“生涯の代表作”と出会うタイミング
ある俳優にとって、“生涯の当たり役”なり、“一世一代の代表作”と出会えるかどうかは、もちろんその俳優の力量という基本的な裏付けがあるにはせよ、かなりの部分運に左右される。もちろん、中にはとうとうそういった“代表作”と呼べるものに出会うことなくキャリアを終える俳優たちだってたくさんいる。その意味で、誰もがそのスターの代表作として思い浮かぶような作品を持っていることは幸せなことに違いない。
だが、生涯の代表作に“出会う時期”が、そのスターのキャリアにとってどういう時期なのかによって、その意味合いはまったく違ったものになってしまう。今回は、スターが“生涯の代表作”に出会う時期を三つのパターンに分けて考えてみたい。
マーロン・ブランドにデニス・ホッパー…キャリア停滞期からの大復活
ゲイリー・クーパーにとっての『真昼の決闘』(1952年)のウィル・ケイン保安官役、マーロン・ブランドにとっての『ゴッドファーザー』(1972年)でのヴィトー・コルレオーネ役、そしてデニス・ホッパーにとっての『ブルーベルベット』(1986年)のフランク・ブース役などは、いずれも映画ファンの多くが彼らの“代表作”として記憶している。
もちろん、クーパーは『ヨーク軍曹』(1941年)でもオスカーを受賞しているし、ブランドといえば『乱暴者(あばれもの)』(1953年)や『波止場』(1954年)を思い浮かべる人だっているだろう。ホッパーだって監督兼助演の『イージー★ライダー』(1969年)のほうが一般的なのではと思う人もいるだろう。……だが、やはり視覚的なイメージとしては、ケイン保安官、ヴィトー、フランクが彼らの俳優としてのイメージと直結して記憶されていると思う。
この三例の共通点は、いずれの場合もスターとしての人気が明らかにも下り坂となり、落ち目の俳優と思われていた時期にそれぞれの作品に出演し、一躍大復活を遂げたという点。クーパーは非米活動調査委員会での友好的証人としての出廷で男を下げ、それまで27万5千ドルが基準だった自身のギャラを6万ドル(プラス作品がヒットした場合の歩合年)に引き下げての出演だった。また、ブランドのスター・ヴァリューは1960年代に入って下降線の一途を辿っており、ギャラも下落し、オーディションによって何とか役にありついたのがヴィトー役で、ホッパーに至ってはアルコール&ドラッグ中毒の影響で完全に表舞台から消えていた末のカムバックだった。
面白いのは、クーパーが50歳、ブランドが47歳、ホッパーが50歳と、ほぼ人生の同じような時期にそれぞれにとっての“代表作”と出会って復活を遂げたこと。――クーパーはその後60歳で死んでしまい、ブランドは『地獄の黙示録』(1979年)と『白く乾いた季節』(1989年)を除くとお金の為だけのような映画に出続けた。ホッパーは『パリス・トラウト』(1990年)や『エレジー』(2008年)など時々いい映画もあったが、その後は三人ともそれぞれの“代表作”を超える役柄にはめぐり合わずにキャリアを終えている。
Dennis Hopper, born on this day (17 May, 1936)
— World Cinema (@WorldCinemania) May 17, 2020
'Easy Rider' (1969)
'Apocalypse Now' (1979)
'Rumble Fish' (1983)
'Blue Velvet' (1986) pic.twitter.com/wp4pj7k8fi
『アラビアのロレンス』に“出会ってしまった”ピーター・オトゥール&オマー・シャリフ
一方で、映画俳優としてのキャリアの最初期に“生涯の代表作”に出会ってしまうパターンもある。その場合、容易に想像がつくことだが、最初のイメージが強すぎて、その後のキャリアを規定してしまい、あるいは常に「最初のあの役と比べるとワン・ランク落ちるな」と思われてしまったりして苦労することが多い。
デイヴィッド・リーン監督畢生の大作『アラビアのロレンス』(1962年)でタイトル・ロールを演じたピーター・オトゥールは、そんなケースの代表格かもしれない。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで数々の舞台をこなしていた名優オトゥールだが、映画に関してはいくつかの映画で小さな役を演じただけで、ほとんど誰にも知られていない段階でロレンス役に大抜擢され、そのイメージは生涯彼から離れることがなかった。
その後も『冬のライオン』(1968年)、『チップス先生さようなら』(1969年)、『ラ・マンチャの男』(1972年)など代表作と言える作品は実はかなりあるのだが、最後の最後まで「『アラビアのロレンス』を演じたピーター・オトゥール」のまま生涯を終えたと言ってよい。
実は、『アラビアのロレンス』にはもう一人、その役によって運命を決定づけられた俳優が出ている。それがオマー・シャリフで、彼はエジプト生まれのエジプトの俳優として1955年のデビュー以来アラブ映画界ではスターだったものの、当然ながら西側の映画業界ではアラブ映画界などまったく未知数だったから、ハリウッドやイギリス(『アラビアのロレンス』はイギリス映画)では、これが全くの初お目見えだった。
『アラビアのロレンス』でベドウィン族長アリを演じた彼は、70ミリの大画面に砂漠が映し出されている中、遠くから蜃気楼に揺られながら画面手前に向って歩いてきて、やがてその姿がクリアーに見えてくる、というこれ以上ないくらいに印象的な登場の仕方で映画ファンの脳裏に焼き付いた。しかし、その後は同じくデイヴィッド・リーンの『ドクトル・ジバゴ』(1965年)や『ゲバラ!』(1969年)のタイトル・ロールで気を吐いたものの、やはり西側でのデビュー作でのインパクトの強さが生涯付いて回った感がある。
キャリアの晩年に“集大成”を遺したハリー・ディーン・スタントン&リチャード・ファーンズワース
俳優としての長いキャリアの最後の最後で、その人の人生そのものを彷彿とさせるような役で作品に主演する、というのは、ある意味でいちばん幸せな締めくくり方に違いない。そして、その作品が後々「あの人の“生涯の代表作”は、最後に主演したあの作品だよね」と映画ファンたちに言われるとしたら、本当に「お見事!」というほかない。
そんなケースとしてすぐに思い浮かぶのが、長年脇役として映画に出続けてきたハリー・ディーン・スタントンが、俳優人生の最後に“ほぼ初めての主役”として出演した『ラッキー』(2017年)のケースだ。
『暴力脱獄』(1967年)、『ゴッドファーザーPARTII』(1974年)、『エイリアン』(1979年)、『レポマン』(1984年)と印象に残る役の数々を演じてきたスタントンだが、主役という点では一応『パリ、テキサス』(1984年)という名作中の名作がある。――だが、『パリ、テキサス』の場合、スタントン演じるトラヴィスひとりが主役なのではなくて、元妻役のナスターシャ・キンスキー、息子役のハンター・カーソン、弟役のディーン・ストックウェルら複数の登場人物ひとりひとりが、それぞれに主役であった印象が強い。
その意味で、スタントンのために充て書されたような脚本に基づく『ラッキー』は、彼にとっての“ほぼ初めての主役”だと思うのだ。そして、人生の終焉を意識し始めた主人公をひょうひょうと演じたスタントンは、まさしく『ラッキー』への出演を終えて、その日本公開を待たずして91歳で亡くなった。
一方、そのスタントンが演じる老人が心臓発作を起こしたと聞き、長年疎遠になっている不仲の兄弟が時速8キロの芝刈り機に乗って350マイルの距離を訪ねていく物語『ストレイト・ストーリー』(1999年)では、リチャード・ファーンズワースがこちらも最後の死に花を咲かせたことで記憶されている。
ファーンズワースは1930年代から西部劇でのスタントマンとして仕事をしてきた苦労人だが、やがて俳優として小さな役を演じるようになり、63歳のときに『グレイフォックス』(1983年)で初めて主演を演じ、以後はまた小さな役に戻って俳優を続けていたのだが、デヴィッド・リンチが79歳の彼を主役に抜擢し、『ストレイト・ストーリー』を監督。結果はニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞の受賞、アカデミー賞主演男優賞ノミネートと、まさに“生涯の代表作”をものにした。しかし、既に癌に身体がむしばまれていたため、ファーンズワースはこの作品を置き土産にショットガンでの自死を選んだのだった。
曲者俳優ウド・キアー(77歳)は2022年に主演最新作『スワンソング』で咲く!
さて、長いキャリアの最後になっての“生涯の代表作”というパターンになるのではないか、というケースの新作が一本あるので紹介したい。――それは、2022年で77歳になるドイツ出身の曲者俳優ウド・キアーの、ここへ来てのまさかの主演作『スワンソング』(2021年製作)だ。
ウド・キアーといえば、1970年代初めの頃に奇妙な映画ばかりに出ていた二枚目だが曲者俳優、という印象が強い。具体的には、アンディ・ウォーホルの商業映画進出後の二作品、『悪魔のはらわた』(1973年)、『処女の生血』(1974年)や、『O嬢の物語』(1975年)などが思い浮かぶのだが、ウォーホルの二作品で演じた役柄はそれぞれフランケンシュタイン男爵とドラキュラ伯爵だったし、その後も切り裂きジャックやジキル博士、アドルフ・ヒトラーのような、尋常ではない役ばかりを演じてきた人だ。
そういえば最近見かけないけれど、どうしているのかな? と思っていた矢先に、引退したゲイのヘアメイク・ドレッサーという“らしい”役柄で、しかも77歳にして堂々たる主演としての新作公開のニュースにちょっとびっくりした。
実話に基づいているというこの作品、エイズが社会問題化した1990年代に表舞台からの撤退に追い込まれた主人公が、老人ホームで不本意なリタイア生活をしていたところを、かつての顧客でエイズ蔓延を境に自分と距離を置くに至った資産家の女性の友人の死をきっかけにカムバックする――という内容で、こんな役はまさにウド・キアー以外になかなか似合う人はいないだろうというくらいのはまり役だ。
実際、タイトルとなっている「スワンソング」というのは、白鳥がこの世を去る時に最も美しい声で歌う、という伝説から取られているそうで、演じるウド・キアーも、起用したトッド・スティーブンス監督も、まさに最後の死に花を咲かせるという意識でいることは明白だ。……だが、人生100年時代。ハリー・ディーン・スタントンのように90歳になっても現役でいられる人もいるのだから、ウド・キアーにもこの素晴らしい作品のあとにも、さらに“生涯の代表作”を塗り替えていってもらいたいところだ。
文:谷川建司
『アラビアのロレンス』『ゴッドファーザー』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年7月放送
『スワンソング』は2022年8月26日(金)よりシネスイッチ銀座、シネマート新宿、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開