのはどうしたことか……。
中国では、これからも戦争映画が製作されるでしょう。その過程でCG演出が向上していくこともあるでしょうし、また、史実を冷静に見つめる感性が芽吹くことも、期待できるかもしれません。
文:大久保義信
『1950 鋼の第7中隊』は2022年9月30日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
『1950 鋼の第7中隊』
国共内戦後まもなく帰郷した人民志願軍・第9兵団 第7中隊長の伍千里(ウー・ジン)は、兄の百里が戦死したことを両親に報告する。戦争による軍の手当で彼は、両親に家を建てることを約束した。しかし中国が朝鮮戦争に参戦し、彼の休暇は取り消される。弟の万里(イー・ヤンチェンシー)は一緒に行きたいと言うが、千里はそれを許さなかった。
おりしも1950年9月15日。朝鮮戦争に介入した米軍を中心とする国連軍が仁川に上陸。前後して米空軍は敵の全地域を絨毯爆撃し、その脅威は中朝国境付近にまで迫っていた。千里が戻った第7中隊は、前線に無線機を届けるように指示を受けた。そこで兄を追って入隊した万里の姿を見つけ、彼は愕然とする。しかし万里の揺るがぬ意志を目の当たりにし、千里は彼に銃を渡すのだった。
だが彼らは列車での移動中に爆撃され、第7中隊は徒歩での移動を余儀なくされる。しかも隊は巡回中の米軍機と遭遇。兵士たちは遺体をよそおうも、機は容赦なく銃撃。万里と親しかった仲間がこの空爆で命を落とし、戦争の非情さを知るのだった。第7中隊は前線で束の間の休息をとるが、ほどなく長津湖に帰還するよう命令がくだる。しかし氷点下での行軍は過酷で厳しく、物資不足が兵士たちを苦境へと陥れる。さらには米軍の探知機が総司令部の場所を確認し、戦闘機で基地を爆撃する。そんな中、司令室にある重要な地図を取りに向かった一人の兵士が、被弾して命を落とす。その人物は劉という偽名で従軍していた、毛岸英だった。
岸英を失った悲嘆に暮れる間もなく、米軍への総攻撃が決断され、体制を立て直した志願軍新司令部は各軍を配置させ、第7中隊もそれに従った。そして11月27日の夕刻、長津湖を陣地とする、米第31歩兵連隊の掃討作戦が開始された。かくして、中国人民志願軍と米軍による「長津湖の戦い」の火蓋が切って落とされた―。
監督:ツイ・ハーク チェン・カイコー ダンテ・ラム
出演:ウー・ジン イー・ヤンチェンシー
ドアン・イーホン チュー・ヤーウェン チャン・ハンユー
制作年: | 2021 |
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2022年9月30日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開