多大な影響を受けた5つ年上の兄
私には5つ上の兄がいる。この兄に私は多大なる影響を受けて育った。いつも母から「お兄ちゃんなんだから、弟の面倒を見なさい」と言われていたこともあり、兄は友達と野球をやる時も、魚釣りに行く時も、お祭りに出かける時も、どこに行くにも弟の私を一緒に連れて行ってくれた。そうなると、兄世代の文化にどっぷり影響を受けるのも当然である。同い年の子供たちが『ドラえもん』などのアニメ映画を見に行っていても、私は兄と一緒にブルース・リーの映画を見に行ったり、小学生の分際で兄のレコードプレーヤーを使い、マイケル・ジャクソンの「スリラー」のレコードを聴いたりと、かなりオマセな小学生だった。
そして、弟あるあるの一つで服はほとんど兄のお古、いわゆるお下がりだったが、あの頃は兄からのお下がりが嬉しくてたまらなかった。小学6年生の時には、兄のお下がりの中学のジャージを着て出かけていた。まだその中学に入学する前の小学生が、胸に「K中」と書かれたジャージを喜んで着ていたのである。
そんな我が家の力関係の序列は兄が高校、大学生の頃にトップに君臨し、その次が父、そして母、一番下に私がいるという構図だった。なので喧嘩なんかでは、どうやっても勝てない兄には常に絶対服従。無理難題を言われても大人しく従った。しかし、私が成長するにつれてそんな兄がだんだん鬱陶しくなり、次第に兄のことを嫌いにまでなっていった。
そんな私も、わんぱく坊主真っ盛りの小6の時には腕力では母を超えたことを確信し、中学2年になると父との腕相撲にも負けることがなくなり、家庭内での序列が上がっていった。しかし兄への下剋上はまだまだ厳しく、まだ中学では喧嘩をしても絶対に勝てなかった。そこから月日が経ち、兄が大学4年生、私が高校2年の夏、事件が起こる。夏休みに近所の公園で悪友たちと夜に集まり花火をし、そこから何をするでもなく、だらだら喋っていた。すると気づけば時間は深夜2時。心配した親に頼まれ探しに来た兄は、私を見つけるやいなや「何時やと思っている! 早く帰って来い!」と一喝。私はいそいそと自転車で帰宅した。
家に入ると母はかなり怒っていて、私は母からの小言に対して思わず「うるせえなぁ~」と言ってしまった。すると兄が「母親に向かって、なんて口の聞き方だ!」と、いきなり私の顔面に右ストレート! ぶっ飛んだ私は完全にキレてしまい、この日だけは兄に立ち向かっていった。深夜2時に兄弟の大喧嘩が始まったのだ。私を羽交い締めして止める父、泣きながら兄の腰にしがみついて止める母。しかし兄は小柄な母を振り切って、またもや強烈な右ストレートをお見舞いしてきた! しかし私が冷静にダッキング、いわゆるボクシングの防御の一つで前屈みになって兄のパンチをかわすと、勢い余って父の顔面に炸裂! メガネが割れ鼻血を噴き出した父、偶然とはいえ父を殴ってしまい意気消沈した兄、まだ向かっていこうとする私、床にへたり込み泣きじゃくる母……その夜、リビングは惨劇と化した。
しかし、その日以来、兄は私との力の差がなくなったことを認めたのか、全く喧嘩をしなくなった。むしろ、あんなに喧嘩をしていたのが嘘のように仲良くなり、今では二人っきりで酒を飲むようになったし、何でも相談できる兄に感謝している。両親も他界した現在、唯一血の繋がった兄弟の絆とは本当に良いものである。
『乱』の名シーン解説! 4億円かけたセットを炎上させて一発撮り
そこで今回のオススメ戦国映画は、親子、兄弟の骨肉の争いを描いた黒澤明監督作『乱』(1985年)をご紹介しよう。この映画の物語は、架空の戦国武将・一文字秀虎が家督を譲る際、3人の息子との確執、さらに兄弟での争いから破滅までを描いた超大作で、当時の日本映画で最大規模の26億円という製作費で撮られた映画なのだ。
一文字秀虎を名優・仲代達矢さんが見事に演じており、戦国の世の習いとはいえ、己が犯した残虐で非道な行いの因果が降り掛かる業の深さが、なんとも切ない。また家臣たちと謀略をめぐらす一文字家の次男を、これまた名優の根津甚八さんが好演。謀略が破滅に向かっていく時、根津さんのお顔がどんどん青ざめていくのも見事。他にも、まだ20代だった原田美枝子さん演じる一文字家の長男の正室・楓の方が、復讐を目論み男を手玉に取っていく様も不気味でいい味を出している。
しかし、やっぱり黒澤作品はお金がかかっているとつくづく思う。映画の中盤、秀虎が燃え盛る三の城から朦朧と出てくるシーンがあるのだが、この天守閣、どこかで見たことある城だなぁと思っていたら、私も行ったことがある福井県の丸岡城をモデルに、4億円かけて作られたセットだというのだ。そんな大予算かけて作った天守閣を惜しげもなく燃やしてしまうのである。当然ながら、この落城シーンはワンカットの1発撮り! もし仲代さんがNGを出してしまったら、4億円がパーである。そんな緊張感の中の撮影、私なら間違いなくやらかしてしまいそうだ。
また、この映画に登場する馬はサラブレットではなく、クォーターホースという体高150センチのややがっしりした体型の馬を、アメリカから輸入して使用している。なぜかというと、黒澤監督の前作『影武者』(1980年)を観た馬の調教師から「戦国時代にあんなかっこいいサラブレットはいなかった」と言われたから、らしい。ちなみに、このクォーターホースを日本映画で初めて使ったのが、私の大好きな千葉真一さん主演の『戦国自衛隊』(1979年)だった、ということも付け加えておこう。
今回、私が改めて『乱』を観て一番心を震わされたのが、ラストシーンの一幕。ピーターさん演じる狂阿弥の「神や仏はいないのか!」という叫に対し、油井昌由樹さん演じる、最後まで大殿の秀虎に付き従った家臣・平山丹後がこう言うのである。「殺し合わねば生きていけぬ人間の愚かさは、神や仏も救う術はないのだ」と。このセリフには、いまだ世界各地で起こる紛争や戦争とも繋がり、感慨深いものがあった。ぜひ今こそ見て頂きたい作品である。
仲良くしてよ! 血で血を洗う兄弟間の家督争い
さて、今回の戦国雑学は戦国時代の兄弟の話をしよう。有名どころでは、あの織田信長は織田家の家督を継いでいるが、父・信秀の次男であることはあまり知られていないと思う。なぜ次男の信長が織田家の家督を継げたのかというと、上の兄・信広は側室との間にできた子供で、信長は正室・土田御前の最初の子供だから。あの時代は正室が最初に産めばなんの問題もないが、側室が先に産んでいると、その後に生まれた正室の子が家督を継ぐ優先権があるのだ。もちろん信広は信長に一時期反旗を翻したが、その後は信長の家臣として戦場に赴き、残念ながら戦死を遂げている。
さらに、同じく正室が生んだ子で信長の弟である信行は、信長が織田家の家督を継いだ後、“うつけの信長”では織田家が心配だと、重臣の柴田勝家や林秀貞などに担がれて信長に敵対。これを信長は見事に鎮圧したが、破れた信行は土田御前の取りなしにより家臣たちと共に許される。さらに数年後、またもや信長に謀反を企てようとした信行だったが、これを柴田勝家が密告。仮病を装い清洲城で寝込んだふりをした信長を見舞った際に、その場で誘殺されてしまうのである。
これと似たような話では、あの独眼竜政宗こと伊達政宗は弟に伊達家を継がせたいと願う母親に毒を盛られ、危うく命を奪われそうになっている。なんとか一命をとりとめた政宗は、これを理由に弟を殺したとも言われている。戦国時代では、家督争いの末に兄弟で殺し合うことすらあったのだ。
とはいえ兄弟仲良くやった事例もあって、例えば「甲斐の虎」と呼ばれた武田信玄は嫡男でありながら廃嫡されそうになり、父・信虎は弟の信繁に武田家を継がせようとする。そこで信玄は父を追放し強引に武田家を継ぐのだが、信繁と対立するかと思いきや、兄の信玄にしっかりと従い家臣として見事に仕えるのである。そして最後は川中島の戦いの第四次合戦で兄信玄の盾となり討死したのだった。
他にも、豊臣秀長は兄・秀吉が出世するに従って百姓から武士となり、兄を支え天下統一に貢献している。いつの時代も兄弟、仲良くすることもあれば殺し合うこともあるのは世の常かもしれない。我が家の兄弟は末永く仲良くしていきたいものだ。
【ビジネスに活かす戦国武将の教え#1】豊臣秀吉の情報収集と情報操作の凄さ https://t.co/fg2sVNJtzm @YouTubeより
— 桐畑トール (桐畑ダボ男) (@KiriHemo) January 18, 2022
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文:桐畑トール(ほたるゲンジ)
『乱』はBlu-ray/DVD発売中、U-NEXTほか配信中
『乱』
戦国時代。情け容赦なく他の武将たちを滅ぼしてきた猛将・一文字秀虎は七十歳を迎え、家督を三人の息子に譲ろうとする。乱世にも関わらず息子たちを信じて老後の安楽を求める父に異を唱える三男の三郎を、秀虎は追放してしまう。だが一の城と二の城の城主となった太郎と次郎は、三郎の案じた通り、秀虎に反逆し、血で血を洗う争いが始まる。その陰には、実の父と兄を秀虎に殺された太郎の正室・楓の方の策謀があった…。
監督:黒澤明
脚本:黒澤明 小國英雄 井手雅人
原作:ウィリアム・シェイクスピア
衣裳デザイン:ワダ・エミ
音楽:武満徹
出演:仲代達矢 寺尾聰 根津甚八
隆大介 原田美枝子 宮崎美子 植木等
井川比佐志 ピーター 油井昌由樹 伊藤敏八 児玉謙次
加藤和夫 松井範雄 鈴木平八郎 南條礼子 古知佐和子
東郷晴子 神田時枝 音羽久米子 加藤武 田崎潤 野村武司
制作年: | 1985 |
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