なぜ私たちは北欧映画に惹かれるのか?
長く寒い冬のような過酷な運命。北欧諸国が作り出す映画の登場人物の多くが辿る道だ。厳寒な気候、長い夜、彷徨うには広すぎる森といった風土に則した刺々しい物語の数々は、多くの人の心に傷を残し続けている。
北欧のトラウマ映画というと『ハッチング -孵化-』(2022年)、『ボーダー 二つの世界』(2018年)、『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008年)といったホラー映画を思い出す方が多いだろう。スッキリした結末はなく、正義の味方は現れず、ましてや奇跡的な逆転劇などあり得ない。世の中は不条理に満ちている--厭世観と悲観主義こそが美学と言わんばかりの不幸な物語たち。これはホラー映画に限った話ではない。ドラマ、ミステリー、民話……全てが心を引き裂こうとする。
しかし、そんな物語に私たちは惹かれてしまうのだ。なぜなのだろう? いくつか作品を紹介しながら、その魅力を紐解いてみよう。
北欧の至宝マッツ、憂鬱必至トリアー
北欧映画を語るからには”北欧の至宝”、マッツ・ミケルセンの作品は欠かせない。ハリウッドでは悪役になることが多いマッツだが、母国デンマークでは市井の人を演じている。マッツの市井の人柄作品の中でも『偽りなき者』(2012年)はフィルモグラフィーの中で、最も強烈な印象を放つ。
ある少女の他愛のない嘘から、保育園に勤める男が性的虐待の疑いをかけられ、村八分にされる話だ。全てが丸く収まったかのように見えても、人の奥底に流れる嫌悪を拭いきれない様を提示する容赦なさ。まさに北欧映画たる作品だ。ちなみにマッツはニコラス・W・レフンの『ヴァルハラ・ライジング』(2009年)でも相当ヒドい目に遭わされている。
監督枠なら同じデンマークのラース・フォン・トリアーの名は外せない。いいことが何一つ起きないミュージカル『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)は衝撃的だった。筆者は21世紀の初日である元日に観てしまい暗澹たる思いで劇場を後にした記憶がある。しかし、トリアー作品の中でもイチオシは『メランコリア』(2011年)だ。惑星衝突による人類滅亡を前に、うつ病の主人公が奇怪な行動をとり、周囲を困惑させる。いくらファンタジーな設定といえ、カタルシスの欠片すらもたらさないストーリーにいたたまれない気持ちになる。
リアルな幻獣モキュメンタリー、サム・ライミの“はらわた”を受け継ぐホラー
ノルウェー民話をベースにしたファンタジーPoV映画『トロール・ハンター』(2010年)もおすすめだ。巨大なトロールとの攻防戦は絶望しかないし、「人だけでなく国もロクでもない。それが北欧だ!」と言わんばかりのトロール対策案は最低である。トロールが必要以上にリアルで気色悪いのもポイントだ。
リアルというと、フィンランドで1960年に起きた未解決事件ボドム湖殺人事件を元ネタにした『サマー・ヴェンデッタ』(2016年)も「らしい」作りだ。未解決事件を解決しようと現代の若者が現地で事件の再現を試み、事件同様にスラッシャーな惨劇に見舞われるといったストーリー。オチは賛否あろうが「一般的にはやってはいけないオチ」とされている事をシレっと何食わぬ顔で使うあたり、ハリウッドには真似できない技だろう。
血生臭い映画としては、スウェーデンの『悪霊のはらわた』(2012年)も外せない。本作はサム・ライミ監督の『死霊のはらわた』(1981年)に基づいている。しかし、エンターテインメントだったオリジナルと比較して、ガチのゴアムービーかつ仲間同士の愛憎劇に変貌を遂げているのがいかにも北欧らしい。監督を務めたソニー・ラグーナは、最近アメリカに招かれて『パペットマスター』のリメイク(2018年)を製作している。
同じくスラッシャーでは、アイスランド初のホラー映画『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』(2009年)も忘れてはいけない。ホエールウォッチングに出かけた観光客が捕鯨船の漁師たちに襲われるキテレツなストーリー。しかし、そこは北欧。殺す方も殺される方も全員悪人なのだ。裕木奈江が美味しい役どころで出演しているのもいい。
気まずさ全開“お隣さん”戦争、1920年代の幻想的な古典ホラー
正統派北欧映画でゴリ推ししたいのはアイスランド映画『隣の影』(2017年)だ。隣人トラブルを扱った本作は、庭の木をめぐって2組の夫婦が延々と嫌がらせし合い、とんでもない事態へと発展していく。ラスト付近で行われる「とある嫌がらせ」には悲鳴をあげることになるだろう。
締めに一本、古典を紹介したい『霊魂の不滅』(1920)だ。大晦日になると幽霊のような馬車が現れ、罪を犯した人々の魂を奪っていくというスウェーデンの伝説を下敷きに、ある男が午前0時を迎える前に過去の悪行を償わなければ、幻の馬車に連れ去られてしまうというお話だ。大釜を持った死神がやたら不気味だし、二重露光を多用した原色の幻想的な映像は、まるでマリオ・バーヴァやニコラス・ウィンディング・レフンの作品のようだ。
さて、ここまでさまざまな作品を取り上げてきたが、北欧映画に共通するのは、要素を削ぎ落とし、瑣末な情報を与えず本質的な問題だけを提示したシンプルなヒトコワ映画であるということだろう。それにヒトコワ映画は性悪説&悲観主義を前面に出すのにはうってつけだ。生来の人間の欲望を正直に描く。その様が厭でありながらも面白いのである。
今回取り上げたのはレンタルや配信で視聴可能な作品ばかり。夏に向けて厭世観に震えながらぜひ楽しんでほしい。
文:氏家譲寿(ナマニク)
『偽りなき者』はAppleTVで配信中
『サマー・ヴェンデッタ』はGYAO!ストアで配信中
『隣の影』はU-NEXTで配信中
『トロール・ハンター』『霊魂の不滅』はAmazon Primeで配信中