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カンヌ最高賞受賞!『TITANE/チタン』変態監督が撮った変態の弱さを生々しく描くド変態連続殺人鬼映画

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カンヌ最高賞受賞!『TITANE/チタン』変態監督が撮った変態の弱さを生々しく描くド変態連続殺人鬼映画
『TITANE/チタン』©KAZAK PRODUCTIONS - FRAKAS PRODUCTIONS - ARTE FRANCE CINEMA - VOO 2020

ド変態連続殺人鬼

「Love Is a Dog From Hell(愛は地獄から来た犬)」――『TITANE/チタン』の主人公、アレクシアの胸の谷間に彫られた挑発的な言葉。彼女に近寄る人すべてに対する警告だ。何の警告か? 彼女の表の顔は、マッスルカーの上で扇情的なダンスを踊るモーターショーのショーガール。しかし、その素顔は、近づく者を次々と殺める連続殺人鬼であり、車とセックスをするド変態だからだ(“殺り方”と“犯り方”は想像に任せる)。

彼女がこうなったのは、幼少期に遭った車の事故が原因。側頭部の致命的な欠損を補うべくチタンで補強してからというもの、車に奇妙な愛情を抱き、さらにはブレーキが壊れた車のごとく危険な衝動に駆られるようになったのである。しかし、勢い任せに殺人をしていては警察の手が彼女に及ぶのも時間の問題だった。

とあるシェアハウスで大量殺人を行ったあと、指名手配犯となったアレクシア。行き場を失った彼女は、消防士のヴァンサンと出会う。彼は10年前に息子が行方不明となり、喪失感を抱え寂しく生きてきた。アレクシアはあろうことか男性に変装し、ヴァンサンの息子と偽って、彼と新たな生活を始めるのだが……。

『TITANE/チタン』©KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020

変態監督による、変態の脆弱性を描いた映画

この映画は変態が撮った、変態の脆弱性を描いた映画だ。カンヌ国際映画祭パルム・ドールというと、近年の受賞作『パラサイト 半地下の家族』(2019年)、『万引き家族』(2018年)から感じられる、“社会派”な作品を想像する方が多いかも知れない。だが、歴代の受賞作を見るとほとんどが変態的作品で占めらている。

有名どころではミヒャエル・ハネケの『白いリボン』(2009年)、ラース・フォン・トリアーの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)が挙げられるだろう。『パラサイト〜』もその一味と考えられる。つまり“社会派”というよりも、独特な自己表現を持った映画が受賞するといったところか。それが「ものすごくちゃんとしている」か「相当頭がおかしいか」のどちらかということだ。

『TITANE/チタン』©KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020

『TITANE/チタン』は間違いなく後者だ。側頭部をチタンプレートで蓋をした連続殺人鬼。趣味は車とのセックス。そもそも主人公アレクシアの設定がユニークだ。ジュリア・デュクルノー監督の描く世界には遠慮がない。スクリーンに映し出される映像は腐臭が嗅ぎ取れそうなほど生々しく、目が眩むほど活力に溢れている。それは映像表現だけでなく、物語にも現れている。

幼少時代のアレクシアは、自動車に抱擁したりキスしたりと「無邪気」な興味を示す。しかし、大人になったアレクシアから無邪気さは消え失せ、セックスと暴力を融合させた大人ならではの“ドロッ”とした腐敗的な関係へと変化している。成長や環境の変化に対する“対処”の描き方もエゲつない。

『TITANE/チタン』©KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020

言葉を用いずに精神が持つ脆弱性を繰り返し描く

前半は思いのまま全てを破壊し尽くすアレクシアだが、ヴァンサンと出会ってからは、仮想ではあるものの“関係の修復”を行わなければならない羽目になる。
成長による無邪気さの喪失、それによって行われる破壊、そこからの修復を描くのはデュクルノー監督の前作『RAW 〜少女のめざめ〜』(2018年)と同様だ。躰の脆弱性と衝動、そして貪欲さ。自己破壊のあとに続く昇華を、独特の生々しさで魅力的に表現する。

特にジェンダー周りでは、極めて複雑な隠喩をもって描かれている。アレクシアに男性性を押しつける、消防士のヴァンサン。これは一見、消防士的マチズモに洗脳された男に見えるが、その実、真逆である。アレクシアが本当の息子でないように、ヴァンサンもそうではないのだ。彼の家の装飾をみれば「女性的なコード」であふれかえっているのが分かる。ピンクを基調としたインテリア、バスルームのタイルまでピンク色である。彼は愛情に飢えており、アレクシアが自分の息子でないこと、さらには男性ですらないことを知りながらも面倒を見続ける。

『TITANE/チタン』©KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020

彼がマッチョイズムに先鋭化した結果、ステロイドのオーバードーズを起こしてしまうシーンにおいて、隠喩は頂点に達する。倒れたヴァンサンを膝で抱きかかえるアレクシアの姿は、どう見ても“ピエタ”だ。マッチョイズムの象徴ヴァンサンは死んで、優しい男へと生まれ変わる。そしてアレクシアはヴァンサンの愛情に答えるきっかけを掴むのだ。まったく、デュクルノー監督が言葉を使わずにサブリミナルや視覚で物語を動かす力には目を見張るものがある。それは、本作の重要な部分については一切触れてなくとも本レビューが成り立っていることからも察すことができるだろう。

『TITANE/チタン』©KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020

さて本作には、何度も「面倒を見る」(take care)という言葉が登場する。『TITANE/チタン』で登場人物の誰もが「面倒をみる」と口にしてしまうのは、どういうことなのだろうか? それはすべてが危うく、儚いものにみえてしまうからだ。優しさの重要性、優しさが“優しさに慣れていない人”に与える苦痛。精神が持つ脆弱性をデュクルノー監督は繰り返し描いているのだ。

ラストシーンの異様な神々しさに、貴方は優しさを感じるだろうか? それとも苦痛を感じるだろうか?

文:氏家譲寿(ナマニク)

『TITANE/チタン』は2022年4月1日(金)より新宿バルト9ほか全国公開

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『TITANE/チタン』

幼い頃、交通事故により頭蓋骨にチタンプレートが埋め込まれたアレクシア。彼女はそれ以来車に対し異常な執着心を抱き、危険な衝動に駆られるようになる。自らの犯した罪により行き場を失った彼女はある日、消防士のヴァンサンと出会う。10年前に息子が行方不明となり、今は孤独に生きる彼に引き取られ、ふたりは奇妙な共同生活を始める。だが、彼女は自らの体にある重大な秘密を抱えていた──

監督・脚本:ジュリア・デュクルノー

出演:ヴァンサン・ランドン アガト・ルセル
   ギャランス・マリリエ ライ・サラメ
   ミリエム・アケディウ ベルトラン・ボネロ ドミニク・フロ

制作年: 2021