もっと“ホラー”になるはずだった『ハムナプトラ』
現在「ミイラ映画と言えばこれ」というポジションに位置している映画作品といえば、間違いなく『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(1999年)が挙げられるだろう。
しかし、そもそもこの映画がユニバーサルのホラー映画の名作『ミイラ再生』(1932年)のリメイク企画から生まれたということは、あまり知られていないのではないか。冒険活劇的な『ハムナプトラ』だが、当初はかなりホラーテイストの強い企画だったのだ。
監督候補に挙がったのは、以前から『ミイラ再生』をリメイクしたいと熱望していた『ゾンビ』(1978年)のジョージ・A・ロメロ。彼の案は、女性のエジプト研究家を主人公にして、前世のビジョンや転生、現代医学の観点からミイラを描くなど意欲的な物だったが、「ダークで暴力的だ」と、もっとカジュアルな映画を求めていたスタジオ側に拒否されてしまう。
https://twitter.com/MarshallJulius/status/1286585239209476097
『ヘル・レイザー』(1987年)の原作者、クライヴ・バーカーも企画に参加していた。彼の案は、博物館のミイラの頭部をカルト教団が奪還して怪物を復活させようとするというもの。こちらも面白そうだが「怖すぎる」とボツになってしまった。
Concept sketches by Clive Barker for his proposed 1990s remake of THE MUMMY (images 1 and 2), and his most famous character, Pinhead, from HELLRAISER. pic.twitter.com/vkJKHhcP2y
— WEIRDLAND TV (@WeirdlandTales) August 21, 2020
また、『グレムリン』(1984年)などのジョー・ダンテ監督案もあった。ミイラ役はダニエル・ディ・ルイスで、元ネタのラブストーリー的側面に注目した作品だったが、これまたスタジオに却下された。『エルム街の悪夢』(1984年)のウェス・クレイヴン監督案もあったのだから、当初はいかにホラー寄りの企画だったかがわかる。
Coinciding with our online-only auction of an original 1932 film poster for the Hollywood classic The Mummy, which is now open for bidding, we sat down with horror legend and Gremlin's director Joe Dante to talk film posters and growing up a monster kid: https://t.co/GMYZ11kTlu pic.twitter.com/tUcqUPanE5
— Sotheby's (@Sothebys) October 11, 2018
そこで白羽の矢が立ったのが、巨大怪物ホラーの快作『ザ・グリード』(1998年)を手がけたスティーヴン・ソマーズだ。ソマーズも8歳の時に『ミイラ再生』を見て、こんな映画を作りたいと思っていた。しかし、クラシックな包帯姿のミイラをソマーズは好まず、ホラーテイスト以外にコミカル要素も入れたいと思っていた。
そしてキャスティングだ。主人公リック役には、マット・デイモンやマシュー・マコノヒー、カート・ラッセルなど様々な案があがった。レオナルド・ディカプリオも演じたがっていたが、『ザ・ビーチ』(1999年)があり実現しなかった。なんとシルヴェスター・スタローン案もあったそうだ。そこに『ジャングル・ジョージ』(1997年)で成功したブレンダン・フレイザーが候補にあがる。
ソマーズはこの作品の主役は快男児のエロール・フリン的な人物、もっと言うと“あまり物事を深刻に受け止めない”キャラにしたいと思っていたので、彼に決めた。ヒロイン、イブリン役のレイチェル・ワイズは当て書きだ。ソマーズはレイチェル・ワイズを『スカートの翼ひろげて』(1998年)での存在感を見てキャスティングしたという。
Catherine McCormack, Rachel Weisz, and Anna Friel in The Land Girls (1998) pic.twitter.com/YLrlycbw0p
— Frame Found (@framefound) October 1, 2020
砂漠での超過酷撮影! キャストは誘拐保険に加入
砂漠の撮影には危険が付き物だった。舞台となるエジプトが政情不安定だったので、撮影は他国、モロッコなどで行われた。それでも撮影中に軍の警護がつき、キャストは皆、誘拐保険に入ったそうである。
サハラ砂漠での撮影では、脱水症状を防ぐため、スペシャルドリンクを2時間ごとに飲み、砂嵐にもたびたび見舞われた。ヘビ、クモ、サソリなどに刺されたスタッフが続々と空中搬送されたりと、かなり過酷なものであったようだ。
衣装は、舞台となる時代1923年当時の、まだブランドなど存在していない時代で、手作り感のある服を選んだ手間のかかったものだ。そんな中、エキストラが着ている外套の中には、『スターウォーズ エピソードIV/新たなる希望』(1977年)でオビ=ワン・ケノービが着ていたものも混じっていたそうである。
もちろん、<ILM>による映像特殊効果も本作の特筆すべきポイントだ。CG、特殊技術も満載だが、まだCG過渡期のため、様々な現場での苦労が伝えられている。
最初にミイラに遭遇するシーンでは、CGのため、どんな姿をした怪物なのか見ながら撮ることはできなかったため、代わりに遭遇するはずのミイラの写真を見ていた。リックがイブリンを助けるためにミイラの群れと格闘するシーンでも、独り相撲で奮闘している所に後からCGで敵を加えているのだ。
意外な特殊効果としては、銃の発砲シーンだ。砂漠の撮影の最大の問題は、銃が作動不良になってしまうこと。というわけで砂漠の発砲シーンは、すべてILMの仕事である。
より大きなスケールで『インディ・ジョーンズ』シリーズ(1981年~)と『アルゴ探検隊の大冒険』(1963年)を足したような作品を目指していたソマーズだけに、アヌビス神の巨大な像が襲いかかってくる、というレイ・ハリーハウゼンのコマ録り巨大生物的なシーンも予定されていたが、予算や技術の都合でカットになってしまった。
テレビ放送も事前に考慮! でもプレミア上映でファラオの呪いが……
ILMの中には以下のような“スティーヴン・ソマーズ・スケール”というジョークがあった。
①:撮影に必要なレベルのSFX
②:コンピューターが何とか実現可能なレベルのSFX
③:コンピューターが壊れるレベルのSFX
④:ソマーズが望むレベルのSFX
……そんなジョークが残っているくらい、CGを使って何ができるのかを作り手が把握しきれていなかった、まだまだ手探りの過渡期だったのだ。
ただし特殊効果に頼らず、実際に撮影しているシーンも実は多い。探検隊が大量のネズミやイナゴにたかられるシーンは100%本物。イナゴは撮影の瞬間までおとなしくしているように冷蔵庫に入れられていた。同様にやり直しのきかないシーンとしては、図書館内がドミノ倒しのように倒壊する大惨事のシーンも1テイク。準備に丸1日かかるからミスは許されなかった……という苦労も伺い知ることができる。
イムホテップが片腕で生け贄を持ち上げるシーンは、持ち上げられる側の役者はリンゴ箱に乗っている。かつて『シェーン』(1953年)で主演のアラン・ラッドの背の低さをカバーしたとも言われる古の技術が、CG満載の本作で使われているとは思わなかった。
ホラーというよりはアクション/アドベンチャー的な映画にするため、特殊エフェクトや演出もゴアやグロテスクさより、ハラハラドキドキの怖さ中心になった。これは明らかに大ヒット映画を作るためのレーティング対策であった。それは女性キャラの肌の露出などにも現れており、イブリンがまとう白いガウンはPG-13を獲得するために着せている。さらに、TV放映バージョンのために、肌も露わな女性神官アヌク・スーには、身体にビキニペイントを施したバージョンまで撮られた。
全年齢的になったものの、一応“ミイラの呪い”的な描写も実は残っており、メガネを探すキャラクターが後に目を失ったり、虫が嫌いなキャラが虫にたかられたりと、後の運命が暗示されている。プレミアの際に機材トラブルでうまくかからなかったとき、キャストやスタッフたちは有名な“ファラオの呪い”を想起し、「この映画も呪われているのでは」と内心思っていたそうだ。
ソマーズ監督ならではの陽性のホラー×アクション
結果、『ハムナプトラ』は大ヒット。公開初日には、すでにユニバーサルからソマーズに続編のオファーがあったという。その後もブレイク前のロック様を起用した『スコーピオン・キング』(2002年)といったスピンオフ作品を含み、『ハムナプトラ』ユニバースは拡大していく。
2004年にはユニバーサルスタジオに、1作目と続編『ハムナプトラ2/黄金のピラミッド』(2001年)を基にしたアトラクションができたが、案の定、長蛇の列。並んだ人々が待ち時間の長さに、まるで映画内の信者たちのように「イム・ホテップ! イム・ホテップ!」と叫んでいたそうである。
そうして大ヒット監督となったソマーズだが、『ハムナプトラ』の後、吸血鬼やフランケンシュタインなどのモンスター映画をアクションコミック仕立てで立ち上げ、『ヴァン・ヘルシング』(2004年)を皮切りに「三部作だ!」と勢い込んでいたものの、果たせずに終わる。
ソマーズはアトラクション・ライド「リベンジ・オブ・ザ・マミー」の演出監督も務めたりと、『ハムナプトラ』案件で十分に稼げたということもあるのかもしれない。だが彼の演出が一世を風靡した時代は確かにあったし、彼特有のどこか陽性のアクション世界には、必ず需要はあるはずだ。
Happy Birthday to Stephen Sommers, writer-director of Deep Rising (1998), The Mummy (1999), The Mummy Returns (2001), Van Helsing (2004) and Odd Thomas (2013). Other directorial credits include The Jungle Book (1994) and G.I. Joe: The Rise of Cobra (2009) 🎂 pic.twitter.com/OHN8YQWZhF
— Horror31 🎃 (@Horror31) March 20, 2022
なにげに以降も『G.I.ジョー』(2009年)や、ディーン・R・クーンツ原作/アントン・イェルチン主演のホラーヒーローコメディの快作『オッド・トーマス 死神と奇妙な救世主』(2013年)など、手堅く作品は作り続けているソマーズ。現在は、なんとSFクラシック大作『地球最后の日』(1951年)のリメイクを準備中。『ミイラ再生』を『ハムナプトラ』として現代に蘇らせたソマーズの手腕が再び見られるかもしれない。実に楽しみである。
文:多田遠志
副音声でムービー・トーク!『ハムナプトラ 失われた砂漠の都』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年7月18日(月)21時より放送
『ハムナプトラ 失われた砂漠の都』『ハムナプトラ2 黄金のピラミッド』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「ハムナプトラ イッキ観!」で2022年7月放送
『ハムナプトラ 失われた砂漠の都』
砂漠の奥地に眠る死者の都“ハムナプトラ”。そこには、生きながらミイラ化されるという極刑に処された魔術師が眠っていた。3000年の呪いから解き放たれ、強大な悪の力を持ったミイラが蘇る!
監督・脚本
スティーヴン・ソマーズ
出演者
ブレンダン・フレイザー
レイチェル・ワイズ
アーノルド・ヴォスルー
ジョン・ハナー
制作年: | 1999 |
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CS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年8月放送