珠玉の“いいとこ取り”アクション映画
『ニキータ』に『イコライザー』、そして『007』。本作『マーベラス』はそれらを“いいとこ取り”したような珠玉のアクション映画だ。だっていま挙げた名作に参加していた(あるいは企画に関連のある)当人たちが作っているのだから!
主演はマギー・Q。彼女が演じるのは凄腕の殺し屋アンナ。知力も身体能力もズバ抜けた超一流のプロフェッショナルだ。実際にベトナムにルーツを持つマギー・Qが、30年前の少女期――1991年ベトナムの都市ダナンで受けた壮絶な運命を抱え、烈しい怒りと哀しみを内に込めた、タフでクールなヒロイン像を体現する。身寄りのない美貌の暗殺者という設定は、彼女が2010年から2013年にかけて主演した米国のテレビシリーズ『NIKITA/ニキータ』の応用形と言えるもの。これはもちろんリュック・ベッソン監督の1990年作品『ニキータ』のリメイクだ。
さらにサミュエル・L・ジャクソンが、アンナの父親代わりの恩人、暗殺者業の師匠でもあるベテラン工作員のムーディに扮する。アンナとムーディの信頼関係は、同じベッソン監督でもむしろ1994年作品、『レオン』のマチルダ(ナタリー・ポートマン)とレオン(ジャン・レノ)に近いかもしれない。
普段のアンナは一般人を装って、ロンドンで暮らしている。職業はブックセラー。高価な希少古書を扱う専門店の経営者だ。ある日、彼女の店に現われるのが、謎めいた男レンブラント。演じるのは、名優マイケル・キートン。若き日に『バットマン』シリーズ(1989年・1992年/監督:ティム・バートン)で主演を張り、初代ブルース・ウェイン役を務めた“元スーパーヒーロー俳優”でもある。
まだ互いの正体を明かしていないアンナとレンブラントは、やたらマニアックなヴィンテージ古書についての会話を交わす。例えば1838年に刊行されたオーデュボンの博物画集「アメリカの鳥類」。のちの博物図鑑に多大な影響を与えた大判本で、もはや現存する初版は世界に一冊のみ。ちなみに2004年に起きた本書盗難事件を扱った映画が『アメリカン・アニマルズ』(2018年/監督:バート・レイトン)だ。さらには作家エドガー・アラン・ポーが無名時代、1827年に自費出版した詩集「タマレーン」について。レンブラントが店を去り際に“かつて泉があり、あまたの美しい花が咲き誇った”とその一節を暗唱すると、アンナは“だがそれを育てた娘はすでに亡い”と続ける。
こういった文芸趣味は、脚本を務めたリチャード・ウェンクの個性が全開。『イコライザー』シリーズ(2014年・2018年/監督:アントワーン・フークア)でも、デンゼル・ワシントン扮する表向き一般市民を装った殺し屋マッコールが読書家の設定だった。彼は亡き妻が挑戦していた<読むべき100冊>を読み進めることを日課としている。ヘミングウェイの「老人と海」、セルバンテスの「ドン・キホーテ」、ヘッセの「シッダールタ」、プルーストの「失われた時を求めて」等々……。
今回の『マーベラス』では文学ネタにとどまらない。例えば療養中に誕生日を迎えたムーディに、“アルバート・キングも弾いた”というエレキギター、1958年製のフライングVをアンナが贈る。わずか2年足らずで生産期間を終えた伝説のレアモデルだ。脚本家ウェンクが仕掛ける“ヴィンテージ小ネタ”の数々は、ディテール描写の豊かな本作において特に魅力的なポイントと言えるだろう。
マーティン・キャンベル監督の対応力と安定度の高さ
そして監督を務めたのは、英国きってのベテラン娯楽映画職人、マーティン・キャンベル(出身はニュージーランド)。1943年生まれだから、今年で79歳になる。米国のマイケル・マン監督と同い年だ。
テレビシリーズと劇場用映画の双方に渡って長年活躍し続けてきたキャンベル監督のフィルモグラフィには、忘れ難い傑作がたくさん並んでいる。例えばBBCの全6話ミニシリーズ『刑事ロニー・クレイブン』(1985年)や、その卓越なセルフリメイク映画『復讐捜査線』(2010年)など……。とりわけ有名なのは『007/ゴールデンアイ』(1995年)と『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)だろう。英国が誇る老舗シリーズ『007』の歴史の中で、主人公ジェームズ・ボンドが交替するタイミングの重要作を2回も手掛けた。
シリーズ第17作『007/ゴールデンアイ』ではボンドの上司「M」役に、初の女性となるジュディ・デンチが起用されたことが話題となり、第21作『007/カジノ・ロワイヤル』では第6代目ボンドに良い意味で野卑な味のあるダニエル・クレイグを迎え、「完璧ではないボンド」の破れ目だらけの姿をハードなタッチで描いた。こういったモデルチェンジの際に登板していることからも、キャンベル監督がいかに信頼されているか――その対応力と安定度の高さがよくわかる。
もちろん『マーベラス』でもキャンベル監督の腕前は健在。拷問など陰惨なシーンも登場するが、それでも痛快さや爽快さを失わない。まずは『007』に通じる、世界を股にかけたロケーションの素晴らしさ。本作は新型コロナウイルスによるロックダウンの前にイギリスで撮影された最後の作品でもある。東欧ルーマニアの首都ブカレストの風景も美しく、特に1989年まで同国を率いた独裁的な権力者、ニコラエ・チャウシェスクの私邸での撮影は白眉。
シンプルな娯楽作ながら「知の奥行き」に満ちた映画
アクション演出の生命線となるのは緩急の見事さだ。マギー・Qの動きのスピード、静から動へのダイナミズムなど完璧。序盤から、それまでプールで優雅に泳いでいたルーマニアの殺人王に近づき、スマートフォンに仕込んだ飛び出しナイフで頸動脈の走る首をぶっ刺す! 手下も含めて一瞬で皆殺し。付け入る隙がない華麗なアクションに痺れてしまう。さらに彼女は全編、ラフな普段着からドレスやスーツ、ライダースなど、ファッション・ショーさながら色々な衣装で登場する。
このゴージャスな洒脱さは音楽の使い方にも発揮されている。筆者が本作で最も好きなシーンは、後半、アンナとレンブラントが一対一の室内乱闘を繰り広げるところ。レンブラントがアンナを押したはずみでオーディオプレーヤーのスイッチが入る。そこから流れてきたのは、俳優としても知られるソウル・ミュージシャン、アイザック・ヘイズの1975年の名曲「That Loving Feeling」。決死の状況にまるで不似合いな曲調の甘いラブソング。この官能的なメロウネスに誘われるように、二人はいつしかベッドへ――。
ハードボイルドな緊張感と、絶妙に脱力したユーモアが交差するのも本作の特徴だ。例えば終盤、ムーディが銃を手に、巨悪の“ボス”を相手にこうのたまう。
単なる悪人は日々悪事を隠そうとする。隠さないのは性根の腐った人間だ。それが俺。邪悪な人間は? 奴らはまったく違う生き物なんだよ。奴らは悪が正しいと思ってる。そこが俺とあんたの大きな違いだよ。俺はただの悪人だ。罪を償いたいだけ――。
この長台詞はサミュエル・L・ジャクソンのセルフ・パロディではないか?『パルプ・フィクション』(1994年/監督:クエンティン・タランティーノ)でジャクソン扮する殺し屋ジュールスが、人を殺す前に旧約聖書のエゼキエル書25章17節を暗唱するシーンを露骨に連想させるのだ。
一見、シンプルな娯楽作品に仕立てられた『マーベラス』だが、実は「知の奥行き」に満ちた映画で、掘れば掘るほど様々な情報とリンクし、過去の映画の記憶とも重なっていくのである。まさにマーベラス(驚くべき)な一本!
文:森直人
『マーベラス』は2022年7月1日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
Presented by REGENTS
『マーベラス』
裏社会で長年トップクラスの暗殺成功率を誇ってきたアンナとムーディ。師弟コンビとして親子の様な絆で結ばれた二人だったが、ある日、ムーディが何者かに惨殺されてしまう。復讐に乗り出したアンナの前に現れたのは、ターゲットの護衛を請け負ったプロのセキュリティ、レンブラントだった。敵対関係のはずのアンナに、意外にもソフトな物腰で迫る、底知れない魅力を持ったレンブラント。復讐に燃える暗殺者vs完璧を追求する護衛者。超一流の知力とスキルを駆使した戦いには、予測不可能な結末が待っていた……。
監督:マーティン・キャンベル
脚本:リチャード・ウェンク
出演:マギー・Q マイケル・キートン サミュエル・L・ジャクソン
制作年: | 2021 |
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2022年7月1日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開