2004年に『オールド・ボーイ』でグランプリを受賞して以来、カンヌの常連であるパク・チャヌク。新作『Decision To Leave(英題)』(別れる決心)は、ある変死事件の被害者の妻であり、容疑者となった中国人女性(タン・ウェイ)に、不眠症の刑事(パク・ヘイル)が心惹かれていくというミステリーであり、複雑かつ奇妙で、美しいラブストーリーだ。タン・ウェイとパク・ヘイル、二人の演技の素晴らしさにも圧倒される。
―今回、お互いに配偶者がいる男女のラブストーリーにしたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
パク・チャヌク:映画を作るにあたり、アイデアが二つあったんです。まず一つは、とても心優しい刑事のお話。もう一つは、『霧(アンゲ)』という歌です。この歌は韓国では誰でも知っている歌で、女性が歌うバージョンと、男性バージョンがあるんです。その男女2つのバージョンを使って恋愛映画を作る、というアイデアがありました。どちらも霧の街を舞台したいなとは思っていたんですが、当初このアイデアは別々の作品として考えていました。でも今回、共同で脚本を書いたチョン・ソギョンに話したところ、二つを合わせてみてはどうか、と言われて、現在の形になったんです。
―『霧』(アンゲ)は、1967年にシン・ソンイル主演、キム・スヨン監督で映画にもなっていますね。あの映画でもこの曲が印象的に流れていましたが、その影響もあったんですか?
パク・チャヌク:あの映画の主題歌として作られたのが、この『霧』(アンゲ)という歌なんですよ。でも、その映画を観たのは、この脚本を書いた後だったので、映画そのものから何か影響を受けたわけではないんです。あくまで、この歌ですね。オリジナルは女性歌手のチョン・フニで、彼女のデビュー曲として大ヒットし、その後も色々な人にカバーされています。男性バージョンもあるので、エンディングでは両方使いました。
―この映画は愛についてのミステリーだと思いますが、あなたにとって“愛“とは?
パク・チャヌク:私の人生は、作品と重なってはいません。映画を通して自分の人生を語る監督もいますが、私はそういうふうには映画を作らないんです。“愛”とは二人の人間の関係であり、人は愛を通して自分のあり方を示すものだと思います。そして人間という生き物の種の特徴は、愛があるときに如実に現れるものなんです。
―刑事と容疑者の関係は、とても不思議です。
パク・チャヌク:刑事だけでなく、時には容疑者である彼女の方が質問することもある。視線を交わし、一緒に食事をし、テーブルをきれいにする。取り調べ室で、この刑事は彼女に歯ブラシを渡す。彼のそうした行為はすべてキャラクターの一部であり、とても親切な刑事であることを示しています。そして刑事だから、彼女をずっと見張っているわけですが、その行為は嫌がらせとも言えます。でも、彼に見張られているおかげで、彼女はとても守られているように感じているんです。
―ポスターのキーイメージも、刑事の部屋の壁紙も、どこか北斎の浮世絵を思わせるビジュアルですが、それはどういう意図でしょうか?
パク・チャヌク:映画にとって、ビジュアル・イメージはとても大切です。海や波のイメージに、北斎の有名な絵を思い出すのはよくわかります。ただ、私が当初、波のイメージを描こうとした時、全く北斎のことは考えてもいなかったんです。
―二人の関係には、どこかヒッチコックの『めまい』(1958年)や、増村保造の『妻は、告白する』(1961年)を思わせます。
パク・チャヌク:どちらも好きな映画ですが、全然、作っている時は全く思いつきませんでした。それよりも、『氷の微笑』(監督ポール・ヴァーホーヴェン/1992年)のことは、考えていました。容疑者と恋に落ちる刑事の話ですから。さらにいえば、アントニオーニやヴィスコンティもイメージにありました。もちろん、ヒッチコックから私が強い影響を受けているのは確かです。
―脚本について教えてください。韓国に住む中国人女性という設定は、まさにタン・ウェイを念頭に置いて書かれたものだと思いますし、彼女しか演じられないと思いますが、この刑事役もパク・ヘイルを想定して書かれたんでしょうか?二人ともあまりに完璧でした。
パク・チャヌク:確かに、この女性の役はもちろんタン・ウェイに演じてもらうことが大前提でしたし、彼女にしか出来ない役です。最初から彼女には声をかけていました。そして今回はパク・ヘイルがかなり早い段階からプロジェクトに参加してくれていた。ですので、刑事役も彼が演じるということで、書いていきました。こんなふうに、役者を想定して脚本を書くという方法を、私は普段はしないのですが。だってもし、たとえばイ・ビョンホンを念頭に書いた役柄を彼に断られてしまったら、もう映画が作れなくなってしまう。だからいつもは、俳優を想定する書き方はしません。本当に今回は例外中の例外でした。
―俳優のお二人にとって、この作品での一番の挑戦はなんでしたか?
パク・ヘイル:パク・チャヌクの作品に出られることは、本当に喜びでした。お話をいただいて、本当にベストを尽くさなければいけないと思いました。役者として一番のチャレンジは、パク・チャヌクという芸術家の宇宙へと、どうやって他の俳優と一緒に入り込んでいくか、ということでした。
タン・ウェイ:私は本当にパク・チャヌク監督のことが大好きなんです。全てを愛しています。彼は驚異的な考えの持ち主であり、驚異的なキャラクターを生み出します。私が演じたソレというキャラクターもそうです。昨日、パレでの公式上映が終わった瞬間、『監督、ありがとうございます。監督のおかげで、私の人生の一部が完成しました』と言ったほどです。今回の経験は、そうとしか言えません。本当に感謝しています。
―脚本がまだ出来上がっていない段階で、出演を決めたそうですね?
パク・ヘイル:最初に監督と会った時、監督が30分くらいかけてストーリーを全部教えてくれました。僕は刑事を演じたことが今までなかったんです。『殺人の追憶』(監督ポン・ジュノ/2003年)の容疑者のイメージが強かったからかもしれません。ですからとても刑事役を演じたかったし、今までにない新しい刑事を作りたいと思いました。
タン・ウェイ:監督が1時間以上かけて、全部教えてくれました。ですから、最初からストーリーは全部理解していました。私は韓国に住む中国人女性を演じるということに、とても惹かれたんです。私の実際の経験を活かせますし、とてもやってみたいと思いました。実際には韓国語を話すのが大変ではありましたが。後半ではまあまあマシになったかな、と思いますが。
パク・チャヌク:タン・ウェイにだけすごく丁寧に話を説明したわけではなく、通訳が入るので、長くなっただけですよ(笑)。
取材・文:石津文子