ヴィランはあの人! 予想を超える超大作『MOM』
※このレビューはネタバレありです。必ず本編を鑑賞後お読みください。
正直『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021年)が嬉しい&すごすぎるサプライズが満載だっただけに、もうこれ以上驚くことはないだろうと思っていたのですが、甘かった(笑)。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)最新作『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(以下『MOM』)もまた、こちらの想像・予想をはるかに超える超大作でした。
本作の一番の驚きは、メイン・ヴィランが誰だったかということです。答えはワンダ、いやスカーレット・ウィッチでした。これはある意味予測できたのですが、最初から彼女が敵になるとは思わなかったのです。つまり、なんらかの脅威が迫ってきてドクター・ストレンジとワンダが共闘するが、その中で彼女のダークサイドが覚醒し結果的にストレンジと戦う……という風に考えていたのですが、最初から彼女がヴィランとは。あのフルーツ園が実は魔法による幻覚だとわかった瞬間から、物語はヒートアップします。
スカーレット・ウィッチは魔女、ドクター・ストレンジは魔法使いです。従って両者のバトルは壮絶かつ華麗で楽しませてくれます。特に空からカマータージを襲撃するシーンの迫力。もともとワンダの時ですらサノスを殺す寸前まで追い込んだわけですから、彼女は最強なわけですよね。しかし、この映画はファンタスティックな魔法大戦では終わりません。“魔女”という要素を使ってMCU史上最も怖いホラー領域へと本作を導きます。
サム・ライミ監督の“はらわた”テイスト満載ホラーなMCU
この映画の監督はサム・ライミ。そう、トビー・マグワイア版の『スパイダーマン』(2002年ほか)を成功させ、アメコミ・ヒーロー映画ブームを作った立役者です。サム・ライミ監督はヒーロー映画の先駆者であるわけですが、それ以上に『死霊のはらわた』(1981年)の監督、ホラーの名手です。今回の『MOM』は、スパイダーマン映画の監督としてのサム・ライミではなく、『死霊のはらわた』シリーズのサム・ライミとしての手腕が発揮されています。
『死霊のはらわた』は、“死者の本”という古代の呪文を書いた呪いの本の力で、人々が次々とゾンビのような死霊になるお話です。今回も、ワンダが禁断の魔法の本によって恐るべきスカーレット・ウィッチになる。物語後半の、血まみれで足をひきずりながらストレンジたちを追ってくる彼女の姿(しかもその前に大虐殺を行っている)は『死霊のはらわた』感満載でした。ストレンジも、別バースの自分の死体に憑依したゾンビ状態で、しかも悪霊軍団を引き連れて戦うという、PG-13のヒーロー映画の主人公とは思えないグロい戦いを仕掛けます。サム・ライミ節全開です(しかも『死霊のはらわた』に欠かせないブルース・キャンベルも、ちゃんとピザ・ボール屋台の主人役で登場。あのパンチのギャグは『死霊のはらわた』にもありましたよね!)。
そういう意味で今までのMCUとはかなりテイストの異なる『MOM』なわけですが、その一方で、これは『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)以降の流れを組む王道のMCU作品でもありした。『エンドゲーム』以降のMCUは、ヒーローたちが“サノスを倒したことが本当に正しかったのか?”的問いかけの中で苦悩していることが大変興味深い。5年前に消えてしまった人たちを復活させたことの方が、実ははるかに大きな混乱・不幸を社会に撒き散らしたのではないか? というジレンマです。そしてその思いは、サノスを倒したことで自分たちは本当に報われたのか? ということにつながります。
今回ワンダがスカーレット・ウィッチに変異した理由は、世界や宇宙を征服したいといった野心からではありません。これだけの力を持ち、あれだけの犠牲を払って世界を救ったのに、自分はちっとも幸せではない。ただ幸せになりたいだけという、とても純粋な(それゆえに危険な)動機が彼女を暴走させます。一方のドクター・ストレンジも、自分がいま幸せか? という問いかけに心が揺らいでいます。神をもしのぐ魔法を使えるのに、愛する人と一緒になることすらままならない。
別バースの闇堕ちストレンジ! 新規参戦アメリカ・チャベス!
この映画には後半に、もう一人ヴィランが登場します。別バースにいたドクター・ストレンジです。彼は、どうあがいても愛する人と一緒になれないことを知って闇堕ちしたストレンジです。ドクター・ストレンジが繰り広げる、スカーレット・ウィッチや闇堕ちストレンジとの戦いは、単なる正義VS悪ではありません。ヒーローにもヴィランにもある人間味、ヒーローとしてはすごいけれど人間としては弱みや欠点がある、というのがやはりMCUの魅力。だから怖いシーンは多いけれど、単なるオカルト・アクションには終わっていないのです。本作で最も重要なセリフ/問いかけは、「いま幸せですか?」なのですから。映画を観ていて、スカーレット・ウィッチを止めて! とは思っても、彼女を倒せ!という気持ちにならないのはそのためです。
本作は女性キャラクターたちが素晴らしく、俳優陣の好演が作品の質を上げています。クリスティーン役のレイチェル・マクアダムスは前作以上に存在感があり、ストレンジが命をかけるのも納得の相手です。大人の女性の魅力にあふれていました。
アメリカ・チャベスを演じるソーチー・ゴメスも、これからのMCUを担っていくであろう若手ヒーローを好演しています。おそらく、このチャベスと『ホークアイ』(2021年)の2代目ホークアイことケイト・ビショップ、もうすぐ配信開始の『ミズ・マーベル』のカマラ、そしてブラックパンサーの妹シュリたちがアベンジャーズの新世代になるのでしょう。彼女たちの共演が早く観たい!
そして、なんといってもエリザベス・オルセン演じるワンダ/スカーレット・ウィッチです。本作の事実上の主役と言ってもいいでしょう。ダークでゴージャスなスカーレット・ウィッチ、狂気にとりつかれた血まみれのワンダ(中身はスカーレット・ウィッチ)、そして愛らしいワンダとこのキャラならではの魅力を見事に演じ分けています。
https://www.youtube.com/watch?v=xb7BZ2ifLnw
イルミナティの面々を紹介! ポスクレの“紫の人”は誰?
上映時間は2時間強ですが、昨今のアメコミ・ヒーロー映画が3時間近い上映時間になる中、これだけのドラマをこの時間内に詰め込んだ手腕はお見事! だから、すごくテンポよくお話がすすみます。アクションの見せ場もたっぷり。魔法しばりでこれだけ見せ場のバリエーションを用意するとは素晴らしいです。個人的に冒頭の方の、ビルからタキシード姿で飛び降り、赤マントを引き出してドクター・ストレンジ姿に変身するシーンのかっこよさにワクワクしました。サム・ライミ監督、絶対『スーパーマン』(1978年)好きだろうな。
さて、本作におけるサプライズは物語の中盤に登場するイルミナティとエンド・クレジットのシーンに登場する、あの紫の女性(なんとシャーリーズ・セロン!)でしょう。そこを最後に解説します。
イルミナティというグループはコミックにも登場します。メンバーはアイアンマンことトニー・スターク、ドクター・ストレンジ、X-MENのリーダーであるプロフェッサーX、海の超人サブマリナーことネイモア、インヒューマンズのリーダーであるブラックボルト、そしてファンタスティック・フォーのリード・リチャーズの6人です。
Work behind the scenes of the Marvel Universe with #DoctorStrange and the Illuminati! Read: https://t.co/1geh3Dmvxe pic.twitter.com/R11C5RgA6L
— Marvel Entertainment (@Marvel) November 9, 2016
なにか重要なことが起きた時は、まずこの6人で方針を決めてしまおうという集いです。なので“組織”というより“集まり”。今回『MOM』ではこのアイデアを活かし、別バースに存在する、MCU版のイルミナティを描いたわけです。ここではウルトロンが人類に反旗を翻さず、イルミナティを守っている。そして気になる&ファンを狂喜させたイルミナティの面子は……
・ペギー・カーター/キャプテン・カーター(ヘイリー・アトウェル)
スティーブではなくペギー・カーターが超人血清を打ちヒーローとなった。MCUアニメ『ホワット・イフ…?』(2021年)に登場。ヘイリー・アトウェルが同役を再演。
・マリア・ランボー/キャプテン・マーベル(ラシャーナ・リンチ)
『キャプテン・マーベル』(2019年)で主人公の親友だったマリアが、この世界ではキャプテン・マーベル。ラシャーナ・リンチが同役を再演。
・チャールズ・エグゼビア/プロフェッサーX(パトリック・スチュワート)
ご存じX-MENのリーダー。20世紀フォックス(現・20世紀スタジオ)版のプロフェッサーXが登場。アニメ『X-MEN』のテーマ曲と車椅子メカで登場。パトリック・スチュワートが同役を再演。
・ブラックアガー・ボルタゴン/ブラックボルト(アンソン・マウント)
インヒューマンズのリーダーで、声だけであらゆるものを破壊できる。TVドラマ版『マーベル インヒューマンズ』(2017年)のアンソン・マウントが同役を再演。
・リード・リチャーズ/ミスター・ファンタスティック(ジョン・クラシンスキー)
ファンタスティック・フォーのリーダー。MCU版ファンタスティック・フォーが近々製作されるが、噂が先行していたジョン・クラシンスキーがリード役ということがこれで確定か?
・モルド(キウェテル・イジョフォー)
ドクター・ストレンジの兄弟子で敵となった。キウェテル・イジョフォーが同役を再演。
というわけです。ファンにとってはパトリック・スチュワート、アンソン・マウント、ジョン・クラシンスキーがそれぞれの役で出演したことは嬉しいサプライズです。
そしてポスト・クレジット・シーン。シャーリーズ・セロンがまさかの登場です! MCU入りした彼女が演じているのはクレア。ダーク・ディメンションの魔法使いで、コミックでは映画『ドクター・ストレンジ』(2016年)のヴィランだったドルマムウの姪(!)で、後にストレンジの弟子となり恋人になります。果たしてコミックどおり、2人は結ばれるのか気になるところです。
――いかがだったでしょうか? 本当に密度の濃い作品なので、何度でも観たくなりますね。ドクター・ストレンジの冒険はまだまだ続きそうです。ちゃんと“ドクター・ストレンジは帰ってくる”と表示されましたから、早くもパート3が気になります。そしてワンダの復活を心から願っています!『MOM』を観れて、僕は「いま幸せです」と答えたいです。
文:杉山すぴ豊
『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』は2022年5月4日(水・祝)より上映中
https://www.youtube.com/watch?v=9WnKUBYhTg4&feature=emb_title
『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』
元天才外科医にして、上から目線の最強の魔術師ドクター・ストレンジ。
時間と空間を変幻自在に操る彼の魔術の中でも、最も危険とされる禁断の呪文によって“マルチバース”と呼ばれる謎に満ちた狂気の扉が開かれた──。
何もかもが変わりつつある世界を元に戻すため、ストレンジはかつてアベンジャーズを脅かすほど強大な力を見せたスカーレット・ウィッチことワンダに助けを求める。
しかし、もはや彼らの力だけではどうすることもできない恐るべき脅威が人類、そして全宇宙に迫っていた。
さらに驚くべきことに、その宇宙最大の脅威はドクター・ストレンジと全く同じ姿をしていて……。
監督:サム・ライミ
製作:ケヴィン・ファイギ
脚本:マイケル・ウォルドロン
音楽:ダニー・エルフマン
出演:ベネディクト・カンバーバッチ エリザベス・オルセン
キウェテル・イジョフォー ベネディクト・ウォン
ソーチー・ゴメス マイケル・スタールバーグ
レイチェル・マクアダムス パトリック・スチュワート
ヘイリー・アトウェル ラシャーナ・リンチ
アンソン・マウント ジョン・クラシンスキー
ジュリアン・ヒリアード ジェット・クライン
シャーリーズ・セロン ブルース・キャンベル
制作年: | 2022 |
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2022年5月4日(水・祝)より上映中