スパークス原案のロック・オペラ
『ホーリー・モーターズ』(2012年)以来のレオス・カラックスの新作があるよ! ということで物すごく楽しみにしながら見たところ、ミュージカル映画だったかー! と驚いた『アネット』。
以前『ディア・エヴァン・ハンセン』(2021年)のレビューでも書いたが、自分はミュージカル映画的な、役者が劇中で突然歌い出すような演出にあまり慣れておらず、心から楽しみきれてはいないなと思う節がある。
好きな監督が、自分がそこまで乗りきれないジャンルや内容の映画を撮った場合、これまた以前『マクベス』(2021年)で書いたが、特に数年に1作くらいしか撮らない監督の場合は、なかなか複雑な気持ちになる。『アネット』なんて9年ぶりだし。こういう時、かつて自分が“楽曲を誰かに褒めてもらったら二度とその手法はとるまい”という天の邪鬼精神をもって制作に当たっていた時期を思い出し、それが回り回って自分に返ってきているのではないかという、天罰のようなものすら感じる。
『アネット』の原案は、スパークスが書いたロック・オペラだという。映画はまず冗談めいた前説から始まり、音楽スタジオへとシーンが移るのだが、そこにはエンジニアとしてカラックスが、録音ブースにはスパークスの二人がいる。スパークスとコーラス隊がスタジオを飛び出すと、アダム・ドライヴァーら出演陣が現れ、歌いながら街を練り歩く。
アダム・ドライヴァー演じるコメディアンのヘンリーと、マリオン・コティヤール演じるオペラ歌手の恋人役アンは共に、劇中ではブロードウェイで活躍している。冒頭のこれらの演出によりメタな視点が表れ、今から始まるのはブロードウェイ自体を舞台とした舞台・オペラなのだ、という導入がしっかり示される。この映画は、本筋の入り組んだ設定を、さらに引いて見たところから始めるのだ。しかも、その構造が幾重にも重なっているということを分かりやすく提示したりと、重要なことをさらっとやっているのが凄い。
「演技」ってなんだっけ?『ドライブ・マイ・カー』との意外な共通点
本作は、とにかく画がカッコいい。そして話の筋は結構単純で分かりやすく、きれいにまとまっている。しかし冒頭のシーンをはじめ、必要以上に長く感じられるヘンリーのコメディ・ショーや劇中劇のメタ視点、観客側がオペラ的な反応を見せるところなど、演者と観客が反転するバッドトリップ的な倒錯感があり、なかなかにこんがらがっている。
劇場を出た後も、私生活を観客に消費されているような感覚を覚え、劇中劇を見ていたはずなのに……あれ? と混乱するようなレイヤー感がものすごく巧妙に作られているものだから、うっかり引きずり込まれそうになる。そして極めつけはヘンリーとアンの娘アネットの存在なのだが、それによって映画内での現実と妄想の線引きがさらにめちゃくちゃになっていく。
演技ってなんだっけ? と問いかけられるような作品という意味では、『ドライブ・マイ・カー』(2021年)と通じるところがあり、どちらの作品も“役が演技する”ことを通して“私生活や精神が侵食されて”いた。これは偶然ではなく、カラックスと濱口竜介はかなり近いことを考えているのではないか? と思った。どちらの作品も、映画の中で舞台を扱うことにより、そこからさらに引いた視点で観ている観客に対して映画というもの自体を考えさせ、揺さぶりをかける……ということなんだろうか。
映画以外の他の近似した表現、つまり舞台やオペラ、スタンドアップコメディ等を映画に入れ込んで、映画そのものを捉え直すような作品だと感じたし、そういうものが他にもあるのなら観てみたい。やっぱりミュージカルは得意じゃないかも……と思う反面、カラックスのマジックをまざまざと見せつけられるような作品でもあった。
文:川辺素(ミツメ)
『アネット』は2021年4月1日(金)よりユーロスペースほか全国公開
『アネット』
ロサンゼルス。攻撃的なユーモアセンスをもったスタンダップ・コメディアンのヘンリーと、国際的に有名なオペラ歌手のアン。“美女と野人”とはやされる程にかけ離れた二人が恋に落ち、やがて世間から注目されるようになる。だが二人の間にミステリアスで非凡な才能をもったアネットが生まれたことで、彼らの人生は狂い始める。
監督:レオス・カラックス
原案:スパークス
脚本:ロン・メイル ラッセル・メイル レオス・カラックス
音楽:スパークス
出演:アダム・ドライヴァー マリオン・コティヤール
サイモン・ヘルバーグ デヴィン・マクダウェル
ラッセル・メイル ロン・メイル
アンジェル 福島リラ 水原希子
ナタリー・ジャクソン・メンドーサ 古舘寛治
制作年: | 2021 |
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2021年4月1日(金)よりユーロスペースほか全国公開