日本の夏といえば怖い話! 怪談! というわけで、数多ある日本製怪談映画から、配信で手軽に観られるクラシック3本を温故知新な気分でチョイス。どれもがレジェンド級の作品なのですでに観たことがある人も多いと思いますが、もうすでに色々大変な2022年の今観ると、また違った視点で観ることができるはず……。
お岩さんよりクズ男が怖い!『東海道四谷怪談』
1959年に公開された中川信夫監督作。怪談といえば「四谷怪談」というぐらい知られていますが、“怪談映画”といえば本作の名が挙がります。ストーリーは「伊右衛門という男が、妻であるお岩を惨殺。お岩は復讐を果たすべく幽霊となって伊右衛門の前に現れる」ということはよく知られている通りで、これを鶴屋南北という歌舞伎作家がアレンジを加えてひとつ作品に仕上げたのが「東海道四谷怪談」。本作の原作です。
なんとこの作品、以前に20回も映画化されていて、本作が「四谷怪談」初のカラー作品。というわけで、気合十分に赤や青のどぎつい照明が岩のただれた顔面をギラギラと照らすわけです。で、あっち向けば岩がバーン! こっち向けば岩がドーン! という具合に観客を追い込むパワー系演出が炸裂しっぱなし。そして2022年6月に逝去された大作曲家・渡辺宙明が担当する音楽も冴えわたり、さらには歌舞伎「東海道四谷怪談」での大きな見せ場、戸板の裏表にそれぞれ遺体がくくりつけられているという設定で、ひっくり返すと別の遺体になっているという一人二役が可能となっている「戸板返し」もしっかり映像化されています。
しかし改めて、なによりも注目してしまうのが男たちのクズっぷり。伊右衛門(天知茂)以下出てくる男たちの、肉欲の前では倫理観が一瞬で溶けて消える様が凄まじいこと……。むしろいちばん怖いのは男たちでしょう。男全員が脳髄まで粉々にされて当然というクソ具合ですが、復讐譚でもカタルシス皆無でただただ哀しい結末を迎えます。
和洋折衷な見世物拷問宗教映画『地獄』
『地獄』(1960年)は厳密には怪談映画とは言えないのですが、中川信夫監督作『東海道四谷怪談』を挙げたからにはセットで観たい同監督・同主演の作品。
大学生の清水(天知茂)は、ある日を境に同級生・田村(沼田曜一)になぜか付きまとわれ、次々と周りの人物が死んでいく……という、あらすじとして書くとどこか掴みどころがない作品。それもそのはず、鬼も閻魔大王も登場する仏教の八大地獄の映像化! という大胆コンセプトでブチ上げられた夏の夜の花火。
ダンテの「神曲 地獄編」のような地獄めぐりという語り口で、清水につきまとい悪の道へ誘惑する田村はゲーテ「ファウスト」におけるメフィストフェレスだったりの和洋折衷仕様……というのもカオスっぷりなのですが、もちろん針山地獄や皮剥ぎ拷問シーンなど目を見張る見せ物的な見どころも豊富に取り揃えてあるのでご安心を。
そして観終われば前半の現世パートも含めて殺人、不倫、復讐、近親相姦と「生きるも地獄、死ぬも地獄」でグッタリ。「地獄」を創造した宗教の役割とは何なのか? なんて考え込んでしまうほど、世界に誇れる日本の宗教映画なのではないでしょうか。
日本映画黄金期! 世界が絶賛した『怪談』
『人間の條件』(1959~1961年)や『切腹』(1962年)などの名匠・小林正樹が小泉八雲の著作4篇を映画化したオムニバス作品で、1963年のカンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞した『切腹』後、1965年に2年越し2度目の受賞&アカデミー賞外国語映画賞にノミネートという、海外での評価的にもエライこっちゃな作品。なお、1964年のカンヌ国際映画祭は安部公房原作・勅使河原宏監督の『砂の女』が審査員特別賞で、1965年には市川崑の『東京オリンピック』も他賞を受賞、というやたら日本映画が強い時代でした。
4篇の合計上映時間は途中休憩を挟みつつ183分という大作で、撮影、音楽、セット、俳優、編集などなど映画を構成するすべての要素が渾然一体となって、恐怖以上に気品あふれる逸品となっています。そして4篇の内訳は……男の裏切りに女の怨念が爆発する「黒髪」、男の不用意な発言が不幸を招く「雪女」、全身般若心経というナイスビジュアルがやっぱり怖い「耳無芳一の話」、そしてなにか理由があって未完で終わった作品という、その構成自体が不条理な恐怖となっている「茶碗の中」。ちなみに作品の選定と脚本は、成瀬巳喜男監督の『浮雲』(1955年)などで知られる脚本家・水木洋子によるもので、本稿執筆のために観直した際、その手腕がもっとも発揮されているのは「雪女」だと思いました。
怪談の定番「雪女」で何を描こうとしたのか?
木こりの与作は吹雪の夜に山で遭難し、同行していた叔父が目の前で雪女に殺されてしまいます。そして雪女は与作に「今夜のことを誰にも言ってはいけない。誰かに言ったら命はない」と脅して去っていくのでした。それからしばらく経ち、与作は美しい女と出会って結婚。子供も授かり幸せに暮らしているある晩、ふいに昔のことを思い出した与作は妻に、雪女に関するエピソードトークを披露。すると妻は「その雪女は私だ」といきなりカミングアウトし、「子供がいなければお前を殺していた」と去ってしまうのでした。
この話、一見すると雪女との約束を破ったから去っていってしまっただけなのですが、雪女は「誰かに言うな」と言っていたわけで、当の本人に言ってるから別にいいのでは? とも思うわけです。では、なぜ雪女は去ってしまったのか。実は与作、意気揚々とエピソードトークの披露中に「お前みたいに色白で……お前を別として、あんな色の白い美しい女に会ったことねぇもん」と惚けヅラで抜かすんですよね。おそらく雪女が去ることを決意したのはその時でしょう。たった一言で良好だった夫婦関係があっけなく終わることもある。そんなようなことを水木洋子は「雪女」で描こうとしたのではないでしょうか……。
というわけで、駆け足で3本を紹介しました。信じられないほど暑い2022年の怪談シーズンに大昔の怪談映画でも観ながら、いま何がどう怖く感じるか? を考えてみるのも一興かもしれません。どの作品も死生観や宗教観からジェンダーの問題まで、視点次第で今日的なテーマをいくらでも見つけ出すことができますし、人によっては思いもよらない部分で恐怖することがあるかもしれませんから……。
文:市川夕太郎
『東海道四谷怪談』『地獄』『怪談』はAmazonプライムほか配信中