レジェンド級クリーチャー誕生の瞬間
映画の歴史は技術の発展と共にある。映画に登場するクリーチャーを表現する特撮もだ。フランスのドキュメンタリー映画『クリーチャー・デザイナーズ ハリウッド特殊効果の魔術師たち』は、その歴史をわかりやすく解説してくれる作品だ。
監督は、フランスのドキュメンタリー作家で、ストップモーション・アニメの神と呼ばれたレイ・ハリーハウゼンの軌跡を追った『レイ・ハリーハウゼン 特殊効果の巨人』(2011年)を作ったジル・パンソとアレクサンドル・ポンセのコンビ。
彼らが本作のために取材した出演者たちが実にゴージャス。『狼男アメリカン』(1981年)で人間が狼に変身してゆく様を特殊メイクやアニマトロニクスのスキルを駆使して克明に描きアカデミー賞に輝いた特殊メイクアップ界のレジェンド、リック・ベイカーを筆頭に、『グレムリン』(1984年)、『ザ・フライ』(1986年)などのクリーチャーを手がけたクリス・ウェイラス、『ゴーストバスターズ』(1984年)、『ブレイド2』(2002年)のスティーブ・ジョンソンなど多くのクリエイターが登場。さらにギレルモ・デル・トロ、ケヴィン・スミス、ジョン・ランディス、ジョー・ダンテといったモンスター映画を愛する映画監督も登場。
Brilliant article on 'The Creature Designers: The Frankenstein Complex', on #beautifulbizarre > https://t.co/StNG3fvKLH #film #documentary pic.twitter.com/FMqTbleBMY
— Beautiful Bizarre Magazine (@BeautifulBzarre) May 18, 2017
このように、一人々々のドキュメンタリー映画を作って欲しくなる方ばかりが出演する本作は、彼らのインタビュー、彼らが関わった映画の貴重なメイキング映像と共に、レジェンド級のクリーチャーたちが誕生した瞬間が描かれる。
つまり、「リック・ベイカー」というワードを聞いただけで無条件にウキウキしてしまう、三度の飯よりもモンスターが大好きな方にとっては、大好物映像が連続コンボで登場する夢のような作品。クリーチャー・エフェクトに詳しくない方にとっても、素敵なテキストとなるドキュメンタリー映画だ。ちなみに『クリッター』(1986年)でクリーチャー・エフェクトを担当し、『キラークラウン』(1987年)を監督したスティーヴン・キオドというマニアが嬉し泣きしそうな方も出演。『キラークラウン』のメイキング映像や、『ゴジラ』シリーズ(1954年ほか)などの日本の怪獣映画に対する偏愛ぶりを語る彼の姿を楽しむことができる。
デル・トロ先生! 偉人たちの至言連発
そんな本作は、クリーチャー・エフェクトの歴史をわかりやすく説明するために「デザイン編」「原型制作編」「特殊メイクアップ編」「ストップモーション・アニメ編」「アニマトロニクス編」「CG編」「モーション・キャプチャー編」というチャプターに分かれている。
「デザイン編」では、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ(2001年ほか)でコンセプト・デザインを担当したジョン・ハウが登場。クリーチャーをデザインする際の注意すべき点として、「(デザインが)現実的になりすぎるのも良くありません。あくまでも想像上の生物です」と語っている。
このように第一線で活躍するクリエイターたちの貴重な証言を拝聴できるのが本作の魅力。その中でも数々の監督作でクリーチャーに対する異常なこだわりを見せつけるギレルモ・デル・トロは、常に印象深いコメントを残す。例えば「デザイン編」では、以下のような発言をしている。
「単なる恐ろしい生物として怪物を描いたりはしません。姿を見て、すぐに個性や性格が分かるように創作します」
「怪物のデザインで特に気を遣うのが顔のラインです。また目の位置についてもかなり意識します。下を向くと知性を感じさせ、視線を上げると凶悪な印象になります」
どうです?「あなたはクリーチャー・エフェクト学校の先生ですか?」と問いたくなるような的確なコメントですよね。その後もデル・トロ先生は抜群のトーク力を発揮。ストップモーション・アニメの神と呼ばれるレイ・ハリーハウゼンを語る際、「レイ・ハリーハウゼンは“怪物”ではなく“役者”を創り上げた。これは作家にとって最高の賞賛です」と、映画に爪痕を残す気まんまんなコメントをしいている。そんな彼のトーク・スキルは、取材陣的には取れ高が多かったようで、全編を通してココ一番でデル・トロがイイことを言って締めるシステムになっている。
かつて特殊メイクアーティストはロックスターのような存在だった
映画前半の見せ場は、1970年代から1980年代にかけてクリーチャー・エフェクトが進化していく様子が証言者たちによって楽し気に語られていくところ。
少女が悪魔に乗り移られて醜悪な姿となる『エクソシスト』(1973年)で特殊メイクを担当したディック・スミスが後進に与えた功績。『スター・ウォーズ』(1977年)で描かれた、宇宙人で賑わう酒場の素晴らしさ。人間が狼男に変身していく様子を丹念に描いた『狼男アメリカン』と『ハウリング』(1981年)によって特殊メイク界に革命が起きたこと。特殊メイクをさらにアップデートさせた、人間の身体がおぞましいモンスターへと変貌していく姿を描いた『遊星からの物体X』(1982年)の衝撃。アニマトロニクスを駆使して小さなモンスターを魅力的に映画いた『グレムリン』(1984年)のヒットによって起きたアニマトロニクス・ブーム。『エイリアン』シリーズ(1979年ほか)、『プレデター』(1987年)など今でも現役のクリーチャーたちが次々と誕生したこと。この時代、モンスター映画ファンにとって特殊メイクアップ・アーティストはロックスターのような憧れの存在であったことなど、クリエイターたちにとって最もまぶしかった時代の様子が、貴重なメイキング映像と共に語られる。
本作では、そんなクリエイターたちがレジェンドと崇める、特殊メイクの礎を築いた二人の人物についても語られる。一人目は、俳優であるロン・チェイニー。彼は1920年代、自ら特殊メイクをほどこし、数々の作品で現実をフライングしたキャラクターを演じて観客たちを驚かせた。このことから「千の顔を持つ男」と呼ばれるようになった。今のように特殊メイクに必要な道具や用品が揃っていなかった時代、彼は常軌を逸したDIY精神をスパークさせて、様々なキャラクターに変身した。
Lon Chaney as the title character in a promotional still for the 1925 silent film THE PHANTOM OF THE OPERA. pic.twitter.com/gEj0m9oq0D
— Classic Horror Films (@HorrorHammer1) May 17, 2022
例を挙げると、代表作『オペラ座の怪人(オペラの怪人)』(1925年)で怪人を演じた際、鼻の穴を骸骨のようにするために、鼻腔に針金を入れて鼻の穴を大きくした。『マンダレイへの道』(1926年)で隻眼のキャラクターを演じた際には、まだ市販されていなかったコンタクトレンズの代わりに、卵の殻の内側にある膜を眼球にかぶせて、白く濁った眼を表現した。
ちなみに、卵の膜を使った手法はチェイニーが考案したものではなく、彼と同時代に活躍した俳優兼特殊メイクアップ・アーティストだったセシル・ホランドが編み出したテクニックである。チェイニーはホランドから特殊メイクのスキルを学び、自分の出演作に活用した。
Lon Chaney in THE ROAD TO MANDALAY. pic.twitter.com/BTyWPZRJio
— Movies Silently (@MoviesSilently) July 27, 2020
特殊メイクアップ・アーティストとしてのホランドの代表作は『Go and Get It(原題)』(1920年)の、犯罪者の脳をゴリラのボディに移植して誕生したゴリラ怪人。『キング・コング』(1933年)のウィリス・H・オブライエンがストップモーション・アニメを担当した恐竜映画『ロスト・ワールド』(1925年)に登場した猿人。つまり、約100年前にエイプ・クリーチャーを映画に登場させた偉大な人である。
しかし、『クリーチャー・デザイナーズ』の中で、彼の存在に触れることはない。同じ時代に、自らメイクをしてショッキングなキャラクターを演じたロン・チェイニーという強烈なキャラターがいたためか、ホランドの功績はマニアックな映画本以外では滅多に紹介されることがない……。
こういうケースはホランドに限ったことではない。本作を観ると、ホランド以降にも起こっていることがわかる。アカデミー賞レベルの技術で創りだされたにも関わらず、同時期に作られた他のクリーチャーの方がインパクトがあったために歴史の影に埋もれてしまう哀しいクリチャーが何体もいるのだ。
Photo: Make-up head Cecil Holland works on Joan Crawford giving her a flapper look in Our Dancing Daughters (28). pic.twitter.com/znQimjStTB
— Channing Thomson (@CHANNINGPOSTERS) March 5, 2014
ジョーカーのモデルとなった“笑ふ男”ジャック・ピアース
本作で、特殊メイクの礎を築いた二人目の先人として紹介されるのは、特殊メイクアップ・アーティストのジャック・ピアース。
彼はユニバーサル・ピクチャーズの専属メイクアップ・アーティストとして1930年代から『魔人ドラキュラ』(1931年)、『フランケンシュタイン』(1931年)、『ミイラ再生』(1932年)、『狼男』(1941年)などの作品でモンスターをクリエイトした。彼こそが“ユニバーサル・モンスターズ”のパブリック・イメージを作った人物と言っても過言ではない。その証拠に ドラマ『ウォーキング・デッド』(2010年~)の特殊メイクを担当したグレッグ・ニコテロは本作で、「映画に登場する狼男とフランケンシュタインの多くは、ジャック・ピアースの二番煎じだ」と発言している。
ちなみに、ピアースは『笑ふ男』(1928年)で口の両端を裂かれて常に不気味な笑顔を浮かべる顔にされてしまった主人公、グウィンプレンのメイクも手掛けている。この『笑ふ男』のグウィンプレンは、コミック「バットマン」の悪役ジョーカーのデザインに影響を与えたキャラクターとして知られている。ピアースがいなければ、ジョーカーも違う姿だったかもしれないのである。
そんな華々しい経歴のオーナーであるピアースだが、1946年に突然ユニバーサルを解雇されてしまう。理由は、会社が新しい特殊メイクの材料を導入しようとしたが、従来の方法にこだわった彼が拒んだためだと言われている。
その後は低予算映画やテレビに活躍の場を移し、1968年にこの世を去った。葬儀には2人の親族と3人のメイクアップ・アーティストしか参列しない寂しいものだったという……。
『クリーチャー・デザイナーズ』の中では、ピアースの哀しい末路が語られることはない。しかし、彼のように「新しい方法を受けいることができず、時代から取り残されてしまう」可能性は、クリーチャー・エフェクトの世界に生きる者たちにとって他人事ではないことが、本作では執拗に描かれている。
CGの導入がアーティストに及ぼした影響
1980年代に特殊メイクやアニマトロニクスなどのアナログ技術を駆使して、クリーチャー・エフェクト界を牽引してきたモンスター・メイカーたちに、90年代に入ると新たな波が訪れた。『アビス』(1989年)、『ターミネーター2』(1992年)、『ジュラシック・パーク』(1993年)あたりから本格的に導入された、CGの出現である。ここから本作はムードが一変し、CGの進化を紹介しながらも、時代の波に翻弄されたクリエイターたちの生々しい証言が綴られていく。
CG以前のハリウッド映画では、ドラゴンや恐竜などの人間が演じることが不可能なクリーチャーを登場させる時には、ストップモーション・アニメを使うのが主流であった。そのため、『ジュラシック・パーク』の恐竜も当初はストップモーション・アニメで描く予定だった。その大役を、『スター・ウォーズ』のモンスター・チェス、『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』(1980年)の四つ足歩行のロボット兵器AT‐AT、『ロボコップ』(1987年)のED-209、『ロボコップ2』(1990年)の敵ロボ、ケインなどのストップモーション・アニメを手がけた、フィル・ティペットが務めることになった。彼は持っているスキルをフル活用して、いきいきと動く恐竜のテスト映像を創り上げた。
しかし、同時期に<ILM>が制作していたティラノサウルスのCG映像に可能性を見出したスティーヴン・スピルバーグ監督が、「恐竜はCGで描く」と判断。その結果、フィルはプロジェクトから外されてしまう……。
本作のインタビューで「人から忘れられたような気がして、すべてのことに興味を失った……」と、この時の心境を語るフィルの姿は観ていてつらいものがある。
『ターミネーター』シリーズで見事な特殊メイクのスキルを見せてくれたスタン・ウィンストンも、CGの脅威を目の当たりにした一人である。『ジュラシック・パーク』の特撮で参加したウィンストンと彼のスタジオは、実物大の恐竜のアニマトロニクスやスーツを制作。「役者は実物大の恐竜といたから迫真の演技ができた」と称賛されるクオリティであった。しかし、映画が公開されるとCGだけが注目された。
『エイリアン3』(1992年)、『エイリアンVS.プレデター』シリーズ(2004年ほか)などのクリーチャーを担当したトム・ウッドラフ・Jrとアレック・ギリスは、『遊星からの物体X ファーストコンタクト』(2011年)でアナログの特撮を担当した。撮影前の話では「映画で使う特撮の比率は実写が8割、CGが2割」ということであった。2人は特殊メイクとアニマトロニクスを駆使して、人間がクリーチャーに変態してゆく様を制作。しかし、完成した映画のクリーチャー・シーンはCGがメインで、彼らが制作したものはほとんど使われなかった……。
80年代に『グレムリン』や『ザ・フライ』でアナログ特撮技術の素晴らしさを見せつけたクリス・ウェイラスは、CGの台頭によってスタジオを閉鎖した。彼の会社だけでなく、時代の波に乗れなかった多くの会社が閉鎖していったという……。
クリーチャー・エフェクトの激動の歴史
そのいっぽうで、時代の波を乗り越えた者たちもいる。スタン・ウィンストンは朋友ジェームズ・キャメロンとともに、CGの会社<デジタル・ドメイン>を立ち上げた。
『ジュラシック・パーク』のストップモーション・アニメをクビになったフィル・ティペットだが、数々の映画でモンスターに命を宿してきたスキルを買われ、CGで恐竜を描く際のアドバイザーとして再雇用される。この時にCGを学んだフィルは、『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997年)では見事にCGで昆虫型エイリアンの大群を描いてみせた。本作の中で「(CGが登場したことによって)以前の撮影方法を軽視する風潮が生まれた」と哀しそうに語る彼だが、ストップモーション・アニメに対する情熱が消えたわけではない。
彼は2021年に、製作・監督・脚本を担当した全編ストップモーション・アニメによるダークファンタジー映画『MAD GOD(原題)』を完成させた。この作品は、『ロボコップ2』(1990年)の撮影終了後にクランクインし、30年かけて完成させたという。本作では、『MAD GOD』の映像も観ることができる。さらに、本作ではフィル・ティペットが『ロボコップ』の撮影で使用したED-209のモデルを使って、ストップモーション・アニメの撮影を実演してみせる、というゴージャスなシーンもある。
このように本作は、クリーチャー・エフェクトの歴史の明るい側面だけでなく、暗い側面にもスポットを当てている。そのため、CGが多用される最近のモンスター映画にギレルモ・デル・トロら出演者が苦言を呈するシーンもある。だからといって暗い映画ではない。この映画は全編にわたり、出演者たちのモンスターに対する深い愛情で包み込まれている。つまり、クリーチャー・エフェクトに人生をかけたチャイルディッシュかつ熱い人物たちの生き様がパンパンに詰め込まれた作品なので、ぜひ劇場で堪能してください!
最後に本作を観に行ってくれた方がいたなら、お願いがあります。どなたか、いつか日本の怪獣映画&特撮番組に登場した怪獣・怪人の描き方の歴史を追った、本作の日本版ドキュメンタリーを作ってください!
文:ギンティ小林
『クリーチャー・デザイナーズ ハリウッド特殊効果の魔術師たち』は2022年5月20日(金)より全国公開
『クリーチャー・デザイナーズ ハリウッド特殊効果の魔術師たち』
今日ほど映画のモンスターたちが熱狂的に支持されていることはなかった!
映画という文化と共に進化してきた特撮、特殊効果は、巨大なスクリーンに突如、現れる想像上のモンスターたちに驚異的な変化をもたらしてきた。モンスターを実物の物体として表現する特殊造形の時代からデジタルの時代へと突入した今、その魅力と背景を紐解いていく。
『グレムリン』、『アビス』、『ターミネーター2』、『ジュラシック・パーク』、『スターシップ・トゥルーパーズ』、『スパイダーマン2』など、数々の映画で活躍してきた有名なアーティストたちのインタビューを基に、クリーチャーとその製作者の間の魅力的な関係性に迫るドキュメンタリー。「現代のフランケンシュタイン(=怪物の創造主)」と呼ばれる、あらゆるスペシャリストたちがゼロから生命を作り出す瞬間に迫る。
監督:ジル・パンソ アレクサンドル・ポンセ
出演:ギレルモ・デル・トロ ジョー・ダンテ ジョン・ランディス
ケヴィン・スミス フィル・ティペット デニス・ミューレン
リック・ベイカー グレッグ・ニコテロ
アレック・ギリス トム・ウッドラフ・Jr
制作年: | 2015 |
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2022年5月20日(金)より全国公開