ダニー・ボイルと同時にイギリスに出現した、もう一人の時代の寵児

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ライター:#椎名基樹
ダニー・ボイルと同時にイギリスに出現した、もう一人の時代の寵児
『ザ・ビーチ』© 2012 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
アレックス・ガーランドの小説「ザ・ビーチ」と初監督作『エクス・マキナ』の共通点と相違点は? 一斉風靡したダニー・ボイル監督『トレインスポッティング』と『ザ・ビーチ』の映像表現も比較!

アレックス・ガーランドの2つのデビュー作

みんなの夢、森永「金のエンゼル」とチャリチョコ「金のチケット」

東京の五反田と蒲田というなにやらギラギラした街同士を結ぶ東急池上線(人呼んで、欲望という名の電車)から、五反田駅で山手線に乗り換えようと、行儀よく空けられたエスカレーターの右側を歩いて降りて行った。真ん中あたりまで行くと、左側で歩を止めていた女の子が、ふいに前方の友達に向かって「私、金のエンゼルが当たったんだよね」と言った。

私は思わず「え!?」と声を上げてしまった。運良くその女の子と友達は私の反応を見て笑ってくれたので、私は変質者として駅員に突き出され、周防監督の『それでもボクはやってない』のような過酷な運命をたどらなくて済んだ(それにしても周防監督はどうしてあんなに重い映画を撮ったのだろう?好きだけど)。

森永チョコボールの「金のエンゼル」は、日本人のほとんどが出会うことなく死んでいくに違いない僥倖だ。そして「金のエンゼル」といえばやはり『チャーリーとチョコレート工場』を思い浮かべる。チョコレートに同封された金のチケットを当てた子供達は、謎に満ちたチョコレート工場の見学を許され、夢のような異界を体験する。そして主人公の少年は副賞として「とびっきり甘い人生」を手に入れる。

アレックス・ガーランドの 小説「ザ・ビーチ」と監督作『エクス・マキナ』

『エクス・マキナ』
Blu-ray:1,886円+税/DVD:1,429円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
© 2014 Universal City Studios Productions LLLP. All Rights Reserved.

アレックス・ガーランドは、1999 年に発表した小説「ザ・ビーチ」が世界的にヒットし一躍時代の寵児となった。アレックス・ガーランドのこのデビュー小説「ザ・ビーチ」と、彼の映画監督デビュー作『エクス・マキナ』のどちらも、『チャーリーとチョコレート工場』と同じプロットで書かれている。しかしそれは「バッドエンドのチャーリーとチョコレート工場」だ。

偶然の幸運で楽園へのチケットを手に入れるが、楽園に見えたものは実は地獄だった。それがアレックス・ガーランドの二つのデビュー作に共通するプロットだ。そして、地獄を作り出す根源は“人間のエゴ”だ。デビュー作に作家の資質の全てが表れるというが、このシニカルな作家もそうなのだろうか。

2000年前後、クリエイティブな才能がイギリスで同時多発

『トレインスポッティング』
発売中
Blu-ray 1,800円(税別)
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント ©Channel Four Television Corporation MCMXCV

アレックス・ガーランドは、『トレインスポッティング』を監督し、同じく一躍時代を代表するクリエーターに登り詰めるダニー・ボイルとのコラボレーションで知られている。映画『ザ・ビーチ』の監督をダニー・ボイルが務め、ボイルのゾンビ映画(!)『28 日後・・・』の脚本をアレックス・ガーランドが担当している。

『トレインスポッティング』が1996 年の作品であり、アーヴィン・ウェルシュによるその原作小説は1993 年に発表されている。前述したように、「ザ・ビーチ」の出版が1999 年であり、この頃のイギリスは、クリエイティブな熱量が、非常に高まっていた時期のように感じる。とても不思議だが、才能が同時期、同地域に出現する現象は、よく見られる。

『トレインスポッティング』の中で、クラブでエクスタシーをキメて、エレクトリックミュージックのシャワーを浴びながら「イギー・ポップに憧れていたら、時代もドラッグも変わっていた」と、主人公が思うシーンがある。

その時代の変わり目に、新たな才能が一気に現れたような印象を当時受けた。これはこじつけすぎかもしれないが、映画化に際してアレックス・ガーランドが脚本を担当している、イギリスのノーベル賞作家カズオ・イシグロの小説「わたしを離さないで」は2005 年の作品である。

トリップや悪夢、ダニー・ボイルの映像表現

『ザ・ビーチ <特別編>』
DVD発売中
¥1,419+税
20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン
© 2012 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

「楽園へのチケットが実は地獄行きだった」が、アレックス・ガーランドの二つのデビュー作に共通するプロットだと書いた。『ザ・ビーチ』は説明するまでもないかもしれないが、主人公がタイの離島にある伝説のビーチの地図を手に入れ、そこに行ってみるとヨーロッパ人が作ったコミューンが存在する。

美しいビーチに住む彼らは何年も自給自足で、楽園生活を謳歌している。その仲間に入れたものの、彼らが仲間の命よりもコミューンの存続を優先するエゴイストであることが次第に露呈してくる。そして、コミューンは大量虐殺の末に崩壊する。

『ザ・ビーチ』© 2012 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

ダニー・ボイルがメガフォンを取った映画版『ザ・ビーチ』であるが、これがまた中々の駄作である。『トレインスポッティング』でダニー・ボイルは、ドラッグによるトリップや悪夢など、イメージを映像化する演出で世界を驚かせた。乱暴な言い方をすればSF 映画以外のCG 表現の嚆矢となった。その「スタイリッシュ」な映像表現は多くのフォロアーを作り出した。

『ザ・ビーチ』でも、主人公が自らに迫った危機から現実逃避するために、その危機がコンピューターゲームだと自分に言い聞かせると(主人公は初期形ゲームボーイマニア)、その心理描写が、ゲームのドット絵の中を笑顔で闊歩するシーンとして表現される。それは正直言って噴飯物で、とても「スタイリッシュ」には思えなかった。

映画は少しひどいが、原作の小説は翻訳版が出ており、これは非常におもしろい。ただ、二段刷りで450 ページ以上あるので、読書が好きな人、暇で暇で仕方がない人は手に取ってみるのもいいかもしれない。

また主人公のレオナルド・ディカプリオは、この映画の頃はまだ美しく、最近のブルドッグ面のマフィアの親分のようではない。『タイタニック』時代の、あの美しいディカプリオが好きな人は見る価値があるかも(私はあの頃の美しいディカプリオが好き。でも最近のブルプリオも好き)。

真逆に描かれた“死” 『エクス・マキナ』「ザ・ビーチ」

『エクス・マキナ』© 2014 Universal City Studios Productions LLLP. All Rights Reserved.

『エクス・マキナ』は、世界シェア90%以上をしめる検索エンジンの会社に勤める若者が、社長の別荘に招待される権利を引き当てる。それは、素晴らしい山荘だ(この建築物を見るだけでも映画を見る価値がある)。

15 歳でその検索エンジンのプログラミングをした「天才」社長は、この山荘ですでにAI を完成させつつあった。若者が呼ばれたのは、チューリング・テストのためで、それはAI との会話を通して、その知性が本物か確かめるテストである。若者は人類最高の発明に携わる名誉を得たのだ。

AI は、キュートな女の姿をしている。若者はしだいに恋愛感情を持つ。しかし、しだいに見え始める、天才社長の、そしてAI のエゴ。

『エクス・マキナ』© 2014 Universal City Studios Productions LLLP. All Rights Reserved.

『エクス・マキナ』の登場人物は、ほぼ4人だ。それでも2時間飽きることなく引きつけられる。静謐な雰囲気、美しい映像、どこか頽廃した空気、AI ロボ役のアリシア・ヴィキャンデルのロリータな魅力、作品全体に漂うエロティシズム、その他説明し難い魅力で見入ってしまう。

そして、一番の印象に残るは、「死」が「最後の殺人」が、非情な裏切りが、どこか感動的で、清々しく感じるところだ。残酷さが美しくすら思える。

一方、おもしろいことに「ザ・ビーチ」の最後の死は、イギリス人らしい、お下劣趣味満載のドタバタのスプラッタとして描かれる(小説の話ね)。死がとても滑稽に描かれている。

同じパターンで描かれながら、最後の死の見せ方はまったく違う印象を残す。

「ザ・ビーチ」では「エゴ」がとことん醜く、『エクス・マキナ』では肯定的に描かれている。エゴが醜く、美しいのは、つまりそれが生きることだから、その矛盾は当然だと思う。

文:椎名基樹

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