阿部サダヲ✕水田伸生タッグ4作目
舞台・テレビ・映画とマルチに活躍する阿部サダヲが映画に初主演したのは『舞妓Haaaan!!!』(2007年)で、監督は水田伸生だった。どこにいても目立ってしまう阿部サダヲのキャラクターは、舞妓さんと野球拳をしたいという変な欲望に突き進むサラリーマン役にぴったりで、宮藤官九郎の脚本もあって、ヘンテコで楽しいコメディになっていた。
その後、阿部・水田コンビで、『なくもんか』(2009年)、『謝罪の王様』(2013年)の計3作を撮るが、いずれも脚本は宮藤官九郎。つまり、今までの3作は阿部・水田のコンビ作というより、宮藤を含めたトリオ作だった。しかし、今回の『アイ・アム まきもと』は違う。初めて宮藤官九郎から離れた、純粋なコンビ作なのだ。
実は『アイ・アム まきもと』にはベースになった作品がある。日本では2015年に公開されたウベルト・パゾリーニ監督の『おみおくりの作法』(2013年)である。イギリスの名脇役エディ・マーサンが、孤独死した人の葬儀を担当する公務員を淡々と演じていた。エディ・マーサンと言ってもすぐ顔を思い出せる人は少ないだろう。主演の『おみおくりの作法』を別にして、最も印象が強かったのはロバード・ダウニー・Jr.がホームズ、ジュード・ローがワトソンを演じた『シャーロック・ホームズ』シリーズ(2009年ほか)のレストレード警部役くらい。
マーサンはこれまで140本以上の映画・テレビに出演しているが、役に溶け込んでしまい、記憶に残らないタイプの俳優でもある。しかし阿部サダヲはまったく逆だ。どんな映画のどんな場面に出ていても“阿部サダヲだ!”と分かる(おそらく)日本一キャラが立った俳優だろう。なので、同じ話を映画にしても、こうもテイストが違うのかと思うくらい、まったく新しい映画になっていた。
最後の「おみおくり」を通して牧本の生活に色彩が生まれる
牧本壮(阿部サダヲ)は、緑に囲まれた庄内市役所(庄内町はあるが、庄内市は実在しない)に勤める公務員。福祉課の片隅にある“おみおくり係”唯一の職員として、様々な理由で孤独死した人々を、誠心誠意おみおくりすることが彼の使命だ。葬儀の参列はおろか、遺骨の受け取りさえ拒む家族を説得し、いつか気が変わる日を待って骨壺を机の回りに積み上げる日々。まわりの迷惑をかえりみない、ちょっとやりすぎな牧本流のおみおくりだが、これまでは寛容に受け入れられてきた。
そんな牧本の日常が突然終わりを告げる日が来る。新任の局長から、効率の悪いおみおくり係の廃止が言い渡されたのだ。それは、おみおくり以外に取り柄のない(やる気もない)牧本のクビを意味した。牧本はその日に持ち込まれた、孤独死した老人のおみおくりを最後の仕事として認めてもらう。それは、酔っ払っては周囲に迷惑をかけていた蕪木(宇崎竜童)という一人暮らしの老人で、偶然にも牧本のアパートの真向かいの部屋に住んでいた……。
映画の見どころは、牧本が蕪木の身元を調べていくうちに、彼を知る人々が語る蕪木の人生から、彼がとった迷惑な行動にも、彼なりの理由があったことが次第に分かってくるところだ。蕪木本人はラストシーンまで姿を見せないが、彼の人となり、彼の歩んだ人生が目に見えるように浮かびあがってくる。
逆に牧本は、蕪木と対照的な存在として描かれる。牧本と蕪木が向かい合う建物の向かい合う部屋で暮らしていたのは偶然ではない。蕪木の人生が明らかになるにつれ、彼を調査する牧本の人生の空白感が際立ってくる。牧本は地元の出身ではないし、家族も友だちもいない。余計なものが一切ない、がらんとした部屋で暮らし、縁もゆかりもない死者のおみおくりのために市役所に通う日々。モノトーンの部屋の唯一の色は飼っている金魚の赤だけだ。
そんな単調な人生が、蕪木の人生に関わることで少しずつ変わってくる。蕪木の娘の塔子(満島ひかり)と知り合い、彼女と触れあうことで、彼の生活に色彩が生まれる。死が訪れるまで互いの存在を知らなかった牧本と蕪木の人生が、最後に偶然のように交差し、そして思いがけない結末へと導かれていく……。
故人だけを見つめる牧本のやりすぎパワー&ハイテンションの理由
葬式から始まる映画といえば、黒澤明の名作『生きる』(1952年)を思い出す。実直な市民課長(志村喬)がなぜ死んだのか、その生前の物語が回想で語られる(ノーベル賞作家カズオ・イシグロ脚本、ビル・ナイ主演でリメイクされ、2022年1月に開催されたサンダンス映画祭でワールド・プレミア上映された)。
Netflixで配信中の韓流TVシリーズ『ムーヴ・トゥ・ヘブン:私は遺品整理士です』(2021年)は、遺品整理を仕事とするアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症の一種)の主人公ハン・グル(タン・ジュンサン)が、卓越した記憶力を発揮して、死者の思いを遺された縁者に届ける感動のドラマだった。
『アイ・アム まきもと』の牧本壮と『ムーヴ・トゥ・ヘブン』のハン・グルとの違いは、グルが死者と生者の間に立って両者を繋ぐ役割を果たしているのに対し、牧本の心は常に死者の方だけを向いていることだろう。基本的に牧本は死者をおみおくりすること以外は目に入っていない。他人の迷惑をかえりみない、彼のやりすぎパワーとハイテンションの裏には、常に死を見つめる意識がある。そんな暗くて明るい牧本を阿部サダヲが実に的確に演じている。
しかし、たまたま牧本の最後の仕事が蕪木になったのは本当に偶然だろうか。蕪木の人生を調査する過程で、蕪木の娘と知り合ったのは本当に偶然だろうか。この世の偶然を神が用意した必然だとしたら、ラストシーンの意味が心に深く刺さってくる気がする。
文:齋藤敦子
『アイ・アム まきもと』は2022年9月30日(金)より全国公開
Presented by ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
『アイ・アム まきもと』
小さな市役所に勤める牧本の仕事は、人知れず亡くなった人を埋葬する「おみおくり係」。故人の思いを大事にするあまり、つい警察のルールより自身のルールを優先して刑事・神代に日々怒られている。ある日牧本は、身寄りなく亡くなった老人・蕪木の部屋を訪れ、彼の娘と思しき少女の写真を発見する。一方、県庁からきた新任局長・小野口が「おみおくり係」廃止を決定する。蕪木の一件が“最後の仕事”となった牧本は、写真の少女探しと、一人でも多くの参列者を葬儀に呼ぶため、わずかな手がかりを頼りに蕪木のかつての友人や知人を探し出し訪ねていく。工場で蕪木と同僚だった平光、漁港で居酒屋を営む元恋人・みはる、炭鉱で蕪木に命を救われたという槍田、一時期ともに生活したホームレス仲間、そして写真の少女で蕪木の娘・塔子。蕪木の人生を辿るうちに、牧本にも少しずつ変化が生じていく。そして、牧本の“最後のおみおくり”には、思いもしなかった奇跡が待っていた。
監督:水田伸生
脚本:倉持裕
製作総指揮:ウィリアム・アイアトン 中沢敏明
原作:ウベルト・パゾリーニ
出演:阿部サダヲ 満島ひかり
宇崎竜童 松下洸平 でんでん
松尾スズキ 坪倉由幸
宮沢りえ 國村隼
制作年: | 2022 |
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2022年9月30日(金)より全国公開