新たな鬼才が放つ「映画愛」と「ジャンル映画の挑戦」
『ミッドサマー』(2019年)などで知られる映画スタジオ<A24>から鮮烈なホラー映画が再び登場だ。2022年7月8日公開の『X エックス』は、70年代スラッシャー映画の傑作にオマージュを捧げつつ、現代の観客にもフレッシュな衝撃を与える一作。巨匠スティーヴン・キングや『ベイビー・ドライバー』(2017年)のエドガー・ライトもその完成度に惚れ込み、A24は3部作でのシリーズ化に早くもゴーサインを出した。
舞台は1979年のテキサス。女優のマキシーンとマネージャーのウェインら、映画づくりに熱意を燃やす男女6人が撮影のために農場を訪れた。彼らはここでポルノ映画を撮ろうとしていたのだが、一同を待っていたのは不気味な老人ハワードと妻のパール。若者たちはハワードに導かれて納屋で撮影を始めるが、彼らが足を踏み入れたのは、史上最高齢の“殺人鬼夫婦”が暮らす家だったのだ……。
『悪魔のいけにえ』(1974年)など往年のホラー映画を思わせる設定の中、予測不能な展開と過激な描写が連続し、懐かしくもスタイリッシュな映像表現が観客を引き込む。まさしく真夏にピッタリの“エクストリームライド・ホラー”たる本作を監督したのは、A24が抜擢した注目株タイ・ウェスト。このたびBANGER!!!では、「映画製作についての映画を作りたかった」という監督の映画愛やホラーへのこだわり、本作での挑戦をじっくりと聞いた。
ホラーとポルノで「映画製作」を描く理由
―『X エックス』は若者たちが殺人鬼に襲撃されるホラー映画ですが、映画を作る夢を抱いた人々の物語でもあります。どのようにストーリーを着想したのでしょうか?
もともとは映画製作についての映画を作りたいと思っていたんです。けれどもホラー映画を作る人たちの物語にするのはあまりにもメタすぎるし、ハリウッドの大作映画を作る人たちの話も――僕はそういう映画に詳しくないので――やりたくなかった。そんなことを考えていた時、映画製作についての映画なら、僕自身が取り組んできた映画づくりについても考えてもらえるのではないかと思いました。
僕が興味を惹かれたのは、ホラー映画とポルノ映画が常にアウトサイダー・ジャンルとしての共生関係にあったことです。どちらも低予算で作れるし、スター俳優も必要ないし、大がかりな宣伝もいらない。映画を作ったら、グラインドハウス・シアター(※)やドライブインシアター、ポルノ映画館などで作品を観客に直接届けることができます。70年代、ホラーとポルノはよく似たプロセスで自主的に作られていました。また、当時の成人映画は現代とは異なり、セックスシーン以外は普通の映画のように作る必要があったんです。
ホラーもポルノも、ハリウッドの映画ビジネスとは無関係だったけれど、挑戦すれば成功のチャンスはあった。そしてどちらのジャンルも、常に人々の関心を集めながら、同時に“賢い人たち”から見下される存在でした。こうした共生関係を利用すれば、現代の観客にも(映画製作の)技術的な面を含めてきちんと届けられるのではないかと考えたのです。
(※)1960~70年代にアメリカに多数存在した、低予算のB級映画を2本立てで上映する映画館のこと。
―映画製作を描くにあたり、監督ご自身の経験も反映されたのでしょうか?
少しは反映されたかもしれませんが、そこは大きな問題ではありません。むしろ大切だったのは、野心あふれる人々が協力しようとしていながら、その野心に見合った力がないという状況を描くこと。彼らの挑戦には限界があり、彼らの実力にも限界があるけれど、それでもできるかぎりのことをしようとしているんです。
僕が魅力を感じるのは、成功するかどうかにかかわらず、野心をもって困難に挑む人たち。だから今回は、力を合わせてとんでもないことに全力投球する人たちを描きたいと思いました。そうすることで登場人物に共感してもらえるのではないか、また映画製作がいかなるものかを知ってもらえるのではないかと思ったんです。この映画が観客に新たな視点を提供できたとしたら、それは登場人物のおかげですね。
―監督の過去作『サクラメント 死の楽園』(2013年)もドキュメンタリーの撮影クルーを主人公にした「映画製作についての映画」であり、本作と同じく宗教の要素もありました。『X エックス』と『サクラメント 死の楽園』はどのように差別化しましたか?
『サクラメント 死の楽園』はリアリズムについての映画だったので、すべてをきちんと現実的に描き、目の前の状況に対峙させることが大切でした。現実に起こったかもしれない出来事の内側を覗くような感覚を与えたかったんです。けれども『X エックス』は映画製作についての映画なので、観客はこの映画を観ながら「これは映画なんだ」とわかっている。これが最も大きな違いだと思います。
ジャンル映画だからこそ描けるもの
―これまで数々のホラーを作られているほか、前作『バレー・オブ・バイオレンス』(2016年)では西部劇にも挑戦されました。監督にとってジャンル映画の魅力とは?
先ほどもお話ししたように、僕は映画製作に心から敬意を抱いています。ジャンル映画には、そういう映画製作の技術をよりじっくりと体験できる余地があると思うんです。僕が愛する「映画製作」とは、演技のことであり、撮影のことであり、音楽や衣裳、美術、特殊効果、メイクのこと。それらすべてが非常に高いレベルで実現された作品を僕は愛しています。
たとえばロマンティック・コメディの場合、演技などいくつかの部分は楽しめるかもしれないけれど、ジャンル映画ほどその魅力を味わうことはできません。けれども、時にジャンル映画はその限界を超えていく。ひとりの作り手としては、そうやって小さな世界を造り上げ、その中に観客を引き込むことに面白さを感じるんです。
―それはジャンル映画に対する観客の予想を裏切ることも含まれるのでしょうか? たとえば本作の場合、70年代のホラー映画らしさを少なからず期待されるように思います。
そうですね、特定のジャンルの範疇に収まらないのは良いことだと思います。あるジャンルの中に完全に収まる映画を作ってしまったら、それは過去に観たことのある映画だということ。だから僕は新しい道を探したいんです。ジャンル映画には落とし穴があって、それは「70年代のホラーだから、あれをやって、これをやればいいんだ」という風に考えてしまうこと。今回はそんな中に新たなものを取り入れたいと思いました。
―70年代のポルノやホラーに許されていた倫理観と、現代の映画に求められる倫理観はどうしても異なると思います。バランスを取ることの難しさはありませんでしたか?
そのことはあまり考えませんでした。なるべく70年代に忠実に描きたかったし、そのことが登場人物やストーリーに説得力を与えると思っていたからです。だからこそ、とんでもない物語ですが、現代の倫理観とバランスを取ろうとはしませんでした。登場人物には全員異なる倫理観があり、それらが互いにぶつかり合います。その中には現代に通じる倫理観もあれば、今では時代遅れのものもあるのです。“倫理観”をそういう意味合いで捉えてみても、彼らの衝突は見ていて面白いですよね。
ホラーと人間ドラマの両立、ジャンル映画の刷新
―本作はホラー/スラッシャー映画ですが、登場人物の心理的なドラマが丹念に描かれています。被害に遭う若者たちだけでなく、殺人鬼のパールやハワードを含めて。
ダークでツイストの効いた映画ながら、観客には登場人物に共感してほしいと思いました。彼らの行動をすべて許し、そこに共感することはできないにせよ、彼らの抱く感情には共感できる部分があっていい。若者がよりよい人生を願い、また老人が若かりし頃に戻れればと願うことは普遍的に共感を呼ぶものです。全員がそのことに共感してしまうのもどうかとは思いますが、少なくとも僕たちはそこに人間らしさを感じ取ることができる。たとえそれが超常現象や怪奇現象から生まれてくるものであっても、です。
―登場人物に共感するほど、彼らの死は観客の心を揺さぶることになります。本作は人がバタバタ死ぬ映画ですが、彼らの死に方も物語にきちんと関連づける意図があったのでしょうか。
多くの登場人物はそれぞれのキャラクター性に関係する形で終わりを迎えますし、劇中にはその伏線をたくさん張っています。まあ、殺人シーンの数々は映画が終わると忘れられてしまうものなんですが……。とはいえ僕の願いは、観客が「この人たちに死んでほしくない」と思えるような人物を描くこと。それが映画のサスペンス性や物語の重みを生むからです。観客が映画に没入し、「この人は重要だから死なないはずだ」と考えてくれれば、いざその人が死んだ時に「どうなるのかさっぱりわからない」という気持ちにさせることができる。この映画では、そういう緊迫感を全編に与えることがひとつの目標でした。
―物語の時系列をほんの少しだけずらしたり、ジャンプスケア(※急な大効果音や映像で観客を驚かせる手法)に工夫が凝らされていたりと、編集のこだわりも印象的でした。編集作業はどのようなプロセスでしたか?
編集作業自体はいつも通りに取り組みましたが、これが映画製作についての映画である以上、今回は観客にも映画の編集について考えてほしいと思いました。観客はふだん編集について考えないもので、世の中には「編集に気づかない映画は良い映画。そのことを考えずに済んだのだから」という褒め言葉さえあるほど。けれど、編集に気づく映画にも良い作品はあります。
今回の編集では、観客を不愉快にはさせないまでも、おなじみの(映画としての)快適さに収まることがないよう心がけました。それはちょっとした新鮮さを加えることで編集について考えてもらうこと、そういう方法によって映画の作風で遊ぶことです。映画にはいろんなことができるのに、過去と同じことを何度も繰り返している作品も多いですよね。この映画はそうなってはいけない、と自分自身を戒めました。
―『X エックス』は3部作だそうですが、2~3作目はどんな映画になるのでしょうか?
現時点で言えることは、あまりないんです。2作目は『X エックス』の60年前を舞台に若い頃のパールを描く物語で、今回とはまるで違うタイプの作品です。映画は完成しており、今年(2022年)公開されるので(編注:米国公開)、そう遠くないうちに新たな情報が発表されるでしょう。けれども僕としては、それまで可能な限り秘密を守っておきたいんですよ。
取材・文:稲垣貴俊
『X エックス』は2022年7月8日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
『X エックス』
1979年、テキサス。女優のマキシーンとそのマネージャーで敏腕プロデューサーのウェイン、ブロンド女優のボビー・リンとベトナム帰還兵で俳優のジャクソン、そして自主映画監督の学生RJと、その彼女で録音担当の学生ロレインの3組のカップルは、映画撮影のために借りた田舎の農場へ向かう。彼らが撮影する映画のタイトルは「農場の娘たち」。この映画でドル箱を狙う――。6人の野心はむきだしだ。
そんな彼らを農場で待ち受けたのは、みすぼらしい老人のハワードだった。彼らを宿泊場所として提供した納屋へ案内する。一方、マキシーンは、母屋の窓ガラスからこちらを見つめるハワードの妻である老婆パールと目があってしまう……。
そう、3組のカップルが踏み入れたのは、史上最高齢の殺人夫婦が棲む家だった――
監督・脚本:タイ・ウェスト
出演:ミア・ゴス
マーティン・ヘンダーソン ブリタニー・スノウ
ジェナ・オルテガ オーウェン・キャンベル
スコット・メスカディ スティーヴン・ユーア
制作年: | 2022 |
---|
2022年7月8日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開