伊坂幸太郎の小説「マリアビートル」を大胆に翻案したブラッド・ピット主演映画『ブレット・トレイン』が、2022年9月1日に劇場公開を迎える。日本要素をポップに昇華した世界観も話題を呼んでいる本作には、真田広之をはじめとする日本のクリエイターが多数参加した。
劇中の音楽も、そのひとつ。坂本九の「上を向いて歩こう」、カルメン・マキの「時には母のない子のように」といった名曲が使用されているほか、女王蜂のアヴちゃんがビージーズの「ステイン・アライヴ」を日本語でカバー。オリジナル楽曲「キル・ミー・プリティ」を歌う奥田民生らと共に、超高速列車で繰り広げられる殺し屋たちのバトルを大いに盛り上げている。
サービス精神満載の本作を手掛けたのは、『デッドプール2』(2018年)ほか数々の人気作で知られるデヴィッド・リーチ監督。このたび、来日した彼とアヴちゃんの対談が実現した。
「『ブレット・トレイン』の中に、もしこんな女子高生がいたらカッコいいな」というコンセプトでスタイリングした衣装で登場したアヴちゃんとリーチ監督は、初対面ながらさっそく意気投合。ふたりのクリエイター対談を余すところなくお届けする。
ふたりの創作姿勢に通じる「大胆に挑む」
―まずは、リーチ監督に質問です。「ステイン・アライヴ」のカバー版を劇中で使用することになったきっかけを教えて下さい。
リーチ:もともと「ステイン・アライヴ」をかけたいとは思っていたのですが、レディバグ(ブラッド・ピット)や暗殺者たちの活躍と共にビージーズの原曲を流したら、あまりにも“普通”だなと思ったんです。もっとポップなものにして、観客が「バイオレンスはあれど、この映画は楽しんでいいんだ!」と思えるような入り口を作りたいと考えました。
そこで、作曲家のドミニク・ルイスを通じて何人かのアーティストにデモテープを送ってもらいました。「ステイン・アライヴ」の新しい解釈を求めていたのですが、その中にとびぬけて素晴らしいアーティストがいたんです(と、アヴちゃんを紹介する)。
アヴちゃん:嬉しい!(ガッツポーズ)
リーチ:聴いた瞬間に、アヴちゃんしかいない! と感じました。原曲にリスペクトをはらいつつ、現代的なアプローチでより若い観客にも響くようなバージョンにしてくれている。今回の映画にもぴったりでした。
―アヴちゃんは、どのようなご準備をされてオーディションに挑んだのでしょう。
アヴちゃん:まずオーディションのお話をいただいたときに、とても嬉しいとともに競合相手がいま日本で乗りに乗っている方々だったので、自分が選ばれるビジョンが浮かばなかったんです。そんななかで、いただいた楽曲にどうトライしていくか。自分としては「こうした方がいいんじゃないか」と考えながら、臨みました。
―「いつもと違う歌い方で臨んだ」とおっしゃっていましたね。
アヴちゃん:はい。歌い方も私であり、その上をいくような気持ちで思い切りやりました。やりすぎて「too much」として落ちるなら納得できるけど、縮こまって原曲通りにやったら私がこのオーディションに呼ばれた意味はない。受かったと聞いたときは、誇張ではなく涙しました。
リーチ:改めて、ありがとうございます。デモテープを聴いたとき、アーティストご本人としてのリアルさと、大胆なアプローチへの挑戦心の両方を感じました。アヴちゃんの本能は正しかったと思いますし、僕自身もクリエイターとして、普通は取らない大胆な選択をしていきたいと常々感じています。これだけ多くの監督や作品がひしめているなかで、リスクを取るくらいじゃないと観客には新鮮に響かない。
日本人自身が異世界的な日本を描いてきた
―『ブレット・トレイン』はまさに、大胆なアプローチが満載ですね。
アヴちゃん:私自身アクションを経験したことがありますが、そういった人間からすると「なんてリッチなアクションなんだろう!」と感じました。センスが良くて、流れも良くて「自分もアクションをしたい!」と思うくらい本当に素敵でした。
日本を誇張している部分ももちろんありますが、そもそも私たち日本人自身がアニメーションなど多くの作品で異世界的な日本を描いてきていますよね。そこにハリウッドの一流の方々が集い、面白い解釈がなされていて「こんな超高速列車に乗ってみたい」と思えました。そして何より日本愛にあふれた音楽のチョイス! 特にカルメン・マキさんの「時には母のない子のように」には「そこを選ぶか!」とグッときました。私はタランティーノ映画も日本の音楽の使い方が抜群だと思っているのですが、そのシナジーも感じましたし、日本の音楽が持つムードがすごく活かされていたと思います。
リーチ:すごく嬉しいです。僕たちは日本のポップなバージョンを作ったけれど、アメリカ人である自分の日本に対する解釈が受け入れてもらえるか、内心すごく怖かったから。
ただ、いまアヴちゃんがおっしゃったとおり、日本の方もアニメや漫画、音楽を通して誇張された日本を描いてきていますよね。『ブレット・トレイン』では僕たちの日本のポップカルチャーに対する愛を、リスペクトをもって描いたつもりです。だから、そう言ってもらえて良かった!(と胸をなでおろす)
アヴちゃん:海外の方々は「神様」という絶対的な存在を信じている方が多いかと思いますが、日本は妖怪やおばけなど、色々なものを全体的に信じているところがあります。幼少期からアニメに触れて育ってきた人も多いですし、その一人である私は、誇張されたジャパニズムをすごく面白いと感じました。
―リーチ監督はこれまで数多くの日本要素を含んだ作品に携わられてきましたが、それでもまだ「怖い」という感覚がおありなのですね。
リーチ:リスペクトしているし、自分の人生においても深い縁があるからこそ、その感情はありますね。
僕はアメリカの中西部の出身ですが、日本の文化に初めて触れたのはマーシャルアーツ(武芸)でした。そして、映画においてはウォシャウスキー姉妹の『マトリックス』(1999年)。このシリーズでふたりの日本文化に対する想いに触れたこと、そしてアニメスタイルを踏襲したアプローチに影響を受けました。
困難を与えることで魅力的なアクションが生まれてくる
―先ほどアヴちゃんがアクションのお話をされましたが、超高速列車の中という狭い密室空間にもかかわらずキレがあるというのは、本作の大きな特徴かと思います。
アヴちゃん:広いとごまかせることが、今回はそうはいかない。センスがすごく試されていると思います。流れもパーフェクトでした。
リーチ:確かに、広い場所でアクションをやる方が楽ではあるんですよね。でも今回は親密なキャラクターをベースにしたファイトシーンといいますか、アクションを通して「このキャラクターが誰であるか」を伝えていくし、ドラマも展開していくつくりを施しています。
アヴちゃん:列車の中は狭いけど世界としてはすごく大きくて、そのギャップが面白かったです。
リーチ:アクションのコレオグラファーとしては、ファイトシーンを構築していく際にあえて困難を与えていくんです。自分の限界と向き合わさせることによって、解決しなければいけないという状態に持っていく。『ブレット・トレイン』であれば、狭い空間でどう動くか。そのためにはまず、観客が2時間いても飽きないステージを作る必要が生じる。それぞれのアクションが違った雰囲気に見えるような車両を考えていきました。
新幹線の車両とは違ってサイケな車両もあれば、豪華なバーが設置された車両もある。エンジンルームも含めて、様々なステージがある方がキャラクターも転がしやすいし“道のり”ができて面白いんですよね。
アヴちゃん:あんな列車があったら、乗りたいです。
リーチ:作ったほうがいいですよね(笑)。
アヴちゃん:絶対に。搭乗員さんが「お飲み物は……」と勧めてくれるのもすごく良かったです(劇中では、福原かれんが演じている)。
何が起こるかわからない状態が、臨場感につながる
―アヴちゃんが惹かれたとおっしゃっていた“流れ”は、本作の軽快かつ臨場感あふれるテンポ感にも通じるかと思います。
リーチ:技術的な面の答えと、クリエイティブな面の答えがあります。技術面でいうと、超高速列車のセットの外にLEDスクリーンを設置し、『ブレット・トレイン』の世界での東京から京都に向かう道のりの映像を投影して撮影しました。列車の速度に合わせて高速で流れていくように調整しているため、実際には動いていませんがスピード感を体感できるのです。
そのことが、俳優たちにも臨場感をもって演じられる効果をもたらしました。これまでだったら、グリーンバックで演じるため想像力を駆使しなければならなかったのが、実際に風景が流れているなかで演じられるようになった。これは大きかったと思います。
クリエイティブな部分でいうと、演技や編集、そしてアヴちゃんたちが携わってくれた音楽の力を借りて、観客が現実逃避できるように作り込んでいきました。カメオ出演もあれば、感傷に浸るようなシーンの次にギャグシーンがあったり、次に何が起こるか全くわからないのが本作の特徴。それがスピード感や臨場感につながったのではないでしょうか。
―そういった“超エンタメ”に到達されるまでには、相当なご苦労があったのではないでしょうか。
リーチ:ええ、本当に……(笑)。大変でしたが、毎日様々なクリエイターとコラボレーションできることに喜びを感じてもいました。僕は「ステイン・アライヴ」を歌えないし、照明も作れない。ただ、演出ならできる。自分のもとに集まった美しいものたちを、己のプリズムを通してキュレーションできることは、自分にとっては楽しくて仕方がないんです。
アヴちゃん:監督って、大変なお仕事ですね……。
リーチ:でも、僕にとっては最高の仕事です!
―最後に、初対面のご感想を教えて下さい。
リーチ:(アヴちゃんに)お先にどうぞ(笑)。
アヴちゃん:(笑)。写真撮影もすごくフィットしてスッと臨めましたし、私自身も規模感は違えど自分で作ったものを世の中に出している者として、お話していて共鳴する部分がたくさんありました。
とてつもないハリウッド作品であり、多くの方の努力が結実した作品の監督とお会いできて、この距離でお話しできてとても刺激になりました。いつかまたお会いしてお仕事ができるように私も頑張っていこうと思います。
リーチ:僕も同じ気持ちです。ぜひまた一緒に仕事をしたいです。
アヴちゃん:やった! 英語を頑張ります。
リーチ:僕は日本語を頑張ります(笑)。
アヴちゃん:やさしい!
リーチ:僕もアヴちゃんに会えて、すごく満ち足りた気持ちです。作品を通して「素晴らしい方だろうな」と思っていたのが、実際お会いして「やっぱり!」という気持ちです。ありがとうございます。
アヴちゃん:こちらこそ、ありがとうございます!
取材・文:SYO
撮影:白井晴幸
『ブレット・トレイン オリジナル・サウンドトラック』
デジタル版:2022年08月05(金) 発売
国内盤CD:2022年09月21日(水)発売
SICP-6472 2,400円+税
『ブレット・トレイン』は2022年9月1日(木)より全国公開
『ブレット・トレイン』
世界で最も運の悪い殺し屋レディバグ。謎の女性から電話越しにブリーフケースを奪うよう指令を受けたレディバグは、気合たっぷりに<東京発・京都行>の超高速列車に乗り込む。しかし、それは彼にとって人生最悪な120分の始まりだった。次々と乗りこんでくるキャラ濃すぎの殺し屋たちが、全く身に覚えのないレディバグに襲い掛かる。簡単な指令を果たしてすぐ降りるだけの任務のはずだったのに…… 時速350kmの車内で繰り広げられる、決死のバトル! 予期せぬ最悪が折り重なり、終着点・京都に向けて<絶望>が加速する――
原作:伊坂幸太郎「マリアビートル」(角川文庫刊)
監督:デヴィッド・リーチ
脚本:ザック・オルケウィッツ
出演:ブラッド・ピット
ジョーイ・キング アーロン・テイラー=ジョンソン
ブライアン・タイリー・ヘンリー、アンドリュー・小路
真田広之 マイケル・シャノン ベニート・A・マルティネス・オカシオ
サンドラ・ブロック ローガン・ラーマン ザジー・ビーツ
マシ・オカ 福原かれん
制作年: | 2022 |
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2022年9月1日(木)より全国公開