フィンランド対ソ連「継続戦争」とは
2019年に全国劇場公開された『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』が、48分の未公開シーンを追加した180分のオリジナル・ディレクターズ・カット版となって再び劇場公開されます。
「継続戦争」を描いたこの作品(原題『TUNTEMATON SOTILAS〈名もなき兵士〉』)は、フィンランド本国では1955年と1985年にも制作されていて、3度目にあたる今回は、フィンランド独立100周年にあたる2017年に本国で公開されました。
そして2022年5月、フィンランドは隣国スウェーデンと歩調を合わせるように、NATO/北大西洋条約機構加盟を表明しました。
第二次世界大戦以降、ソ連・ロシアと欧米諸国の間で絶妙のバランス外交を続けてきたフィンランド、200年以上も武装中立が国是だったスウェーデン、その両国が大きく舵を切らねばならないほど、プーチン政権ロシアのウクライナ侵攻は衝撃的だったわけで、まさに時宜に適った再公開と言えるでしょう。
冬戦争から継続戦争へ
第二次世界大戦勃発から3か月後の1939年11月、ソビエト連邦はフィンランドに領土割譲などを一方的に要求、拒否されるとこれまた一方的に軍事侵攻を開始しました。
これが「冬戦争」です。国際連盟はソ連を侵略国家として除名しますが、大戦が始まっていたこともあって直接的な軍事介入はできません。
小国フィンランドは、大国ソ連に蹂躙されて全土が併呑されてしまう……と誰もが思いました。ところがフィンランドは地の利を生かして勇戦し、ソ連軍に戦死者20万名とも30万名とも言われる大打撃を与えますが、結局は国力(物量)に押されてしまい、国土の十分の一をソ連に割譲して講和しました。
この冬戦争を描いたのが傑作戦争映画『ウインター・ウォー/厳寒の攻防戦』(1990年)で、こちらも劇場公開版とオリジナル・ディレクターズ・カット版があります。
そして1941年6月に独ソ戦が勃発すると、独ソ両国に巻き込まれるかたちでフィンランドは領土奪還戦争、いわゆる「継続戦争」を開始します。
本作は要所要所で地図を示して情況説明という、継続戦争を知らなくても理解できる親切な構成となっています。その説明が英語なのは、自分たちの歴史を世界各国に伝えようとする姿勢の表われだと思います。
兵士目線戦争映画の傑作
映画は、継続戦争の経緯を縦軸にフィンランドの人々の人生を横軸に、そして戦闘シーンをアクセントにして進みます。この戦闘シーンが、あくまで最前線の将兵の目線に撤した、まるで自分が現場にいるような臨場感なのです!
とくにフィンランド歩兵がソ連軍塹壕を手榴弾とSMG(サブマシンガン)で掃討していくシークエンスは迫力で、その描写は塹壕戦の教範に使えるクオリティの高さ。手榴弾はドイツ式の柄付き手榴弾M41で、これは破片ではなく爆風で殺傷する攻撃型手榴弾です。さらに「カサパノス」と呼ばれる柄付き梱包爆薬も各種が登場。
SMGはフィンランド国産のスオミKP31。KP31は『戦争のはらわた』(1977年)で有名なPPSh41に似ていますが、冬戦争でSMGの有効性を思い知らされたソ連軍がKP31を参考に開発したのが、PPSh41なのです。そのKP31は、史実通りに71発ドラムマガジンと50発並列複合マガジンの両方を使っているという凝りようです。
さらにはガンマニア界では有名な、ラフティ自動装填式対戦車ライフルでT-34戦車を狙い射つシーンもあります。そのT-34は1941年のシーンではT-34/76が、そして44年には ちゃんとT-34/85が登場するのだから、考証はバッチリです。
銃撃戦のさなかに、戦死したソ連兵の懐(ふところ)からパンを見つけたフィンランド兵がごく自然な仕草で食べちゃう場面が挿入されているのも、実戦の雰囲気を盛り上げてくれます。
これらの戦闘描写の連なりのうちに、戦場での勝敗を決するのは兵力と火力であり、戦争を決するのは外交であるという真理が見えてきます。軍事は政治戦略に従属するという、古今東西不変の原則を忘れたか無視するかして破滅した昭和の日本軍の失敗を思い返さずにはいられません。
時代を越えた、名もなき人々の叙事詩
兵器や戦闘シーンだけではありません。職業軍人の行動様式、町の暮らし、土地と共に生きる農民の生き方etcが、追加されたシーンによって決して大仰になることなく、けれども力強くかつ儚く浮かび上がってきます。本作は兵士目線の戦争映画であると同時に、世界大戦に巻き込まれた名もなき人々の物語でもあるのです。
高緯度地域である北欧特有の薄明るい夏の夜空、薫るかのような森の緑、白一色となり空気まで凍りそうな冬の風景等々の自然描写も美しく、スクリーンで鑑賞すべき映画だと思います。
文:大久保義信
『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場 オリジナル・ディレクターズ・カット版』は2022年6月11日より新宿K’sシネマで公開
『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』はAmazon Primeほか配信中
『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場 オリジナル・ディレクターズ・カット版』
本作の原作である小説「アンノウン・ソルジャー」は“フィンランドでは知らない者がない“ヴァイニョ・リンナの戦争文学の傑作で、作者本人が経験したフィンランドの戦争=継続戦争の戦場の実相を赤裸々に描いたものである。1955年、1985年、そして本作が同じ原作で3度目の映画化となる。
継続戦争とは、第二次世界大戦中の1941年から44年にかけて、フィンランドとソ連の間で戦われた戦争である。継続戦争に先立ち1939年から40年にかけて、ソ連によるフィンランドへの侵略、いわゆる“冬戦争”が戦われた。この戦争でフィンランドは敗れ、1941年にドイツがソ連へ侵攻。それに呼応して、フィンランドはソ連との戦争を再開した。ドイツとともにソ連に侵攻したように見えるが、フィンランドの立場からすれば、ドイツとは別の戦争、すなわち冬戦争の継続であるとして、継続戦争と呼ぶ。
本作品は、この戦争に参加した一機関銃中隊に配属された熟練兵ロッカを主人公としている。ロッカは家族と農業を営んでいたが、冬戦争でその土地がソ連に奪われたため、領土を取り戻し元の畑を耕したいと願っている。そのほかに、婚約者をヘルシンキに残して最前線で戦い、ヘルシンキで式を挙げてすぐに戦場へとんぼ返りするカリルオト、戦場でも純粋な心を失わないヒエタネン、中隊を最後まで指揮するコスケラ、この4名の兵士を軸に進んでいく。
原作者ヴァイニョ・リンナ自身の経験から、第8歩兵連隊がそのモデルと言われる。第8歩兵連隊は継続戦争勃発を前に編成され、緒戦は冬戦争で失われた旧フィンランド領土ラドガカレリアの奪還を行い、東カレリアに侵攻、ペトロザボーツクを占領している。その後はスヴィル川の防衛線につき、1944年6月のソ連軍の大攻勢を受け止め、最後はヴィープリの防衛戦に投入された。
映画は連隊の行動に沿ってその描写が進められている。冬戦争の犠牲を背景にした、フィンランド国内の厭戦的で旧領回復の願望とのアンビバランツな雰囲気、戦争の進展により旧国境を越えることに対して侵略者とされる理不尽。最後にはソ連軍の圧倒的な戦力によって再び戦争に敗れる痛み、これらが戦争の進展に従い赤裸々に描き出されている。「アンノウン・ソルジャー」はこうしたフィンランド民族が背負った歴史の重い十字架そのものを描写しているのである。
監督:アク・ロウヒミエス
脚本:アク・ロウヒミエス ヤリ・オラヴィ・ランタラ
原作:ヴァイノ・リンナ
出演:エーロ・アホ ヨハンネス・ホロパイネン アク・ヒルヴィニエミ
ユッシ・ヴァタネン ハンネス・スオミネン アルットゥ・カプライネン
パウラ・ヴェサラ サムエル・ヴァウラモ
制作年: | 2017 |
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2022年6月11日より新宿K'sシネマで公開