伝説の撤退作戦<ダイナモ>を解説!『ダンケルク』は“本物”のスピットファイアを飛ばしたクリストファー・ノーラン入魂作

「我々は最後まで戦う」
2022年3月、ロシアに軍事侵攻されているウクライナのゼレンスキー大統領は、ウクライナの決意と支援を訴えるリモート演説を日本や欧米各国の国会で行いました。その、イギリス向けのスピーチを聞いてビックリした読者諸兄姉も多いのではないでしょうか。
「我々は最後まで戦う。我々は森で、野原で、海岸で、都市や村で、通りで、丘で戦い続ける」
これは、ダンケルク撤退作戦が終了した1940年6月4日におけるイギリスのチャーチル首相の演説の引用で、いまなおイギリス人の琴線に触れるフレーズなのです。
電撃戦
『メメント』(2000年)や『インセプション』(2010年)で時間・空間を自在に操ってみせたクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』(2017年)は、「海浜のイギリス兵」「海上の艇長」「機上のパイロット」それぞれの時間軸がひとつに集約されていくという、いかにもノーラン監督らしい、精緻で凝った構成の作品です。

『ダンケルク』デジタル配信中
ブルーレイ 2,619円(税込)/DVD 1,572円(税込)
発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント
©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
よってネタバレになるので、これ以上の物語展開は書けないのです。そこで今回も、作品の背景を解説してみましょう。
1940年5月10日、ドイツはフランス侵攻作戦「黄の場合」を発動しました。オランダ・ベルギー・ルクセンブルクに侵入したドイツ陸軍「B軍集団」を迎え撃つべく、英仏連合軍は主力部隊を北上させます。

『ダンケルク』©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
ところがB軍集団は陽動で、ドイツ陸軍の主力は「A軍集団」でした。マジノ要塞線を避けてアルデンヌ森林地帯を突破、フランス東部に侵入したA軍集団は戦車部隊を先頭に、英仏海峡に向けて突進。<電撃戦(ブリッツ・クリーク)>です。

編集部作成
電撃戦で切り刻まれ混乱した英仏軍は、組織崩壊を起こして退却。5月22日には約40万名の将兵が港町ダンケルクに押し込められ、包囲されてしまいます。

『ダンケルク』©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
ダンケルクの奇跡
撤退戦は、いつだってキツいものです。修理すればまだ使える故障車両は置き去りにされ、身軽になるため重装備は放棄され、指揮系統混乱により部隊は潰乱状態となってしまうからです。

『ダンケルク』©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
ジャン=ポール・ベルモンド主演の『ダンケルク』(1964年)では、車両や火器や軍服など大量の装備が投げ捨てられ、情報も命令も混乱、士気も低迷した混乱のフランス軍の有り様が見事に(と言っては語弊がありますが)描写されています。
また、「切ないラブストーリー」として紹介される『つぐない』(2007年)における、ジェームズ・マカヴォイ演じるイギリス兵の目を通して映し出される、絶望と混乱のカオスと化したダンケルクの様相は見所のひとつです。
ところが5月24日、ダンケルクまで15㎞に迫っていたドイツ地上部隊が、進撃を停止してしまいます。海浜部に押し込められ「もう駄目だ」と覚悟していた英仏兵にとっては奇跡的状況で、これは後に「ダンケルクの奇跡」と呼ばれることになります。実のところ、ドイツ軍上層部もヒトラーも電撃戦の展開についていけず、停止命令を出してしまったのです。

『ダンケルク』©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
もとよりイギリス上層部は諦めるつもりは毛頭なく、フランス派遣イギリス軍の撤収作戦<ダイナモ(発電機)>の準備を始めていました。この作戦名は、司令部がドーバー城の発電機室だった場所に設けられたからだとか……。結果、ドイツ空軍の銃爆撃で多大な犠牲を払い、かつ大量の装備品を失いながらも、イギリス兵約19万名、フランス兵約14万名、合わせて33万名の将兵が海を渡ってイギリスへの脱出を果たすのです。

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港湾施設のない砂浜から1週間で33万名を乗船させて運んだダイナモ作戦は、奇跡的な偉業と言えましょう。そこには、虎の子の戦闘機スピットファイアを投入したイギリス空軍の決断、駆逐艦や輸送艦だけでなく、民間のフェリーや遊覧船、漁船や艀まで動員したイギリス海軍の底力、なによりボランティア(義勇兵)として自発的に参加した、民間の船長/艇長の民主主義国家の一員としての誇りと信念がありました。

『ダンケルク』©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
本物のスピットファイアを飛ばして撮影
本作は実物のスピットファイアMkⅠとMkⅤを使って撮影されました。まだ飛べる機体があるんですねぇ。メッサーシュミットMe109(Bf109)は、スペインのライセンス生産版であるHA1112を使用。さらに民間船も、本当にダイナモ作戦に投入された船で撮影されました。
さすがにJu87急降下爆撃機は大型ラジコン機ですが、違和感なく、臨場感を盛り上げてくれます。
映画は、イギリス本土に辿り着いた兵士が新聞に掲載されたチャーチル首相の演説「~~我々は決して降伏などしない。この島が征服されて飢えに苦しんだとしても~~戦い続ける」を読む場面で終わります。

『ダンケルク』©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
ナチスという異常な政治体制打倒は、絶対的に必要でした。けれども、その戦いはダンケルク撤退の後に5年も続くのです。そして、かの地から生き延びた兵士たちの多くが、続く戦いのなかで命を落としていったのです。

『ダンケルク』©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
文:大久保義信
『ダンケルク』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年4月放送
『ダンケルク』
1940年、海の町ダンケルクに追い詰められた英仏連合軍40万人の兵士。背後は海。陸・空からは敵――そんな逃げ場なしの状況でも、生き抜くことを諦めないトミーとその仲間ら、若き兵士たち。一方、母国イギリスでは海を隔てた対岸の仲間を助けようと、民間船までもが動員された救出作戦が動き出そうとしていた。民間の船長は息子らと共に危険を顧みずダンケルクへと向かう。英空軍のパイロットも、数において形勢不利ながら、出撃。こうして、命をかけた史上最大の救出作戦が始まった。果たしてトミーと仲間たちは生き抜けるのか。勇気ある人々の作戦の行方は!?
監督・脚本:クリストファー・ノーラン
撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ
音楽:ハンス・ジマー
出演:フィオン・ホワイトヘッド トム・グリン=カーニー
ジャック・ロウデン ハリー・スタイルズ
アナイリン・バーナード ジェームズ・ダーシー バリー・キオガン
ケネス・ブラナー キリアン・マーフィ
マーク・ライランス トム・ハーディ
マイケル・フォックス ジョン・ノーラン
声の出演:マイケル・ケイン
制作年: | 2017 |
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CS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年4月放送